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第四章 願望

41 策略家

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 「おはよう、空太君!」

そこにはいつも通りの笑顔の海歌さんが居た。
僕は、目の前の光景が信じられず海歌さんに駆け寄り、恐る恐る震える両手で海歌さんの左手を握り生存を確かめる。

「温かい...生きてる...生きてる!」

目からは涙が溢れる。
鼻からは鼻水が溢れる。
体からは汗が溢れる。
心からは安堵が溢れる。

僕はこの濁流を止められず垂れ流していると、海歌さんは困った顔をして僕が握った手を握り返す。

「ごめんね...心配かけたね。もう大丈夫だから泣かないで」

「良かった...本当に良かった」

僕は床に膝をつき、ビショビショになった顔を伏して、服に擦り付けて拭いた。
そして、再び力強く手を握りしめる。

「痛いよ、空太君」

「あっ、すみません!」

僕は、ゆっくりと手を離した。

「あと、空太君...後ろ見てごらん」

海歌さんは、手を前に伸ばして後ろを指差したので、僕は不思議に思いながら後ろを振り向く。

「えっ、花火さん!それと、誰?」

花火さんが居たことにも驚いたが、それ以上に花火さんの隣にいる怖そうな短髪の男性と、ニコニコしている綺麗な女性が気になった。

「私の両親だよ」

海歌さんは恥ずかしそうに僕の耳元で、コソッと囁いた。

両親という事は、お父さん?お母さん?
海歌さんの?えっ、親!
僕の固まった思考回路を総動員した結果、恥ずかしさが全身に伝播した。

「すっ、す、すみません!いきなり押しかけて大騒ぎしちゃって!」

僕は、回れ右してピシッと頭を下げる。
海歌さんは後ろで、クスクスと笑っている。

「空太君だっけ?大丈夫だから頭を上げて、ほら」

おじさんは、僕の肩をトントンと叩いた。
僕はゆっくりと顔を上げ、みんなの表情を窺う。

「ありがとうございます...」

「いや~。聞いていた以上の子だね、お母さん」

「ふふっ、そうですね」

おじさんの言葉に、おばさんが同調して笑っている。
僕は意味がわからず苦笑いを浮かべる。

「でしょ~~。良い子だよね!花火もそう思うでしょ」

「知らない...」

海歌さんの問いかけに、珍しく素っ気なく目も合わせずに答える花火さん。

「花火、まだ怒っているの?」

「だって!倒れたなんて嘘つくのは、酷すぎる!」

「えっ、嘘なんですか?」

僕は、驚きすぎて大声を出して、海歌さんに聞き返す。

「嘘じゃないよ。1分ぐらい意識なかったもん。あれは大変だったな~~」

海歌さんは、嘘が下手すぎる。
これじゃあ、花火さんにもバレバレだろう。

「でも、そうだったんですね。とりあえず大事じゃなくて良かったです」

「私は、許さないからね」

そう言って、花火さんは椅子に座りスマホをいじり始めた。

すると、海歌さんは再び僕の耳元でコソッと囁く。

「これで、花火ちゃんと会えたでしょ」

僕も小さな声で海歌さんに話しかける。

「その為にわざわざ倒れたフリをしたんですか?」

「そうそう。それと、今から私の話に合わせてね」

「わかりました」

今から何を話すのか皆目検討がつかないが、海歌さんの事だから、僕の有利になる話をしてくれるのだろう。

「ごめんね、花火。お詫びにいいものあげるから許して」

「物なんかじゃ釣られないよ」

「まぁ、まぁ見てから判断しなさい。ジャジャーン!『猫が歩く街並み』の映画のチケットでーす」

「猫街!?えっ、本物?前売りチケット買おうとしても、売り切れだったのに!」

花火さんは慌てて立ち上がり、海歌さんに駆け寄る。

「えっへん!私のコネがあればこのくらい簡単なのだ」

「貰っていいの?」

「いいよ」

「やった~~!」

花火さんは両手を上げて喜びを表現する。

「あっ、でも一つ注意点があります。カップルチケットなので、一人では入れません」

「えっ、じゃあダメじゃん...」

「だから、空太君に一緒に行ってもらおうと思うの」

「えー!なんで!」

「空太君にも迷惑かけたしね。それに一緒に行ける男の子の友達、空太君以外にいないでしょ」

「うっ。そうだけど...」

花火さんは苦い顔をしてこちらを見た。
ここまで嫌がられると、行きたいとは言いづらい。
でも、ここは頑張らないと!

「空太君は行きたいよね」

「えっと。はい...行きたいです」

「じゃあ決定!映画館は川瀬町のショッピングモールだからね。あとは二人で話し合って」

海歌さんは、僕の背中をトンッと押した。

「しょうがないなぁ。猫街の為だもんね。じゃあ空太君、今度の土曜日の午後一時に映画館の前で待ち合わせね」

「わかりました。よろしくお願いします」

すると、おじさんがズンズンとこちらに歩いてきた。

「ちょっと、空太君!花火には絶対に手を出さないでくれよ」

眉間にしわを寄せながら、僕に怖い笑顔で警告をする。

「えっ、あ、はい」

「ちょっ、パパ!何変なこと言わないでよ」

僕はいきなり詰め寄られて、どうして良いかわからず一歩後ずさり横目で海歌さんに助けを求める。

海歌さんは僕と目が合ったが、笑顔で視線をズラした。

「お父さん!空太君が戸惑っているでしょ。ごめんね、この人花火にデレデレだから」

「いえ、はい...」

「でも、お母さん。ここは言っておかないと...」

「ちょっと。外、行きましょ」

「え、どうして?」

おじさんの疑問に答える事なく、おばさんは無理やり病室の外まで引っ張って行った。

「じゃあ、あとは三人で楽しんでね」

最後に、そう言って病室を出ていった。

僕たちが残された病室には、微妙に重たい空気が流れた。
色々とあってすっかり忘れていたが、僕と花火さんは旅行の件での気まずさを思い出し黙り込んだ。

今が、海歌さんが作ってくれた説得のチャンスであることは分かっている。
だけど、海歌さんが倒れたと聞いた時に説得の言葉はどこかに飛んでしまった。

僕はなんとか思い出せないかと、考え込むが頭が真っ白で何にも浮かばない。

「あ、あの!えっと...今日は帰りますね。いきなりだったのでスマホも忘れて家族が心配するので」

結局、この空気に耐えられず僕は逃げることにした。

「今日はごめんね。あと、心配してくれてありがとう。」

「はい。じゃあ失礼します」

「映画楽しんできてね!」

海歌さんは、いつも通りの笑顔で僕に手を振った。

「あ、チケットありがとうございます。楽しみです」

花火さんを見るが、一切こちらを見ずにスマホをいじっている。

僕はあえて何も言わずに病室から出た。

今回は失敗したけど、映画の時にこそ花火さんときちんと話さなければ。
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