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第Ⅻ章

アインシュタイン

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ハンタロウは自宅のマンションの前に車を停めた。既に夜だった。
派手な駅前の事件の後では、なす術もなかった。中央の役人、そして警察、どちらもやり直しだ。男たちも、親戚筋に当たる緒方が連れて帰った。
エレベータに乗った。
何を間違えたのかと考えた。何も間違えてはいなかった。論理的には正しかったのだ。ただ、論理と現実が食い違っていた。
よくあることだと思いながら、エレベーターを降りた。こういう時はゼロからやり直せばいい。もう一度、丹念に方程式を組みなおせばいい。解けるまで、何度でもやる。それだけだ。
マンションのキーを回した。
今日だけはゆっくりと休むことにしよう。そして明日から、もう一度取り組むのだ。こんなことで気力が萎えてしまうことはない。
「春江!」
返事がないところを見ると、今日も出掛けているようだ。
シンイチロウの一件以来、殆ど家に寄り付かなくなってしまった。別に何を問いただすでもないが、口を利く気もないようだ。勿論、ハンタロウから話すことも何もない。時が流れるのを待つだけだ。
靴を脱いだ。
影が揺れた。
前方に眼を凝らした。
明かりは点けなかった。
「誰だ?」
影が揺れるのを止めた。
「誰だ?」
繰り返した。
影が答えた。
「アインシュタイン」
その瞬間、ハンタロウの額に穴が開いた。
ハンタロウが銃声を聞いた時には、ハンタロウの時間は既に止まっていた。

全てが終わった。ハンタロウも、シンイチロウも、そしてレオナも光になった。
歩きながらヒデキは思った。こうなるしかなかったのか。
考えても答えは出なかった。
歩いた。
考えまいとしても、次から次へと考えが湧いて出た。
ハンタロウが感想文を募集していた。
シンイチロウが原稿用紙の上に涎を垂らしていた。
関の頭越しにレオナが立っているのが、窓の外から見えた。
みんなほんの少し前の出来事だった。
しかし、逆戻りは出来なかった。
歩いた。
夜空には、星が光を湛えていた。みんな遠い彼方へと、永遠の旅を続けていた。
こうなるしかなかったのか、もう一度ヒデキは考えた。
考えても答えは出てこなかった。
道を曲がった。湖が見えた。

答えがたった一人で待っていた。

大きめの石を一つ拾い、そして投げた。湖が大きめの音を立ててヒデキを出迎えた。

答えが振り返った。
小夜子。

二人だけの時間だ。もう誰もこの時間に入り込むことは出来ないだろう。

ゆっくりとヒデキは、小夜子に向かって歩いていった。

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