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木こりの復讐
しおりを挟む~あらすじ~
復讐劇です。
グロテスクな表現があります。
短めサクッと終わります。
ざまぁありますが、陰鬱な作品になってるので、そのへんはお気をつけて。
◇◇◇
これは、とある木こりのお話。
「聖水つけろよー。でないと魔物が寄ってくるぞー」とお父さんはいつも言う。
「準備できてるもん!」
ちょっとだけ怒った。
お父さんがたまにみせる顔とおんなじで、こわ~い顔を作ったんだ。
そしたら……。
どうして笑うんだろ。
頭を撫でられて、なんか余計に怒りたかったけど、お父さんは先に行くもんだから、僕は急いで背中を追いかけた。
今日も、枝打ちに行くんだ。
僕はまだ小さいから、お父さんが枝打ちするのを見るだけ。でも面白いよ。
魔法で高くまで飛んで、ナタをバシバシと振るんだ。
そしたらね、枝が降ってくるの。
ドシンッ!て僕の体が揺れるんだ。
ドシンッ――。
「離れてろよー。潰れて死ぬぞー」とお父さんはいつも言う。
「はなれてるよー!」
何回言われても、僕は怒らないよ。
だって本当に危ないからね。
ぺしゃんこになりたくないもん。
お父さんは僕のことを見下ろして、頷いてくれた。
ハハハ、僕が偉いと思ったでしょ?
お父さんは、あんまり喋らないんだけど、そのぶん顔で分かるんだ。あれは嬉しい顔だね。
僕も嬉しくなって、ほっぺたが自然と盛り上がった。
ナタをベシベシと振るお父さんは、カッコいいなあ。
僕もお父さんと一緒に枝打ちをしたいなあ。
早く大きくなりたいなあ。
ガサガサ――。
お父さんを見てたら、僕の後ろの方でこすれる音がした。
とても小さい音だから、気のせいかもしれないんだけど……。
この辺はアサルトベアが出ると言ってたしなあ。
腕を振るうだけで、人の頭を吹っ飛ばす魔物だってお父さんが言ってた。
俺でも勝てないから、おかしいなと思ったら、すぐに言えって……。
いやでも、聖水をつけてるから大丈夫だよ。
次に音がしたら、その時言えばいいんだよ。
ヒュンッ――。
甲高い音がした瞬間、僕の頭の上を何かが飛んでいった。
おかしいなと思って頭を触ってみるけど、クセのある髪がベタベタしてるだけだ。
虫かなあ?
ヒュンッ――。
また甲高い音がした。今度は分かったぞ、後ろから音がしてる。
僕は振り返った。でも何もいない。
アサルトベアではないと思うんだけ……。
お父さんに言わなくちゃ。
お父さんのいる、高い空へと目を向ける。
でもそこには、折れかかった枝がぶらぶらしてるだけ。
あれ、お父さん?
ドサッ――。
小さく体が揺れた。
ゆっくりと視線を下ろすと、そこには父の姿があった。
「……お、おと」
叫ぶ前に走り出した。
けど、不気味な笑い声が木の上から聞こえて、立ち止まった。
メキメキ――。
枝が、落ちちゃう。
ダメだよ、お父さん。
離れなきゃ潰れちゃう。
ドシンッ――。
「……ぉお、おと」
僕はお父さんを目の当たりにして、声が出なかった。
声を出そうとすると、喉がギュギュッと締め付けられて、ゲロを吐いちゃいそうだった。
だから僕は、お父さんに近づいたんだ。
声じゃなく触ろうと思って。
大丈夫だよね?とお父さんの手を握りたかったんだ。
でもどこにも、手がないんだ。
これは指、かな?
ガサガサ――。
またこすれるような音がした。
それも背後から。
ビクリと体が震えて振り返る。
遠くの方に、何か見えるけど、ハッキリしない。
どうしよう。僕は今一人ぼっちだ。
守ってくれるはずのお父さんは枝の下で。
急に恐ろしくなった僕は、枝を飛び越えて地面に伏せた。
そしたら声がしたんだ。
グォォとか、ギャーとか、そういう声じゃない。
ハッキリと人の言葉だった。
「アサルトベアを倒したぞ!」
高い声だった。
アサルトベア倒したなんて、怪しいなと思った。
「……帰りましょう。先程の振動はやはり、まだ殺しきれてないのです。追ってくる前に逃げますぞッ!」
「お、おい放せ!父上に言いつけるぞ、放せ!」
ガサガサ――。
彼らは去っていった。
おじさんの声と、若い男、たぶん僕と同じくらいの子の声だと思う。
二人はどこかへ行ってしまった。
アサルトベアを倒したって、嘘だと思う。
だってお父さんでも、倒せないんでしょ?
ねえ、お父さん。
ねえ、血が無くなっちゃうよ……。
◇◇◇
あのあと僕は、血みどろのまま家に帰り2日、じっとしていた。
呆然と椅子に座っていた僕を、木材を引き取りに来た建材屋さんが見つけなければ、そのまま死んでいただろう。
建材屋さんは、木材の代わりに、僕を引き取ってくれた。
お父さんと懇意にしていたらしく、嫌な顔ひとつせず養ってくれた。
その家には子どもがいなくって、まるで我が子のように大切にしてもらった。
建材屋のおじさん、そしてその奥さんには、頭が上がらない。
だから、ずっとこのままというのは、申し訳なく感じるんだけど、ここ以外に働き口が思い浮かばなかった。
身よりもない僕には、おじさんとおばさんしか頼れる人もいない。
僕は何もできない、ただの穀潰しとして生きていくのだろうか。
悶々とした日々を過ごしていると、おじさんから思わぬ誘いがあった。
「あの林の案内を頼みたいってんだよ。無理なら断っから、正直に答えてくれ」
なんでも、この町の町長が、あの林を視察したいらしく、案内人を探しているという。
それでおじさんに話が回ってきたらしいんだけど。
おじさんは、ただの建材屋さんで、僕の家とこの家との往復路しか知らない。
あの林は、お父さんの仕事場だったから。
案内できるのは、お父さんと、僕ぐらいしかいない。
「5年も前のことだから、さすがに覚えてねえだろ?誰も手入れしちゃあいねえしよお。どうする?」
とても気を使っているおじさんには申し訳ないけど、僕の心は決まっていた。
僕はおじさんに引き取られてから5年間、欠かさず行っていた日課がある。
消えてしまったお父さんの遺体の捜索だ。
あの日、僕を見つけたおじさんは、かなりの大所帯で、林に入りお父さんの遺体を回収しに行ってくれたんだ。
アサルトベアがいるかもしれないから、仲間を募って林に向かった。冒険者も雇っていたと思う。
そして数時間後には、彼らが戻ってきて言った。
「なかった」
血のついた大きな枝はあったし、血溜まりのようなものもあったという。
でもなかった。
お父さんの遺体だけは。
当時は僕も混乱していて、遺体だとか、血だとか、全部か恐ろしくて、ただぼうっと話を聞いていた。
それを怒っていると勘違いしたのか、とある冒険者が、これ以上捜索できないわけを話してくれた。
「切り落とされた枝に、爪痕が残ってたんだ。一度見たことがあるから間違いない、あれはアサルトベアの爪だ」
冷静さを取り戻し、成長を重ねると、あの時では汲み取れなかった、冒険者の言葉が理解できた。
アサルトベアがいるから、捜索は断念する。
枝の爪痕をみるに、お父さんの遺体は食べられたのだろう。
でも、僕は納得できなくて、5年間探し続けた。
定期的に教会へ行って聖水をもらい、魔物避けを行って。
父の教えを守って、探し続けていたから、あの林は誰よりもよく知っている。
こんな僕が、おじさんの役に立てるんなら、協力するに決まっている。
僕が頷くと、おじさん険しい顔をして、目を覗き込んできた。
本当に大丈夫かと言いたげに。
「……自信が、あんだな。分かったじゃあ、明日頼むな。俺は仕事があって行けねえが、とにかく気をつけろ」
僕はまた頷いた。
◇◇◇
翌朝、全身をただの水で拭き上げて、聖水の染み込ませた布で、さらに拭いた。
本来は肌が露出してる部分だけでいいんだけど、アサルトベアの縄張りなんだから、念には念を入れている。
「じゃあ、行ってくらあ。気いつけろよ?」
おじさんの分厚い手が、僕のほっぺたをペシペシと叩いた。
ちょっと痛いけど、たまにやるんだ。
これで気合が入るだろって言ってさ。
「気をつけるんだよ。なんかあったら、走って逃げるんだよ?」
おばさんも心配しているようだ。
僕が頷いてみせると、おばさんは困ったように笑い、小さな瓶を手に握らせた。
それは、聖水だった。
「……教会からもらってきたよ。魔物避けになるっていうから、もしもの時は使うんだよ」
もう、使ってるんだけどなあ。
内心ではそう思いつつ、おばさんの優しさをありがたく受け取った。
今思えば、ちょっと慢心してたかもしれない。
5年間通い続けた林だからって、今日が最後の日にならないとも限らない。
……本当に慢心かな?
自分でも漠然としている心を、しっかりと引き締め直して、僕は林へと向かった。
◇◇◇
「ん?お前か、案内人というのは」
林道で待ち構えていたのは、弓を背負った少年だった。容姿から察するに、年齢は僕と違わないと思う。
その隣には、剣を持ったおじさんが立っているけれど、この人が町長なはずもないし。
僕の胡乱な目に、その少年は顔をしかめた。
「父上の代わりに来たのだ。早く案内しろ」
そう言われて睨まれると、僕も頷くことしかできないわけで。
先頭に立って、早速林へと踏み入った。
後ろをついてくる彼は、あまり良い人物ではなかった。
伸び切った下草に、舌打ちをしては、別の道はないのかと聞いてくるし、ションベンがしたいだの、休憩したいだの、とにかく注文と文句が多かった。
案内しろと言われてるので、人が入れる場所を歩いているのだけど、視察になってるんだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、僕たちはとある場所にやってきた。
足繁く通ったせいか、すっかり踏みならされていて、骨でもいいから残ってないかと、這いつくばったせいか、下草も周囲より低くなっている場所だ。
忘れもしない。
父が命を落とした場所。
僕にとっては、意味のある場所ではあるけれど、林の中の一部でしかない。
視察中の彼には、なんの興味も湧かないだろうなと思い、さっさと通り過ぎようとしたら、なぜか彼は足を止めた。
「ああ、ここだな、間違いない」
言葉の意味がわからず、僕は思わず振り返った。
すると彼は、饒舌に語りだしたのだ。
彼の中の、武勇伝を。
「あの木……いや、これだったか?アサルトベアが木登りをしていてな、俺が撃ち落としてやったんだ。この弓じゃないぞ?もっと小ぶりの、おもちゃみたいな弓で、背中をぐさりだ。たしか……5年前だったな」
心臓がバクバクと脈打った。
あの日握りしめた指のように、スゥッと指先が冷たくなっていく。
「覚えているだろう?お前の慌てようといったら、今になれば面白いものだ」
「……あのあとお父上に言いつけて、あなたが怒られてましたけどね」
「ハハハ。いい思い出だなあ」
……いい思い出か。
そうか、コイツらにはいい思い出なのか。
アサルトベアを駆除してやったと、武勇伝にしているのか。
あの時こんな事があってなと、面白おかしく場を盛り上げるだけの、小話でしかないのか。
「ん?なんだ、その目つきは」
ソイツは、僕の目つきに文句があるようだった。
あまりにも傲慢な態度に、僕のかじかんだ指がブルブルと震えた。
全身が震え、これまでに感じたことのない早鐘を打っている。
怒り、なんてものじゃない。
骨の髄から、憎しみが染み出して……今にも飛びかかろうかとした瞬間だった。
ガサガサ――。
背後から、草を踏みしめる音がした。
そして、眼前の仇敵から生気が消えていった。
隣の護衛の顔からも、色が失われていく。
僕よりも後ろに目を向けて、表情というものを忘れたような面持ちだった。
ドドドッ――。
地面からの振動が、全身を揺らす。
けたたましい雑音が、明確な足音になり、ようやく僕は振り返った。
唾液を飛ばしながら、血走った目で駆けてくるそれに、僕は目を奪われた。
分厚く広く獰猛な体躯、身体からあふれる死の匂い、鼻息荒く、僕たちに飛び掛かろうとする脅威。
「ア、アサルトベア……」
彼の声は震えていた。
アサルトベアを倒した男の、か細い悲鳴に内心ほくそ笑んだ。
ガァァァァァッ!
唸りを上げて、僕たち目掛けて走ってくる。
「お、おい!案内人!なんとかしろ!」
僕はくるりと反転し、彼の顔をまじまじと見つめた。
きっとこれが最後になるから。
彼の視線は右往左往して、役に立ちそうもない僕よりも、その奥のアサルトベアに向けられた。
そして、隣では護衛らしく剣を抜くけれど、あまりにもくすんで見える。
そんなんじゃ、あれは倒せない。
僕はポッケの奥に指を這わせ、おばさんからもらった聖水を取り出した。
そして、彼らに見せつけるように、コルクを抜いて頭からかぶった。
「な!?そ、それは聖水だろう、俺たちの分は」
あるわけないだろう。
ドドドッ――。
迫りくる振動は凄まじく、僕の脳みそまで揺らすほどだった。
そして、ダンッと大きく揺れたと思えば、空が陰る。
あんぐりと口を開けて尻餅をつく少年と、震えながら剣を握りしめる、護衛のおじさん。
ふたりとも空を見て、ただ呆然としていた。
かつての僕のように。
「た、だすげでぐれっ!」
「ぅわぁぁぁぁあっ!」
僕は、踵を返して林を歩いた。
大丈夫、僕はこの林をよく知ってるんだ。
ここからでも、おじさんたちの家に帰れる。
断末魔と水を啜る音がするけれど、ここは僕と父の思い出なんだ。
必ず、殺しに行くよ。
僕は必ず、お前を殺す。
仇敵まで食い散らかすお前を、必ず殺してやる。
そして僕は、お墓を建てるんだ。
全部まとめて、この林に埋めてあげるから。
「父さん、待っててね」
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