こちら、ときわ探偵事務所~人生をやり直したいサラリーマンと、人生を取り返したい女探偵の事件ファイル~

ひろ法師

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第1章 ふたりの秘め事

第17話 仮面の裏側

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 まさか、あいつは、美雪みゆきさんのために動いていたのか? 妹の樹里じゅりもそれを知っていて……?
 俺の頭の中は混乱していた。

 色々考えても答えは浮かばない。しかし、樹里がそいつから情報を得ていたらしいことはわかった。

 その後、特にめぼしい情報は出て来ず、俺と椿つばき生野いくの姉妹の母親にお礼を言うと、彼女たちの家を後にした。
 帰り際、おばさんは正式に樹里の捜索の依頼をしたいと申し出た。俺たちは自主的にやっていることだから、そこまでしなくていいと断ろうとしたが、おばさんは引き下がらなかった。
 少しでも俺たちに協力したい、と話していた。

――樹里を……お願いします。樹里に近い、あなたたちが頼りだから

 おばさんの言葉には娘の無事を願う親の思いが込められていた。

 俺たちは正式に依頼を受け入れることにした。

***

 あいつが見せた別の一面。あいつが姉の死に関係しているのだとしたら……誰が美幸さんを殺害したのか……。

 俺と椿は二人、湖の近くに伸びる遊歩道を歩いていた。
 この湖の広さは日本最大級であり、風光明媚なことから、晴れて過ごしやすい日には近場から観光客が訪れる。
 しかし、例のウイルスのせいで人はまばら。

 そして俺はそんな寂しげな湖に浮かぶ自分をボーッと眺めていた。
 何もしゃべることがない、というより俺自身が自分の世界に入っているから。
 そのためか、椿のささやきがやたら大きく聞こえた。

「ねえ、いろいろ考えてるみたいだけど、何か推理まとまったの?」
「えっ」

 ハッとして振り向くと、椿の眉が八の字に下がっていた。不安そうな様子を見せている。
 俺は思わず申し訳なく思った。

「すまねえ……。なんか引っかかることがあってさ……。なんか、あいつ生野の姉さんに必死だったから……」
「そういう一面もあるのかもよ? 人間っていくつもの仮面を使い分けるっていうじゃん」
「ああ……ペルソナだっけ? 心理学で聞いたことある」

 しかし、仮面の裏側なんて当人しかわからない。

 とりあえず今は及川おいかわに連絡を入れる。古川たちがどうなったか知りたいし、美幸さんと接点があった及川なら、他に何か事情を知っているかもしれない。
 そう思いスマホを手に取ると、今度は逆に奴から電話がかかってきた。

「もしもし? 及川、どうした?」
【や……やばいことになった……】

 何があったかわからず慌てふためく及川の姿が、その声で分かった。

「及川? 大丈夫か?」
【……驚かないで聞いてくれ……】

 なぜか、心臓の鼓動が大きくなっていく。

【古川が……死んだ】

 その言葉を聞いた刹那、俺の時間が止まった。その後、及川が何か喋っていた気がするが、俺の耳をすり抜けていった。

【……おい、金谷かねたに。聞いてるか?】
「あ、す、すまない」

 はっと我に帰るが、やはり信じられない。
 あれだけ俺たちに悪態をついてきた古川が……死んだという。
 俺は心を落ち着けるため一息つくと、とりあえず状況を尋ねる。

「死んだって……事故に巻き込まれたのか?」
【……たぶんだけど、殺されたらしい。遺体が埋められてたんだ】

 殺された……?
 なぜか、俺の全身を戦慄が襲った。
 俺は画面に向かって叫んだ。

「なあ、お前、今どこにいるんだ?」
【大谷城神社だ】

 その神社の名前も俺にとって衝撃的であった。

「……そこって、生野の姉さんの遺体があったところだな」
【……偶然、あいつの遺体があったのもその近くなんだけどな……】
「ほ……本当か?」
【ああ……。古川の母さんがいうには、あいつ、数日前に大谷城神社に行ってくるって言ってたそうだ】

 嫌な予感がした。古川が美幸さんの遺体が発見された場所で死んでいた。
 まるで、美幸さんの死をなぞるかのように……。

 俺の心はそわそわしていたと思う。すでに体は、動き始めていた。
 何か、大きな事件が起きようとしている気がした。

「ありがとう、俺たちも今からそっちに行くよ」

 そういうと俺はスマホを切り、その場から走り出した。

「ちょっと、リツ⁉ どこ行くの?」

 後ろで椿の声がするが、俺は立ち止まらなかった。

「大谷城神社だよ!」
「え、なんで?」

 なぜか嫌な予感がしていた。妹の樹里の失踪と美幸さんの死をなぞるような、古川の死。
 この二つが関連しているように思えてならなかった。

***

 俺と椿は椿の車に乗り、大谷城神社に向かっていた。
 いきなりの古川の死に、椿も衝撃を隠せていないようだ。
 俺をいじめていたグループのボスだったとはいえ、元クラスメイトである。
 古川の性格的に恨みを買っていたのかもしれないが、まずは現場だ。

 大谷城神社では、すでにパトカーや救急車が数台停められていた。
 捜査が始まっているようだ。

 神社の向こうから嗚咽おえつ混じりの叫び声が聞こえる。

 境内を駆け、警官のいるところに向かう。
 数名の警官や鑑識が捜査する中、堂宮刑事の姿もあった。
 すぐ近くで変わり果てた姿となった古川が、死んだ魚のような目をして、丸太のように転がっていた。
 その前に立つ及川、そして声を上げて泣く中年の女性。彼女は古川の母親だった。

「及川!」

 声を上げて及川を呼ぶと、彼は俺に気が付いたのか振り向いた。

「こらこら、部外者は来るんじゃない!」

 制服を着た警官が俺たち二人の前に立ち塞がる。
 本来なら探偵など殺人現場に口を出すことはできない。しかし、今、俺たちが調べていることと関連がある以上、聞かないわけにはいかない。

「ごめんなさい、通してください!」

 俺は警官のすきを突くように素早くテープをくぐった。

「ちょっと、リツ! 勝手に入っちゃダメよ!」

 椿の静止も無視して、俺は及川のもとに走る。
 しかし、及川は状況を見て戸惑っていた。

「お、おい、金谷。いいのか」
「……」

 及川の呼びかけも無視して、俺は古川とみられる遺体を眺めた。いじめグループのボスであった古川が変わり果てた姿で横たわっている。
 目は見開き、白目を向けている。
 口からよだれが垂れていた。何か、嘔吐物が口の周りに付着しているようだ。

 人の死に顔を見たのは初めてではない。昔、父さんが殉職した時も、病院の霊安室で彼の遺体を見ていた。しかし、その時は安らかに眠っていたと思う。

 だが、今回は違う。
 明確に、人の死が俺の目の前にある。
 何者かに襲われ、苦悶の表情を浮かべて死んでいったのだ。

 俺は体のつま先から髪の毛の先まで震え上がった。

「これ……殴られたりして死んだわけじゃないよな……」
「ああ……。警察の話が聞こえたんだけど、遺体を解剖してみないとわからないけど、遺体の様子から、何らかの毒物を飲まされたうえで、ここに遺棄されたんだろうって」

 たぶん、生野の姉さんも殺害された後で埋められていた。遺体を遺棄する場所も同じだし、ひょっとしたら同じ犯人なのか?
 だが、まだまだ憶測の域を出ない。

 さらに周囲を見回してみる。
 何か、毒物を飲まされたのだしたら、どこかに証拠が残っているはず。
 俺の頭の中には、夕食時、事件のことを考えている父さんの姿が浮かんだ。なぜか、父さんと俺が重なる。
 その時、茂みに何か落ちているのを見つけた。
 近寄ってみてみると、それはペットボトル……中にまだ何か入っているようだ。

 それを手に取る。中には白く濁った水――ラベルから判断してスポーツドリンクだろう。さらに、ペットボトルの底に何かがある……。目を凝らして確認する。

――これは……?

 思わず声が出た。俺はとっさにスマホを取り出して、写真を撮影した。しっかりと、その物体を写真に収めた。
 ここまで捜査に意識を集中していると、周りの物が見えなくなるし、聞こえなくなる。
 俺は一瞬で、現実に引き戻された。

――こら‼ 勝手に現場の物に触るな‼

 怒声の聞いた大声で俺の名前を呼ばれ、ハッとする。テープの向こうで堂宮刑事が腕を組んで俺を眺めていた。
 その隣で椿は深く何度も頭を下げ、謝罪していた。
 椿は顔を上げ、俺をギッと睨み、声を張り上げた。

――戻りなさい! リツ‼
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