上 下
2 / 5

真っ赤な手の嘘つき娘は聖女でした〜この国を捨てて、他所の国を救います〜

しおりを挟む

~あらすじ~
嘘つきジョナサンの娘ナターリヤは、染師として山頂の小屋に住んでいた。
とある日、彼女の手は赤く染まり、国を出奔することになる。
これは彼女が、浄化されるお話。

シンプルなざまあのお話。
よろしければ評価などしてくれると、ありがたきかな。


◇◇◇


一気に布染めを行ったから、仕事用の水樽が、半分近くに減っていた。

生活用の井戸水は、まだまだ現役で使えるから、飲水には困らないし、明日また布染めするわけじゃないから、急ぐ必要はないんだけど。

雨が降りそうだからなあ。
川の水位は上がるんだろう。

「はあ。もう一息頑張ろ」

近づけなくなる前に、今日行くしかないだろう。
凝り固まった腰を揉んだあと、水桶を両手に川へ向かった。



私の家は山頂付近で、かなり標高が高い場所にある。
ほとんど誰も来ないし、私も山を下ることはあまりないので、孤独に自然と暮らしている。

といっても、定期的に商人さんは来てくれるけどね。

生活必需品、仕事に使う糸、布、染料など、必要なものを持ってきてくれる。代わりに私は染布や柄染めをして商人さんに売っている。

孤独とはいうけれど、真の孤独でないのが私の支えでもある。

昔は父もいたんだけど、3年前ぐらいに亡くなってしまった。
もともと口数の多い人じゃなかったから、傍目からみれば今の生活と大して変わらないのだろうけど、人がいるのといないのでは、大きな差があるのだ。

何をするのも自分だし、しなければ後悔するのも自分。
喋る相手は布と染料、そして……この川。

「今日もキレイだね」

澄んだ水面と清流に話しかける。
サラサラといつも通りの返答があって、挨拶のような会話は終わりだ。
これで満足した私は、まず川に手を浸す。

手にぶつかる水流が、ギチギチの筋肉を押し解してくれて、とても心地よい。
ふうーと息を漏らすと、水の流れに逆らっているお魚さんと、目が合った気がした。

……気がしたというより、目があってる?

白っぽい瞳が、私をじっと観察しているような。

何なのだろう?

ピチャリ――。

首を傾げると、そのお魚はどこかへ行ってしまった。
小さな水音にびっくりしたらしい。

お魚さんに申し訳ないことをしたなあと思いつつ、自分のすべきことに取り掛かろうとして、なんの気なしに手を見たら、真っ赤に染まっていた。

「ええっ!?」

川から引き上げてよくよく観察してみると、表も裏もまんべんなく赤くて、水を浴びた手首のあたりまで血のような色で染まっていた。

「染料かなあ」

素手で染め物をしているから、こういうことは稀にある。
ミミツバナをもとにした染料で布染めをすると、濃紺に染まるし、その手で酒精に触れると黄色く変化するし。

今日は初めて、ディプリエイの花から作った染料を使った。
淡い青の染料で、手は少しだけ青みがかっていたけれど、こんなに真っ赤に染まるなんてなあ。

なにかに使えるかも。
色々と思案していると、不可思議なことに気づいた。

私は今、水に触れたんだ。

水に触れただけで赤く染まる染料。

「おかしい」

染料粉は水で溶いて、それから布を浸すものだ。
淡い青が美しかったのをハッキリ覚えている。その後に変色もしなかったから、大満足だった。

でもこの川の水に触れたら、赤くなった。

たしか、今の水樽の水は2日前に汲んだものだ。

2日前の川の水なら、問題なかったってことなの?

「……てことは、水に問題があるってこと」

私はよくよく川を見つめる。
いつものせせらぎ、いつもの透明度、そして魚たちも元気だ。

見えない変化が起きているけど、私や魚には問題がない?
飲まなければ大丈夫なのか、人間が飲むと危険なのか……。

「危険かあ……警告色!」

自分が言った言葉で、思い出した。

ディプリエイの花は、毒素に触れると色を変化させる特性があることを。

黄色なら弱毒、赤な猛毒。
花を枯らしてしまうほどの毒で、そのほとんどは人間にも害をもたらす毒と言われてる。

私はハッとして駆け出した。

この川は、麓の町につながる貴重な水源だ。

みんなが危ない。

◇◇◇

山腹には、小さな町がある。
麓の町よりも小規模だが、数百人の人が住んでいる。
私のように井戸水を使っている人もいるだろうけど、数百人規模の町だからメインの水源は川だ。

私は騎士団の詰め所で、事情を話した。
真っ赤な手を見せて、ディプリエイの花の特性を教えて、危ないかもしれないから、町長に話をしてほしいと。

すると、カウンター越しに座る騎士は、私の顔をみて、ポンッと手を打った。

「お前、嘘つきジョナサンの娘か」

私は、久しぶりにその言葉を聞いて、ひどく落胆した。
もう5年も前になる。

染師だった父が、新たな染料を探すために山を歩いていた時のこと。

酷く慌てた様子で、帰ってくると、慌てた様子で手紙を書き始めた。

何かと思えば、父は言った。
アンデットを見た。騎士団に知らせなければ。

アンデット――。

蘇った屍者であり、神聖魔法または神器でしか倒せない魔物だ。

ひとたび現れたら災厄の前触れだとも言われているから、父は慌てたのだと思う。

騎士団も慌てた様子でやって来て、大所帯でアンデット捜索をしていたと思う。
けれど、何も見つからなかった。

2日も探して、宝とも言われる神器も持ち出し、騎士団の英雄まで出張っての捜索だったのに、出てこなかったんだ。

だから父は糾弾されて、舌を引き抜かれた。

それからは嘘つきジョナサンとして、山頂に引きこもり、なにも知らないであろう隣国出身の行商人さんとだけ交流を、持つようになった。

5年前のことなのに、まだ言われるんだ。

久しぶりに山腹へおりて、町に出るのもちょっとだけ怖かったけど、町の人々を見殺しにはできないから伝えに来たのに。

「おめえも舌を引っこ抜かれたくなかったら帰りな。寂しいんなら、今度家に行ってやるよヒヒヒ」

「……」

下卑た笑いに言い返すこともできず、私はトボトボと詰め所をあとにした。

町を出て、山道に立つ私は逡巡した。
この一本道を下れば山裾の町に行ける。大きな町の騎士さんに相談すれば、取り合ってくれるかも。

でもさっきの騎士の顔がちらついて……。
私は言い訳を考えた。
今日は行商人さんがやって来る日だからと。

人の命と、私の生活。
仮に今日を逃したとしても、行商人さんはまた、2週間後にやってきてくれる。
どちらが重いのかなんて、分かり切ってる。

でも私は、反対の道を選んだ。

「嘘つきの染め物なんかいらないね」
「山に住んでるからって、俺らまで白い目を向けられたぜ、もう来るんじゃねえ」
「もうアンタらには頼まないよ。麓の染師は真っ当で正直だからね」

かつてそんなことを言われて、私たちは異国の行商人さんとしか、売買をできなくなった。

この町の誰かに相談しても、たぶん騎士さんと同じ反応をされるだろうから。
あの騎士さんが忘れてないってことは、この街の人達もきっと、忘れてない。

誰も耳を貸してくれないだろうから。

私は山頂へと登っていった。

◇◇◇

「こんにちは、降りそうですねえ」

「そうですね、このぶんなら夜からかと」

「うむ、ん?その手は……新しい染料ですかな?」

行商人さんは、背負子を下ろして、私の手を不思議そうに見つめている。

「真っ赤な……まるで血のようだ。初めて見た色合いですな。うむ、面白い」

商人のというやつか、手を見つめながら、何か別のことを考えているようだった。

「実はこれ……」

私は、この手の色について相談することにした。

私と父の事情を知っていても、こうして付き合いを持ってくれる人だから、きっと信じてくれるはずだと。

みんなを助けたいとか、そんな、高尚な理由ではなくて、ただ認めてもらいたかっただけかもしれない。

商人さんに話すと、私も驚くほどに、スラスラと言葉ができてきた。
話すこと自体久しぶりだったから、町の方ではどもったり、まとまりがなかったりしたけど、ここでは要点と私の危惧することを、きちんと伝えることができた。

行商人さんは全てを聞いて、顎に手を当てた。

「……もしかすると、アンデット」

ドキンと胸が跳ねた。

ミミツバナと酒精を合わせれば、黄色が表れるるように、私とアンデットという言葉は、合わせれば嘘つきが表れる。

また、なのか。

下唇に僅かな痛みが走る。

けれどその痛みも、すぐに和らいだ。

「もしかすると、アンデットの血が流れてしまったのやもしれません。不浄の血が一滴でも流れば、水は穢水えすいとなる。神聖の魔法で浄化せねば……危うい」

彼は私の言葉を信じてくれた。
しかも、アンデットが原因だと言う。

「今すぐにここを出ましょう!危険だ」

行商人さんは慌てて、背負子を背負うと、私の手を引っ張った。

「5年もの間放置されたアンデットは、仲間を増やしているはずだ。たしか父君は、山頂付近で見たのでしたよね?」

山腹も麓も、人が多く住んでいて、植生は把握されている。
だから誰もつけていない、山頂付近ならば、未知の花があるかもしれないと、探索に出かけたわけで。

私が頷くと、行商人さんは顔を白くした。

「これまではただ、運が良かっただけです。アンデットは動物をアンデットに変える、山頂付近の動物……魚だってアンデットになっているかもしれない。アナタのこの家がいつ襲われるか分かりませんよ!」

行商人さんは、より一層手に力を込めて、私の腕を引っ張った。男の人の力は強くて、とても抗えそうにない。

けれど私には、どうしても振り払わなければならない、理由があった。

バシッ――。

「ナターリヤさん!なにを……」

私は、ひっそりと置かれていた壺を抱え上げた。
成人男性のお骨が入った壺だから、それなりに重い。
けれど、私にはとても大切なものだ。

「……それだけでいいのですね?もう戻れませんよ?」

私が頷くと、行商人さんも頷いた。

住み慣れた家を出て振り返ると、今までは気付かなかった傷や破損に目がいった。

ひとりだったから、全部後回しにしてきた修理も、もうしなくて済む。

父との思い出だったから、この場所に住み続けたけれど、もう私にはどうすることもできない。

最後なのだと思うと、ポロポロと涙がこぼれた。

行商人さんが先導する道は、私の通ったことのない道で、これからどうなるのだろうかという不安が募る。

「どうぞ」

行商人はグシャグシャになった私の顔をみて、ハンカチを手渡してくれた。

「何も心配はいりません。お父上には稼がせてもらった恩がありますから、当面の生活は私が保証しますよ」

父はただの、頑固な染師だった。
頑固で真面目で、嘘なんてつかない人だった。

嘘をつけるほど器用じゃなかった。

「お父上の技術を受け継ぐナターリヤさんなら、大成しますよ。私の国では、とても人気ですからねえ」

今思えば、行商人さんが私しかいないこの家に来る事自体不思議だった。
聞いてしまうと、もう来ないと言われそうな気がして、黙ったたままだったけれど、そういうわけだったのかと得心した。

「今さらですが、構わないですね?国を離れても」

父もいなくて、嘘つきだと言われ。
そしてアンデットがうろつく場所に、留まる理由もない。

私が頷くと、行商人さんはニコリと笑った。

「早く行きましょう。2時間もあれば、私の国ですよ。神聖魔力があれば、アンデットに怯えずに済むんですが、あ!」

行商人さんは、何かを思い出したように立ち止まり、私の顔をみて目をパチパチとさせた。

「まさか……神の恩寵を?」

◇◇◇

それから私たちは、行商人さんの故郷へと辿り着いた。
道中では何度か、アンデットの気配に怯えることもあったけれど、結局姿どころか影すら見えることはなかった。

「この国は、アンデットに滅ぼされかけた歴史がありますから、神聖魔力の持ち主は特に尊敬されますよ」

国に入ってすぐ、行商人さんに連れられたのは、教会だった。

もしかしたらということらしく、何が何やら分からぬまま、司祭服に身を纏う方が持ってきた石に触れた。

「おお!神聖魔力だ、しかも第一位階の!」

その方はひどく驚いていた。
神聖魔法も教会も私には縁遠いものだったので、ポカンとしていたら、司祭さんが饒舌に語ってくれた。

第一位階の神聖魔力は、アンデットを避ける力があり、魔法にすれば浄化までできるほどだとか。

「数千万にひとりの、特殊な魔力です。まさに神の恩寵ですな」

司祭様が手を合わせると、そのそばに控えていた修道服の女性や行商人さんまで、私に手を合わせた。

その後、教会の司祭さんと行商人さんは、なぜか揉めていた。
誰が面倒を見るか、なんの仕事をさせるかと、私は蚊帳の外であったが、そんなものは決まっていたので、司祭さんに頭を下げて行商人さんについて行った。

でも、時々司祭さんのお手伝いをすることは了承した。
私の魔力で人が救えるから、どうか時々お時間を作ってくれと、お願いされたから。

その日の夜、大雨が降った。

増水した川が、氾濫して行商人さんの故郷にも少なからず被害が出た。
けれど、アンデットの血の影響は皆無。
教会や騎士たちが総出で、川下の村々に出張り浄化を行ったからだ。


一方、私の故郷はと言えば、町々が水に飲まれて、大きな被害を被った。
それだけではない。
原因不明のなにかにより、町々では人々が死んでいったという。
死ぬだけならまだしも、一部の者がアンデット化して、死体を次々にアンデットへと変貌させたそうだ。

その記事が載っている新聞を読んでいると、行商人さんは言った。

「真を見抜けぬは、嘘よりも罪深いとも言います。アナタのせいでないのは、私が自信を持って言い切れますが、もしも良心が痛むのなら、どうかこの国で人を助けて上げてください。アンデットに苦しめられた人々が、多く住まうこの国を……」

◇◇◇

染料を揃えてもらい、布まで仕入れてもらった私は、早速布染めに取り掛かった。

行商人さんの手腕もあって、数年待ちの予約まで入った。

そして私には、もう一つの仕事もある。

それは……。

「聖女様へ、敬礼!」

私を見た騎士さんたちは、頭を下げた。

「神に祈りを、聖女様へ感謝を」

私が通り過ぎると、司祭さんたちは神に祈った。

私は聖女として、アンデットを浄化する仕事をしている。

司祭様のお手伝いが、いつの間にか、私の人生にとっての大きな活動になっていた。

嘘つきの娘としてではなく、私は聖女として生きていくことにした。

大事な父の思い出とともに、私はここに骨を埋めるだろう。

清めよピュアリファイ

司祭様に習った魔法をアンデットにかけたら、私の赤い手と共に、人々は浄化されていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

処理中です...