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第二章 素望

25 不退転の誓い

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 意外にも今日は僕の意思でこの病室に足を運んでいた。

「えっ、空太くん。鎌倉行くの?」

花火さんなら直ぐにでも伝えていそうなのに。
昨日は病院に来なかったのかな。

「花火さんから聞いていないんですか?」

「花火からは鎌倉に行くって聞いたけど、空太くんは行かないものだと思ってた。遠出して大丈夫なの?」

写真クラブメンバーの気を使いながらも普通に接してくれているのは、とても有り難い。

家族が、無条件の愛情を注いでくれることも凄く感謝している。

だけどやっぱり、他人なのに本当の意味で理解してくれて心配してくれる海歌さんに対しては真っ先に嬉しいって思いが頭に浮かぶ。

「大丈夫です。東さんが車で行ってくれるんです。それに、もしもの時はお父さんが迎えに来てくれるって言ってくれました」

「よかったね。それなら安心だ」

「でも......」

「どうしたの?なんか不安な事があるの?」

「いえ、行くのに問題はないんです。でも、こんなに優しくしてもらっても良いんですかね」

昨日頭によぎった違和感がなんなのか、海歌さんの顔を見ていてわかった気がした。

「なんで?優しくしてくれる人が周りにいるなんて幸せな事よ」

「だけど、僕には返せません。こんなに優しくしてもらっても、ずっと迷惑かけるばかりでどうしたらこの恩を返せるのかもわかりません」

溜めていた思いが涙という形で溢れ出た。
こんな歳になって泣くなんて恥ずかしいが、溢れ出るものを止める術を僕は知らない。

「今は返せなくてもいいんじゃない。恩を感じているなら、いつか空太くんが元気になって、みんなが困っていたら助けてあげればいいのよ。今は偶々、空太くんが困っている番なんだよ」

「でも、僕はいつ死ぬかわかりません。半年に一回ぐらい体調が最悪になった時に、僕は死のうとします。今はまだ死なないで済んでますけど、いつその時が来るか分かりません」

僕は両親にも言っていない墓場まで持っていく筈だった秘密を喋っていた。
本当にいつ死ぬかわからない海歌さんに言う事では無いのは分かっている。
けれど、この思いを誰かに伝えないと僕の心はとても耐えられそうに無い。

「大丈夫!大丈夫だよ。空太くんはそんなに弱く無い」

海歌さんは親指を突き出し笑顔で僕に言い放つ。
それでも僕は納得できない。

「弱いですよ。だから病気にもなったんですから」

一年前、同じ市内に住んでいる祖母の家に一人で行った時僕の病気の話になった。

「空太!薬飲むのはやめなさい!」

「えっ、でもお医者さんから出してもらった物だよ」

そう言いつつ、薬を飲もうとした手を止めた。

「薬なんかに頼らなくても、心を強くすれば大丈夫よ。あなたは病気なんかじゃないの」

だったら僕が学校に行けないのはなんでなんだろう。
甘えているだけなのかな。

「でも、お医者さんは病気だって言ってたよ」

「そんな病院行くのはやめなさい!」

「でも...」

「あんたは、心が弱いのよ。もっとしっかりしなさい!スポーツとかしたら強くなれるわよ」

おばあちゃんは会う度にそう言って説得してきた。

孫が病気だという事実を認めたくなかったのだろう。
けれど、そのおばあちゃんの言葉達は僕に責任がある様にしか聞こえず、身内に僕を全否定されている事実が僕を苦しめた。
今となってはあまり会わなくなったおばあちゃんだが「弱い」という言葉だけが僕の心に棘を刺し未だに消えない傷となっている。

お姉さんは僕の方をみて真剣な眼差しをして、両肩をがっしりと掴んだ。

「多分、心の病気は弱いからなるんじゃ無いの。優しいからなるの」

「違います」

「違わないよ。だってストレスなんて他の人に移しちゃえばいいものじゃない。でも、空太くんは優しいからストレスを移された人の事も考えちゃうの。ストレスを抱えるってそういう事だと思うわ」

そんな事考えた事もなかった。
ただ、僕は人の迷惑になりたく無い一心で生きてきたから。

でも、まだ納得は出来ない。

「ストレスを抱え続けたらいつか死んじゃいますよ」

「死なないわ。だって死んだら家族とか友達が悲しむでしょ。そんなの空太くんが耐えられるわけないわ」

確かに、僕はいつも死のうとした時には、家族が悲しむ顔が浮かんでなんとか思い留まっている。

「でも、でも...」

「自殺する人はね、自分以外の事を考えられなくなった人か、大切に思える人が居ない人なのよ。その両方とも違う空太くんが死ねるわけないわ」

「本当に僕は死にませんか?」

「絶対に死なない!生きるのは大変だけど、恩を返す事なんていくらでも出来るわ」

他人に「絶対に死なない」と言われるのを僕はずっと待ち続けていたのかもしれない。

「ありがとうございます......ストレスは移すだけじゃなくて、溶かしてくれる事もあるんですね。海歌さんみたいに」

僕はハンカチで涙を拭いながら、感謝の意を伝えた。

「へへっ、すごいでしょ。私の必殺技なんだ。『秘剣ストレス溶かし』とかどうかな」

「いいですね。カッコいいです」

ふと思い立った。
もしかしたら海歌さんは、その必殺技を他人だけではなく自分にも使っているのかもしれない。
海歌さんは、いつでも太陽のように眩しい。
こんな辛い状態で明るさを保っていられるのはなんでだろうと思っていたが、彼女は自分の辛い気持ちも自分で溶かせるようになったのだろう。

他人では溶かしきれない大きすぎる心の闇。
だけど、それを家族に見せないように自分で溶かせるようになるしかなかった。

この人の優しさは悲しすぎて真っ直ぐ見るのがつらい。

「空太くん、鎌倉楽しんできてね。お土産待っているから。帰ってきたら直ぐに来るのよ」

「はい。必ず会いに来ます。お土産と思い出話をしに来ます」

「うん。絶対よ!約束だからね」

いつか、その日が来るまでは、みんなの好意に甘えていこう。
一つ一つの優しさに感謝しながら、そして必ずこの大きな恩を返そう。

この日、病室の扉の前で僕は誓いを立てた。
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