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第2章 ちょっと早すぎるかもよ「併走配信」!
第12話 百合営業」じゃなくても、またコラボしてくれますか?(前編)
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グラスのオレンジジュースを飲み干すと時刻は20時を回っていた。
厚いカーテンをよけて掃き出し窓から空を見上げる。
東京はもうすっかり夜闇の中だった。
「遅くなったし、家まで送るわ」
ずんだ先輩が言った。
タクシーを呼ぶのだと思ったが「準備をするから、ちょっと待って」と彼女は続ける。そのまま、先輩はダイニングキッチンから殺風景な廊下に出て行った。
残された私は「待て」という先輩の言いつけを愚直に守る。
ただ、スマホを弄るくらいの自由は認めてもらいたかった。
確認したのは自分のチャンネル。
突発コラボの配信動画は既に10万再生に差し掛かろうとしていた。調べると、併走配信のハイライトを切り出した動画まで出回っている。
たいした反響だ。
「ずんだ先輩とのコラボ、やっぱり需要があるんだな」
気づくと私は笑っていた。
あんなに「百合営業」を嫌っていたのに。
もちろん、今もやるつもりはない。
けど、これだけ数字が出るなら――と考えるのがVTuberの悲しい性だ。
そんな私の気の緩みを狙ったように、ダイニングキッチンの扉が開く。
「おまたせ。それじゃ行きましょうか」
帰ってきたずんだ先輩はぴちっとしたライダースーツに着替えていた。
峰不二子(胸は除く)みたいな格好に口を開けて私は固まる。
どういうことなの?
放心する私の腕を引っ張ってずんだ先輩が歩きだす。
向かうは家の玄関――。
「タクシーで帰るんじゃないんですか?」
「アンタね、自分が有名人だって自覚してる? 今やへたなアイドルより知られてるくせに、ほいほいタクシーなんて乗っちゃダメよ!」
「けど、東京で他にどうやって移動すれば?」
「ちょっとは頭を使いなさいよ」
そう言って、玄関の横に置かれていたヘルメットをずんだ先輩は私に被せた。
あごひもタイプ。萌えバイク漫画でヒロインが被ってそう。
理解の追いつかない私の前で、ずんだ先輩が髪をくるりと巻いてお団子にする。
手慣れたその様子からようやく私はこの先の展開を察した。
「もしかして、バイクで行くんですか?」
「そうよ」
「ずんだ先輩が、運転するんですか?」
「当たり前じゃない」
「免許持ってるんですか?」
「大型二輪。イメージ崩れるから配信じゃ言ってないけど」
「いや、割とイメージ通りです」
「あら、そう?」
「なんにしてもふたり乗りはダメですよ! 犯罪! 犯罪です!」
「失礼ね。条件を満たせばバイクのふたり乗りは合法よ」
「けど! けど!」
「ほら、さっさと行くわよ!」
あわてふためく私のお尻を叩いてずんだ先輩が急かす。
連れてきた時と同じように、彼女は私を家から強引に追い出した。
部屋を出てそのままエレベーターに。
1階のエントランスの横を抜け、例の中庭を臨む駐車場へと入る。
高そうな外国車が並ぶ中、スカイブルーのレーシングバイクが置かれていた。
たぶんも何もアレだろう。
「バイク、乗った経験はある?」
「じ、自動車教習所で!」
「それは原付。まぁ、なくて当然か」
「ど、どど、どうしたらいいでしょうか?」
「しっかり私のお腹に手を回して、しがみついてればいいから。あぁそれと、家の住所を教えて欲しいんだけれど?」
「いえ! 近くの駅で大丈夫です!」
「なんのためにバイク出すと思ってんの!」
胸ポケットから出したスマホをずんだ先輩が私に渡す。表示されているのは地図アプリ。住所を入れろということだろう。
展開についていけていない私をよそに、バイクに近づいたずんだ先輩が、シート下からフルフェイスのヘルメットを取り出した。
重低音が駐車場に響く。
エンジンのかかったバイクに跨がるずんだ先輩。
フルフェイスマスクの下からじっと見つめる――やさしい視線に根負けして、私はしぶしぶ地図アプリに自宅の住所を入力した。
胸ポケットにスマホをしまうとずんだ先輩がシートの後ろを叩く。
そこには一人分のスペースが空いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の東京をずんだ先輩のバイクで駆けて私は自宅に帰宅した。
ワイルドなずんだ先輩だ。
その運転もきっと荒っぽいに違いない。
なんて身構えていたのに――まさかの法定速度遵守の慎重運転。
風を切ることもなければ、地面すれすれを脚がチップしそうになることもなく、私はとても丁重に自宅に送り届けられた。
ちょっと複雑な気分。
「……ここがアンタの家?」
「そうです! すみません、わざわざ送っていただいて!」
「いや、別にそれはいいけど」
「そうだ! よかったら上がっていってください!」
「いや、それも別にいいけど」
フルフェイスのヘルメットを外してずんだ先輩が私の住むアパートを仰ぎ見る。
ブロック塀の前に停めたバイクに背中を預け、彼女は今日一番と言っていいほど難しい顔をして腕を組んだ。
場所は杉並区阿佐ヶ谷。
駅から徒歩15分。
木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。
その2階。
202号室が私の住居だ。
コンクリートブロックの塀に囲まれた昭和の香りが色濃く残るアパート。
間取りはワンルーム四畳半(キッチンスペースを除く)。トイレはあるがお風呂は別。「近くの銭湯をご利用ください」と、入居前に不動産屋さんから念を押された。
ちなみに、家賃はこれで5万円。
ちょっと強気な値段設定。おかげで私以外に住人は一人もいない。
それが逆に配信業にはありがたくて入居を決めた物件だ。
おかげで夜中に配信しても誰にも咎められない――。
「5万円で都内に住みながら配信できるんですよ! すごいと思いません⁉」
「思わない」
「なんで⁉」
厚いカーテンをよけて掃き出し窓から空を見上げる。
東京はもうすっかり夜闇の中だった。
「遅くなったし、家まで送るわ」
ずんだ先輩が言った。
タクシーを呼ぶのだと思ったが「準備をするから、ちょっと待って」と彼女は続ける。そのまま、先輩はダイニングキッチンから殺風景な廊下に出て行った。
残された私は「待て」という先輩の言いつけを愚直に守る。
ただ、スマホを弄るくらいの自由は認めてもらいたかった。
確認したのは自分のチャンネル。
突発コラボの配信動画は既に10万再生に差し掛かろうとしていた。調べると、併走配信のハイライトを切り出した動画まで出回っている。
たいした反響だ。
「ずんだ先輩とのコラボ、やっぱり需要があるんだな」
気づくと私は笑っていた。
あんなに「百合営業」を嫌っていたのに。
もちろん、今もやるつもりはない。
けど、これだけ数字が出るなら――と考えるのがVTuberの悲しい性だ。
そんな私の気の緩みを狙ったように、ダイニングキッチンの扉が開く。
「おまたせ。それじゃ行きましょうか」
帰ってきたずんだ先輩はぴちっとしたライダースーツに着替えていた。
峰不二子(胸は除く)みたいな格好に口を開けて私は固まる。
どういうことなの?
放心する私の腕を引っ張ってずんだ先輩が歩きだす。
向かうは家の玄関――。
「タクシーで帰るんじゃないんですか?」
「アンタね、自分が有名人だって自覚してる? 今やへたなアイドルより知られてるくせに、ほいほいタクシーなんて乗っちゃダメよ!」
「けど、東京で他にどうやって移動すれば?」
「ちょっとは頭を使いなさいよ」
そう言って、玄関の横に置かれていたヘルメットをずんだ先輩は私に被せた。
あごひもタイプ。萌えバイク漫画でヒロインが被ってそう。
理解の追いつかない私の前で、ずんだ先輩が髪をくるりと巻いてお団子にする。
手慣れたその様子からようやく私はこの先の展開を察した。
「もしかして、バイクで行くんですか?」
「そうよ」
「ずんだ先輩が、運転するんですか?」
「当たり前じゃない」
「免許持ってるんですか?」
「大型二輪。イメージ崩れるから配信じゃ言ってないけど」
「いや、割とイメージ通りです」
「あら、そう?」
「なんにしてもふたり乗りはダメですよ! 犯罪! 犯罪です!」
「失礼ね。条件を満たせばバイクのふたり乗りは合法よ」
「けど! けど!」
「ほら、さっさと行くわよ!」
あわてふためく私のお尻を叩いてずんだ先輩が急かす。
連れてきた時と同じように、彼女は私を家から強引に追い出した。
部屋を出てそのままエレベーターに。
1階のエントランスの横を抜け、例の中庭を臨む駐車場へと入る。
高そうな外国車が並ぶ中、スカイブルーのレーシングバイクが置かれていた。
たぶんも何もアレだろう。
「バイク、乗った経験はある?」
「じ、自動車教習所で!」
「それは原付。まぁ、なくて当然か」
「ど、どど、どうしたらいいでしょうか?」
「しっかり私のお腹に手を回して、しがみついてればいいから。あぁそれと、家の住所を教えて欲しいんだけれど?」
「いえ! 近くの駅で大丈夫です!」
「なんのためにバイク出すと思ってんの!」
胸ポケットから出したスマホをずんだ先輩が私に渡す。表示されているのは地図アプリ。住所を入れろということだろう。
展開についていけていない私をよそに、バイクに近づいたずんだ先輩が、シート下からフルフェイスのヘルメットを取り出した。
重低音が駐車場に響く。
エンジンのかかったバイクに跨がるずんだ先輩。
フルフェイスマスクの下からじっと見つめる――やさしい視線に根負けして、私はしぶしぶ地図アプリに自宅の住所を入力した。
胸ポケットにスマホをしまうとずんだ先輩がシートの後ろを叩く。
そこには一人分のスペースが空いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の東京をずんだ先輩のバイクで駆けて私は自宅に帰宅した。
ワイルドなずんだ先輩だ。
その運転もきっと荒っぽいに違いない。
なんて身構えていたのに――まさかの法定速度遵守の慎重運転。
風を切ることもなければ、地面すれすれを脚がチップしそうになることもなく、私はとても丁重に自宅に送り届けられた。
ちょっと複雑な気分。
「……ここがアンタの家?」
「そうです! すみません、わざわざ送っていただいて!」
「いや、別にそれはいいけど」
「そうだ! よかったら上がっていってください!」
「いや、それも別にいいけど」
フルフェイスのヘルメットを外してずんだ先輩が私の住むアパートを仰ぎ見る。
ブロック塀の前に停めたバイクに背中を預け、彼女は今日一番と言っていいほど難しい顔をして腕を組んだ。
場所は杉並区阿佐ヶ谷。
駅から徒歩15分。
木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。
その2階。
202号室が私の住居だ。
コンクリートブロックの塀に囲まれた昭和の香りが色濃く残るアパート。
間取りはワンルーム四畳半(キッチンスペースを除く)。トイレはあるがお風呂は別。「近くの銭湯をご利用ください」と、入居前に不動産屋さんから念を押された。
ちなみに、家賃はこれで5万円。
ちょっと強気な値段設定。おかげで私以外に住人は一人もいない。
それが逆に配信業にはありがたくて入居を決めた物件だ。
おかげで夜中に配信しても誰にも咎められない――。
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「思わない」
「なんで⁉」
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