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第一章 切望

01 始まりは孤独で

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 「香木空太かぎそらたさん、あなたは精神病です。これから毎週、通院してください」

メガネをかけて細身の、いかにも秀才風なで立ち。
ずっとパソコンを見て、僕の方を殆ど見ない医者が10分の診察の中で初めて僕の目を見てそう言い放った。

これでも、今までの人生は充分上手くいっているつもりでいた。
だが、医者の発言によってこれまで少なからず築き上げてきたものが、音を立てて土台から崩れていく。

「わかりました…」

そんなの信じない!そう言えるほどの気力は今の僕には無い。

確かに学校には行けていない。
それどころか部屋からもろくに出れない。
学校という言葉を聞くだけで腹痛と吐き気に襲われる始末。

こんな状態が正常で無いことぐらい分かってはいる。
だけど、精神病という言葉がとても聞こえの悪いモノだというのは、子供ですら知っている常識だ。
その後の話は殆ど耳に入ってこないままいつの間にか終わっていた。

「ありがとうございました。失礼します」

形式上そう言って診察室を後にする。


ーー2年後ーー

この2年でだいぶ僕の取り巻く現状は変わった。
物理的な変化で言えば、中学生から高校生となった。
まぁ、不登校なので高校生(仮)だが。
1番の変化は、主治医が変わったこと。
カウンセリングをしてくれていた先生の紹介で、大木先生に出会った。
僕の症状を一目で見抜き、薬を処方してもらうと、みるみる心が安定していった。

そのおかげで家からは出れるようになり、部屋でしかたべれなかった食事も家族と一緒に出来るようになった。

そして1番の違いは、家からたった500mしか掛からない距離にある、三ツ石公園で写真を撮るのが、今の僕の日課になったこと。

市内で一番大きく自然が多いことから、人が溢れかえっていることが多々あるこの公園。
桜のシーズンなどは、お花見客で500はゆうに超える人手を記録する。
夏になると地元の団体が夕方から7~800人を集めて野外ビヤガーデンを催す。
祭りの音に誘われて幼少の頃公園に入ったが、まるでリオのカーニバルを見ているように幼い僕には感じられた。

だがこの狭間の時期は、比較的人が少ないのに加えて一年間通って観察した結果、僕が導き出した最高の時間帯であるとともに、僕の唯一の安息時間だ。

そんな些細な事に、優越感を感じていると目的の公園についた。
入口にあるクスノキのトンネルを過ぎて1年前に作られたウォーキング用のゴムで作られた道を通り、ウォーキングをしている人の邪魔にならない様に端っこを歩いた。

公園内でこの時期のベストスポットである、まぁまぁ大きい花畑にて首に下げた子供には不釣り合いな高かったであろう、一眼レフデジタルカメラの電源を入れる。
そして機械的に何も考えずシャッターを切る。

「ここももう撮るのは、何度目だろう...いい加減飽きて来たな。まぁどうしようもないけど」

ブツブツと喋りながら撮った写真を確認する。
なんと真っ白だった。
そこで初めてミスをして写真が正常に撮れていないことに気づく。

「はーー。この間違い何回目だろう。」

前に祖父に聞いた話を思い出した。
祖父の昔使っていたフィルムカメラだったら、現像するまでどんな風にできているのかわからないらしい。
家に帰って現像をしてみると全部真っ白になってる事もあり得るため、一枚の写真を撮るのに入念な確認をしていたらしい。
僕だったらそんな面倒なことをしなくてはいけないのなら、初日で写真撮影を辞めているかもしれない。

手を合わせて拝みながらデジタルカメラのある時代に生まれたことを感謝した。
神様に感謝するのは嫌なのでカメラメーカーに感謝しておこう。

ふと手元のカメラを見ると、設定がマニュアルになっている事に気付いた。
カメラの右上についているダイアルをクルクルと回しオートに切り替える。
マニュアルとは何なのか気にはなるが色々試しても分からないし面倒だったので、今まではずっと簡単に撮れるオートにしていた。
カシャ、今度はきちんと撮れている。

実は、そこまで綺麗な写真を撮りたいと真剣にやっている訳では無いのだが、この公園で夕日を撮った時にたまたま綺麗に撮れた一枚の写真がきっかけで、なんとなくハマってしまった。
その写真も今から見れば、そこまで奇跡的に綺麗という訳ではないのだが、その時の自分には世界で一番の写真が撮れたように思えた。

宝物になるような写真を撮りたい。

そんな僕の気持ちを裏切るように、この季節は若葉の芽吹き始めで特に綺麗な花が咲いている訳ではないという悪条件。
桜という一年の中で一番の目玉が過ぎてしまったこの季節は、なんだか切ないほどに人が少ない。
一番派手なチューリップもあまり手入れされていないこの公園では、土を被ってしまい白い花が少しマーブル模様になってしまっている。
その模様も綺麗な水色などではなく泥を被った茶色、まるで毒に侵されているように見える。

「これ食べたら、死にそうだな」

なのになぜ僕が、この公園にめんどくさいながら毎日足を運ぶのか、それは色々と諸事情はあるが、強いて言えばスズランが僕を惹気つけているからだろう。
いつか何処かで聞いたスズランの花言葉の再び幸せが訪れる。
この言葉が、下を向いて何かから耐え続けているような花の様子が、僕の現状とダブって見えてしまいこの花から目が離せない。
そんな恥ずかしい詩人のようなことを夢想しながら、今日もまた花を見つ目ながら写真を撮る。

しかしもう何週間も観察し、晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、雷のなる日も、と言うのは大袈裟だが結構な頻度で見続けてきた。それでも、スズランが上を向く日は訪れない。
それどころか今にも花が落ちてしまいそう、そんな在り方を見ているともう当分ここに来るのをやめてしまおうとさえ思えてくる。
あの花が全部落ちた所を見てしまったら、僕の大切な何かまで枯れ落ちてしまう、そんな気がしてやまない。

「帰るか......」

心が決まりかけたが、どうしても寂しさが残る。
帰ろうか、いやまだもう少しとスズランの周りを取り囲む様に5分ぐらい辺りをウロウロとしていた。

そんなことに夢中になっていると、トントン、と肩を叩かれた。
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