VTuberなんだけど百合営業することになった。

kattern

文字の大きさ
上 下
60 / 79
第8章 IDから愛をこめて

第59話 百合営業ふたたび(前編)

しおりを挟む
 ニーナちゃんと別れ三期生ハウスに戻ると時刻は午前二時。
 連日3時間越えの長丁場。突発コラボ連発に心も身体もボロボロだ。
 しかし、疲れた身体に鞭を打ち――私は根性のスパチャ読みをはじめた。

 昨日のスパチャはコラボへの感想がメイン。
 久しぶりの三期生コラボは概ね好評だったようだった。

 同時に、今まで絡みが薄かったえるふとのコラボを喜ぶ声もちらほら。

 別に意図的に避けてたわけではない。
 杞憂するリスナーの多さに、一応フォローしておく。

「えるふとは普通に仲良いバニよ。ただ、えるふもばらにもRPG配信がメインだから、コラボしにくいバニな。昨日も配信終了後にお喋りしたバニよ。え、内容? それは――乙女の秘密バニ!」

 コラボし過ぎも問題だけど、しなさ過ぎも問題だな……。
 ただ、これで杞憂したリスナーさんも安心するだろう。

 昨日のスパチャが終ったので今日のスパチャへ。

 数も金額もこっちの方が昨日より明らかに多い。
 やっぱり怒濤の突発コラボが効いたようだ。
 私の読み通り、マイクラの突発コラボは今後人気が出そうだ。

「『りんごちゃんと突発コラボするとは思いませんでした。これから二人でマイクラを荒し回る感じですか?』。うーん、ちょっとどうなるか分からないバニですな」

 特にりんご先輩とのコラボへの感想が多い。
 どうやら私と彼女――美月さんの相棒――の関係に不安を抱いているリスナーが多かったようで、喧嘩になるんじゃないかと心配していたらしい。

 そりゃまぁ、私も思うところはある。
 うみやえるふにも迷惑をかけたばかりだ。

 けど、私たちはVTuber。
 しかも企業所属の会社員だ。
 リアルの事情をお仕事に持ち込むような半端なことはしない。

「りんご先輩とのこと心配してくれてるけど、普通にばにらたち仲良しバニだから。心配しなくて大丈夫だよ」

 こちらもエルフと同じくフォローしておいた。

 最後に――ニーナちゃんについて。

「ニーナちゃん、すごいバニね! あの建築力には、ばにーらも恐れ入ったバニ!」

 既にインドネシアの運営の公式Twitterなどで、新人VTuberについての情報は公開されていたらしい。ただ、私たちには通達されておらず、いったいどんな娘がデビューするのか把握できていなかった。

 せっかくなのでDStarsIDの公式HPに軽く目を通す。
 リスがモチーフの「トゥパイちゃん」と、画家っぽいキャラクターの「キララちゃん」、そしてアダルトな雰囲気の「ニーナちゃん」。この三人がスタートメンバーで、これから順次お披露目&個人のチャンネルで活動を開始するらしい。

 三人ともガワは当たりだと思う。
 きっと人気者になるだろう。

 さらに常連メンバーから、ID公式チャンネルの切り抜き動画URLが送られてくる。私が偶然、ニーナちゃんの城に迷い込んだシーンのようだが――。

「うわっ! ニーナちゃん、ばにらの登場にめっちゃ喜んでるんだけど!」

 そこには限界オタクのように、私の名前を連呼するニーナちゃんが映っていた。
 テキストチャットでやりとりしてたので気づかなかったが、どうやらニーナちゃんはこの時かなり興奮していたらしい。

 にも関わらず、ばにらの拙い英語を解読してくれたなんて。

「ニーナちゃんてば、本当にいい娘バニ。ばにらが守護ってやらんと(ムン)」

 遠い異国の地に現れた天使のような後輩。
 ニーナちゃんを大事にしようと私は心に誓った。

「という所で、スパチャ読みはこれにて終了! もう四時過ぎバニ! みんな、明日は学校・会社に遅刻しないように気をつけるバニよ! それじゃバイバーイ!」

 スパチャを読み終え、配信が終了したのは夜中の四時。
 連日の昼夜逆転コースに、魂が抜けるような息を吐いて私は枠を閉じた。

 パソコンの前から立ち上がると台所へ。
 牛乳を冷蔵庫から取り出すとコップに注ぐ。
 戸棚からスニッカーズを取り出すと立ったまま食べた。

 コップを戻しに台所まで戻るのも面倒だ。
 今日はこれを食べて寝てしまおう。

 台所を背にして部屋の正面。
 カーテンの隙間から覗く窓はまだまだ暗い。
 夏の盛りも過ぎ、随分と夜が長くなったように感じる。

 これからどんどん寒くなると思うと憂鬱な気分だ。
 このアパート、古いだけあって冬は隙間風がすごいんだよね。
 まぁ、その頃には新居(既に仮契約済み)に引っ越しているだろうけれど。

「引っ越したら美月さんの家も近くなる。宅呑みに行くのが楽になるなぁ……」

 そう言えば、今週は一度も美月さんと宅呑みしていない。
 りんご先輩との『初代スマブラチーム対決』のあと、なんか気まずくなってそのまま帰ったのが原因だ。何もなければ、あのあと二人で宅呑みする予定だったのに。
 それ以降は、マイクラで忙しかったし。

 そろそろ、お酒でも呑んでまったりお話したいかも――。

 美月さんとの晩酌に思いを馳せながら冷たい牛乳をすする。
 すると、液晶ディスプレイの前に置いたスマホが鳴動した。

 表示されるLINEの着信画面。
 コップとスニッカーズを台所に置くと、すぐに私はスマホを取りに走った。

「もしもし、美月さん? こんな時間にどうしたんですか?」

「花楓ぇ~! お酒飲もうよぉ~! 晩酌しようよぉ~! 寂しいよぉ~!」

「美月さん⁉ ほんとどうしたんです⁉」

 開口一番聞こえてきたのは、涙声&弱った美月さんの懇願だった。
 いつもなら「○月×日って花楓の予定(調査済み)空いてるよね? じゃあ、宅呑みしましょう!」と、クールに誘ってくるのに。
 ここまでグズグズに外面が壊れた美月さんははじめてだ。

 ちょっと新鮮。(ほっこり)

「うぅっ、ぐすっ……花楓ぇ、今度いつ暇なのぉ……」

「えっと、明日もえるふとコラボの予定があって」

「えるふちゃんとコラボしたら、また深夜配信になるじゃない! ダメでしょ、そんな毎日夜遅くまで! 夜型人間――すずみたいになるよ!」

「まるですず先輩をダメ人間みたいに言いましたね!」

「花楓の夜は、私と晩酌する時間でしょ! なんで他の娘とコラボするの! もっと百合営業の自覚を持って!」

「いやいや、百合営業と晩酌は関係ないですよ」

「やだやだやだやだ! 花楓は私の後輩なのぉ! 百合営業相手なのぉ! 他の娘といちゃいちゃしちゃダメなのぉ!」

 なにこの酔っ払った先輩。
 最高にかわいいんですけど。(真顔)

 事情はよく分かんないが――。


 嫉妬爆発して、深夜に文句の電話をかけてくる!
 そんなことされて、嬉しくない後輩がいる?
 いねえよなぁ!


 マイキー構文で私は気持ちを落ち着けた。

「すみません、思った以上にマイクラ配信が楽しくて。美月さんとの時間を疎かにしていました。百合営業のパートナーとして失格です」

「……ぐすっ、分かればいいのよぉ」

「明日のコラボが終ったら、一旦マイクラと違うゲームを挟もうと思っていたので、そのタイミングで晩酌しましょう。というわけで、明後日の夜でどうですか?」

「……うん。約束破ったら、しばきあげて指を○るからね?」

「さっきまでギャン泣きしてたのに怖いんじゃぁ」

 マイクラが楽しいからって周りが見えなくなっていた。
 大切なビジネスパートナーを疎かにしていた。

 配信だけがVTuberにとって大切なことじゃない。
 同業者や事務所の仲間、スタッフ、応援してくれるリスナー。
 そして――ビジネスパートナーを大事にしてこそだ。

 そんなことをいまさら再確認した私は、大事な百合営業のパートナーの美月さんと約束を交し、しばらく彼女の愚痴につきあってから通話を切った。

 電話を切れば午前5時過ぎ。
 窓の向こうは朝ぼらけに白んでいる。
 おもいがけずハードになった川崎ばにらの一日はこうして幕を下ろした。

 しかし、この後――さらにハードな展開が待っていようとは、このときの私は想像もしていなかったのだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ずんだはちゃんと気持ちを伝えた。
 しかもかなりいっぱいいっぱいな感じで。
 ただ、ばにらはそのことにまだちゃんと気がついていない。
 むず痒くすれ違う二人を、更なる悲劇(あるいは喜劇)がこれから襲う――。

 メソメソ陰キャっぷりに「大人になればにら!」と言いたい方も多いかと思いますが、これは彼女の成長物語ですので(むしろダメじゃないとお話にならない)、温かく見守ってくださると幸いです。もし、ばにら少しずつでもいいから頑張れ……と思ってくださった方は、ぜひぜひ評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

えふえむ三人娘の物語

えふえむ
キャラ文芸
えふえむ三人娘の小説です。 ボブカット:アンナ(杏奈)ちゃん 三つ編み:チエ(千絵)ちゃん ポニテ:サキ(沙希)ちゃん

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...