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第三章 いろいろ食べたい「幕ノ内弁当」編

第15話 幕ノ内、昼前に完売す!

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 女性向け弁当第一弾幕ノ内弁当。

 内容は、先に試作した「ほうれん草のおひたし」「かぼちゃの煮つけ」「きんぴらごぼう」「煮豆」の四点に加え、「卯の花」「卵焼き」を追加。
 さらにメインのおかずを「焼き魚(白身もしくは鮭)」とした。

 発売の準備を整えること数日。急な休みへの文句が常連客の口から出なくなった頃、満を持して俺は幕ノ内弁当を店頭に並べた。

 発売初日。

 いつものように乗合馬車でやって来た冒険者たち。
 常連客の男どもがどの弁当にしようか悩む中、女冒険者たちがあきれた顔をしてダンジョン入り口にたむろする。

 そんな彼女たちに俺は声をかけた――。

「本日から新しく幕ノ内弁当を販売しております。女性の皆さまにも食べやすいお弁当となっております。どうか一度、こちらお試しください」

 結果は不発。
 悩む素振りは見せたがチョコの署名の同調圧力が勝った。
 俺の言葉に乗るものは一人としていない。

 手応えのなさにカウンターの中でぐっと拳を握りしめる。
 その時、壮年のドワーフがちらりと幕ノ内弁当に視線を向けた。

「旦那ァ。この幕ノ内弁当ってのは女性専用なのかい?」

「え? あぁ、男性の方も普通に食べれますよ?」

「なんか沢山入ってるのが気になってさ。俺は酒をよく飲むがアテはいろいろあった方が楽しいだろ。食事も同じなのかなと、ちと思ってね」

「よかったらお一つどうですか?」

「へへへ、旦那に勧められたら仕方ねえな」

 意外なことに男たちが幕ノ内弁当に食いついた。
 てっきり脂っぽい弁当以外に興味はないと思ったがそうではなかった。

 壮年のドワーフのその言葉で少し流れが変わる。

「あ、僕もこの幕ノ内弁当をお願いします」

「柔らかそうな料理ばかりじゃのう。歳を取ってくると肉を食うのも難儀でなぁ」

「焼き魚がダンジョンで食えるのは普通にありがたい。俺、肉より好きなんだよね」

 グルメな前衛職。年老いた冒険者。頭働きの後衛職。
 しょうが焼き弁当で広げた購買層から、幕ノ内弁当がいいという人が現れたのだ。

 これは本当に嬉しい誤算だった。

 さっそく彼らに弁当を売る。
 ただ、普通に売ってもからあげ弁当が幕ノ内弁当に変わるだけ。
 女性陣に届かなければ意味がない。

 ここで俺は搦め手を思いついた。

「そういえば、パーティーで弁当を買われない方はどうされてるんです? やはり、豆のスープを食べてるんですかね?」

「そうなんじゃよ。最近は、男衆ばかり弁当を食ってずるいとやかましくてな。無理に豆のスープを食べさせようとしてくるんじゃよ」

「あははは、そりゃ大変だ」

「ほんに困った話じゃ。アイツらも弁当を食べればええのに」

「そういうことなら、この幕ノ内弁当をオススメしてもらえませんか? 女性の方でも食べやすいように工夫したので」

「そうじゃのう。確かにこの弁当なら食べられそうじゃ」

「よければ、試食用にお譲りしますよ?」

「いや、タダはいかん。ワシがここは払おう」

 男性客から女性客に弁当を渡してもらうのだ。
 仲間から好意で渡されたものを捨てるわけにはいかない。命を預けて共に戦う相手だ、そこは不買運動中でも和を大事にするだろう。

 そうして幕ノ内弁当を女性陣に食べてもらう。
 そうなれば後はこっちのもの。

 壮年のドワーフに弁当を渡すと、すぐに俺は他の客にも同じ話をする。
 とまぁ、そんな感じで――。

「相棒が僕だけ弁当食うとうるさいんだよね。一緒に食べられるのは助かるわ」

「それは、ワシから奴にプレゼントを渡すということか? いや、まぁ、確かに奴には日頃から世話になっているが……」

「なんかうるさいと思ったら裏があったわけね。オッケー分かった。まかせろ」

 常連客を伝手に、女冒険者に幕ノ内弁当を押しつけていく。
 とにかくがむしゃらに俺は幕ノ内弁当を売り捌いた。

 そして発売開始の翌日。

 必死の生存戦略は思いもよらない展開を招いた――。

◇ ◇ ◇ ◇

「幕ノ内弁当二つ! からあげ弁当としょうが焼き弁当も一つずつ!」

「こっちは幕ノ内五つね!」

「この幕ノ内弁当の豆料理のレシピを教えて? 乾燥豆の調理に困っててさ! あ、弁当はもちろん買うから!」

「あまあまのかぼちゃ! あまあまのかぼちゃが入った弁当をください!」

 朝一番の乗合馬車がダンジョン前に到着するや、店の前に女冒険者が詰めかけた。常連客の男たちをはね除けて、彼女たちは我先にと幕ノ内弁当を求めに来たのだ。

「「「「はよ、売って! 金ならあるから!」」」」

「はい、銀貨1枚になります」

「「「「安い! 毎日通うわこんなん!」」」」

 いつか見た光景に聞いた言葉。
 しかし、興奮した女性だと迫力がひと味違う。

 たった一度、幕ノ内弁当を口にしただけで、女冒険者たちの不買運動はあっけなく終了した。どころか、我先に弁当を手に入れようとしだした。
 きっと受け入れてもらえるとは思っていたが、まさかここまでとは――。

「ぼけっとしてる場合じゃないわよジェロ! この人数じゃ、作り置きしてある弁当じゃ足りないわ! 急いで追加分を作らなくちゃ!」

「ここが勝負の分かれ目やで! ジェロはんきばりや!」

「ぱぁぱ! ペコリーノもおてつだいするのぉ!」

 嫁と愛人と娘の声に俺は我に返る。

 血走った目で弁当を求める女冒険者たち。
 彼女たちに、これからも弁当屋に通ってもらえるよう、丁寧な対応を心がけながら、俺は幕ノ内弁当を売り捌いた。

 女性陣に遅れて男どもが苦笑いをしながらやってくる。

「いやぁ、うちのが迷惑をかけたな」

「弁当を食べたら急に態度が変わって」

「やっぱりアイツらも、まずい飯なんて食べたくなかったんだわ」

 彼らはつぶさに、仲間の女冒険者が幕ノ内弁当に陥落した様を語った。
 軒並み好評。ほとんどの女冒険者が一口目で笑顔になったそうな。
 弁当屋としちゃ冥利に尽きる。

 そんな中、いつもより早く乗合馬車の第二陣がやってくる。
 荷馬車が止まるや飛び出した女冒険者が、常連客をはね除けて押し寄せる――。

「「「「「幕ノ内弁当ちょうだい!!!!!」」」」」

「はい、ただいまぁ!」

 その日は開店以来最も忙しい一日となった。
 あまりの忙しさに弁当が完売する頃には、疲れ果てて店先のカウンターにもたれかかって倒れる程だった。

「ジェロ! すごいよ! 今日だけで利益が大変なことに!」

「もう完全に軌道に乗ったな。ようやったでジェロはん」

「ぱぁぱすごいのぉ! おべんとうかったひとみんなえがおだったのぉ!」

「ミラ、キャンティ、ペコリーノ。ここまで手伝ってくれてありがとう」

 カウンターから起き上がってキッチンを振り向く。
 俺はあらためて俺の夢に協力してくれた仲間たちに頭を下げた。

 異世界に来てから献身的に支えてくれたミラ。
 弁当屋をはじめるにあたり数々の助言をくれたキャンティ。
 弁当実現のために野菜を作ってくれるペコリーノ。

 店の成功は彼女たちがいてくれたからこそだ――。

「ちょっ、ジェロはん! 何を泣いてんのや!」

「ぱぁぱ、ないたらめぇ! かなしいかなしいじゃないでしょ!」

「そうよジェロ! めでたいんだから泣かないでよ!」

 元いた世界では社畜の俺が。
 異世界転移しても味噌っかすだった俺が。
 こうして異世界で「自分にしかできない仕事」を持つことができた。

 目の奥から溢れる涙をこらえられなくなった。
 そんな俺を心配して俺の大切な女性たちがあわてて駆けよってくる。
 出会った時からずっと気になっていた豊満な胸を正面から押し当てて、ミラが優しく俺を抱きしめる。泣きじゃくる俺の背中をあやすようにさすって、「ここまで、よく頑張ったね」と彼女は俺を労ってくれた。

「ちょい、ずるいんとちゃうかミラ?」

「ペコリーノも、ぱぁぱをぎゅーってする!」

「……もう、しょうがないわね。アンタたち、どんだけジェロのことが好きなのよ」

 ミラが二人を手招きする。
 ほんの少しミラが俺から離れると、その隙間を埋めるようにキャンティとペコリーノが俺の身体に抱きついた。三人の大切な女性たちに温かく抱擁される。
 彼女たちと、俺はようやく掴んだ幸せを噛みしめた。

 異世界に転移してきてよかった。
 俺はこの異世界転移で本当の幸せを勝ち取ったんだ。

「そうだ、お金も溜まったしみんなで旅行でも行こっか?」

「ええな! たまにはパーッと景気づけも必要や!」

「ぱーてぃーなのぉー!」

 すっかり祝勝気分のミラたち。
 たしかにそんな労いも必要かもしれない。

 けど、その前に――。

「俺、次は丼ものを作ろうと思っているんだよ。カツ丼。これがまたうまいんだ」

「「「……もう、この弁当バカ!」」」

 まだまだ、作りたい弁当は多い。
 この異世界に伝えなくちゃいけない「向こうの世界のうまい飯」は尽きない。
 それをやりきったと思える日まで俺の休む暇はなさそうだった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 次回! 真「ハーレムEND」確定!(虹演出)――最終回前ですが、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
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