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愛するつもりなぞないんでしょうから
13. ディアナの実力
しおりを挟む都会っ子ラキルスは、基礎もないまま辺境伯軍に放り込まれて、走り込みや素振りなどの至って初歩の訓練で、息も絶え絶えになっていた。
辺境の人間に言わせれば、へなちょこもへなちょこ、子供以下である。
だがラキルスは、風が吹けば飛ばされそうなへろへろとした足取りをしていながらも、文句も泣き言も言うことなく、辺境騎士たちの次なる訓練に付いて行こうとする。
王子様然とした爽やかな容貌がでろっでろになっていても意に介さず、髪型の乱れを直すこともなく、汗で張り付く服への不快感も見せずに。
それは、ラキルス自身が辺境を知りたいと望んだ故のことであり、辺境伯家の令嬢を嫁に迎えた身として、やり遂げなければならないと切に感じていたからに他ならない。
その姿を、義父となった辺境伯も、ディアナの兄たちも、しっかりと見ていた。
ご機嫌取りのパフォーマンスだったら、こんな軟弱な青二才が、隙を見て座ろうともせずに、酸欠で虚ろな目になりながらも黙々と、ひたすら地味なのにキツイ訓練に挑もうとするはずがない。
しかも、はじめだけの話ではない。
辺境に来て既に数日。毎日毎日、律儀に訓練に参加しているのである。
自分自身の明確な意思なくして出来ることではない。
それは、『使える使えないで言えば全く使えないが、意気込みだけはまあ認めてやらんでもない』といった程度には、好感を持つに値したようだ。
脳筋は、ひたむきな努力は評価する生き物なのだ。
そんなところに、魔獣出現の警報が鳴り響いた。
警報音の違いで出現方向が把握できるようになっており、辺境伯軍の騎士たちは一斉に、北東の空に視線を向けた。
ラキルスも皆に倣って空を見やると、鳥よりも遥か上空を飛んでいる何かが目に入る。あまりにも高い位置を飛んでいるので、目視では姿形はわからないが、鳥ではないのだろう。
ぐるぐると周回するように上空を飛んでいた魔獣らしきものが、急にバランスを崩したかと思ったら、みるみる高度を下げてくる。
「一発で仕留めた。ありゃディアナだな」
「えっ…ディアナですか?」
更に、鳥が通常飛んでいるくらいの高度まで魔獣が落ちてきたあたりで、空中で何か衝撃を受けたかのように、魔獣の顔の位置が動いた。
「間髪入れず目も潰してるから間違いない。
ディアナのコントロールは神がかってるからな」
「目つぶし…あんな空中で…?」
「しかもディアナの場合、
そのへんの石をひっ掴んでテキトーにぶん投げてるダケにしか見えねーんだよ。
確実に急所に当ててくるから、狙ってんのは間違いないんだがな」
辺境伯は、辺境やディアナのことを知ろうとしているラキルスのために、他の辺境騎士たちは当たり前すぎて言葉にしないことを、あえて口にする。
ラキルスが、王命で迎えることになった本意ではなかったであろう嫁に対しても、きちんと向き合おうとしていることが感じ取れたからこそ、その心意気は見どころがあると認めて、こうしてアドバイスをしてくれているのだ。
ディアナは飛び具のスペシャリストで、石のコントロールすら超一流だった。
特筆すべきは弓矢。普通に考えれば飛んでいく方向は一方向に決まっているのだが、ディアナは、スピードや威力、角度を調整した二の矢三の矢を放ち、一の矢の鏃に当てることで、一の矢の飛ぶ方向を自在に変えることができる。数回当てることで、何ならブーメランのように返って来るようにも操作できてしまう。
本当は誰もいない方向からも矢が飛んでくるように錯覚させることができるため、ディアナが進ませたい方向に魔獣を誘導することもできる。
そうやって、隣国の辺境伯領から国境を越えて流れて来た魔獣を、容赦なく全て追い返すなんてことも、大きい声で言ったらマズいかもしれないが実は行っていた。
「ディアナ一人で、王立騎士団の一個隊を余裕で凌ぐ武力がある。
有事の際には、王立騎士団に頼るよりもディアナに託せ」
「そこまでの腕なんですか…?」
「安穏とした環境で訓練だけしてる奴らとは、格が違う」
ラキルスの脳裏には、サラダに飛んできたカエルがよぎっていた。
あのときのディアナの様子は、目の端に何となく捉えたレベルだったのだが、ディアナはラキルスの方を見もせず、軽く指を弾くような仕草をしただけの認識だった。それでも、ラキルスの真正面のサラダディッシュに、ラキルスの方を向く形で着地してきた、カエルのおもちゃ。
あれは、やはりディアナが狙ってやったということになる。
「ディアナがいなくなると辺境としては戦力ダウンだ。
まあ王都の守りを固めるためだと思ってやるから、
腕なまらせないように、ちょいちょい狩りにでも連れ出せよ?
性別と年齢で選んだだけのクセに、ニクいセレクトしやがってまったく…」
ラキルスはディアナから、辺境伯閣下のことは『脳筋』としか聞かされていなかったが、辺境に来たばかりで僅かな時間しか共にしていなくてもわかるほど、器の大きい人物だと、将とはこういう人物のことを指すのだと感じられた。
そして、ラキルスの中に、『義理の息子としてふさわしくありたい、いつかこの人に認めてもらいたい』という思いも芽生え始めていた。
「大事なお嬢さんを当家に託していただき、感謝いたします。
肉体的にも精神的にも、私の方が劣っているのは間違いないでしょうが、
私にできる全力でお守りします」
神妙に答えるラキルスに、辺境伯はサバサバと笑った。
「ははっ。辺境は特殊な環境だから、強さを気にする必要はない。
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迷惑をかけるが、そのへんフォローしてやってくれ」
「はい。そちらの方面なら得意です」
「任せたぞ」
辺境の関係の築き方は、ラキルスの肌には意外と合うらしい。
肉体的な疲労感は半端ないが、気持ちは思いの外スッキリしていることを実感しながら、ラキルスは、土埃にまみれた風を心地よく受けていた。
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