43 / 52
43.おやすみ
しおりを挟む
「明日は何時に出発なの?」
「……朝の10時。来れないよね?」
「うーむ。そこはなんとかしてみせる!」
「うん……待ってるね!ちゃんと来てよ?」
「任せとけい!」
「フフフ。なにそれー」
ネネの家の前に到着し、名残惜しくも別れの時間がやって来た。
笑い合っていたふたりの間にも、徐々に静けさ広がる。
「……じゃあ、明日。必ず来てね?」
「……うん、絶対に行くよ」
明日が最後。
互いに互いが手を離すのを待ったが、刻々と時が過ぎていくばかり。
「ネネ、ほら。チュー、チュー」
アスドーラはふざけてみた。
そうすれば、笑って離してくれるだろうと思ったからだ。
「――ッ」
しかしその目論見は外れる。
ネネは今、とても素直であった。
アスドーラに感化されて、素直で正直にいたから想いを伝えられた。
どうしても離れたくない。
その強い想いもまた、素直に正直に態度に表れていた。
お互いに離れ得ぬまま、家の前で佇む。
はたから見ればバカげた後ろ姿である。
割り切って前へ進むという大人の余裕さえあれば、きっと上手く別れられただろう。
まだ未熟なネネと、未熟なアスドーラには無理な話であった。
「お家の人心配するよ?」
「後で怒られるからいいもん」
「うーん。このままじゃネネが干からびるよ」
「アスドーラが何とかしてくれるでしょ?」
「うーん」
どうしたらいいものか。
悩んでいると、扉が開いた。
ニコリと微笑みながら、ネネのおじとおばが手招きしている。
「……嫌だ」
ネネは目に涙を溜めていた。
だだをこねる彼女を見るのも、アスドーラにとってはまた、初めてだった。
「ネネ?アスドーラ君が困ってるわよ?」
「困ってないよ!」
「ちゃんとお顔を見てごらん?本当に困ってない?」
うるうるする瞳がアスドーラに向けられて、どうしたらいいのか分からず、ゆっくり視線を逸らしてしまう。
ネネのおばは策士であった。
「嫌だ!アスドーラも嫌でしょ!」
「ネネ……明日必ず行くから」
「嫌だ!一緒に居たいもん!ノピーばっかりズルい!なんで毎日来てくれなかったの!嫌だ嫌だぁぁぁ!」
とうとう泣き出してしまったネネは、アスドーラに抱きつき離れようとしない。
困ってネネのおばに視線を向けると、苦笑しながら家から出てきた。
そしてネネの耳元に近づき、小さな声でささやく。
「子どもっぽいわよネネ。色気のある女の人にアスドーラ君が取られちゃうかもよ?」
「アスドーラはネネが好きだもん!」
「他にも好きな人ができるかも。わがままな子どもより、余裕のある大人のお姉さんの方が好きになるかもなあー」
「……そんなこと、ないもん。ないよね?」
アスドーラ、究極の選択であった。
おばさんの視線には妙な圧力があった。言わんとしていることはつまり、協力しろ。
ネネの方はといえば、言わずもがな。信頼に満ちた、真っ直ぐな視線だった。
「ぇぇぇ」
答えられない。
小さく呻いていると、見かねておじさんが参戦した。
「もう終わりだ。お父さんに言っちゃうぞ?男の子とチューしてたって」
「……し、してないもん!」
「アスドーラ君の口、妙に赤い気がするけどなー」
「……うっ、これはその」
「早くおいで。明日も会えるんだろう?それに今生の別れってわけじゃないんだ。笑ってさよならをしたらいい。分かったね?」
「……うん」
獣人はやはり怪力だった。
スッと腕が解かれたあと、アスドーラの体はふわふわするような感覚があった。
ひとりその余韻に浸ってるそばで、ネネは名残惜しそうにお家へと入っていった。
「バイバイ!明日は必ず来てよ!絶対だからね!」
「うんッ!もち……ん?あ、これ」
暗がりでよく見えなかったが、床には1枚の紙が落ちていた。
拾い上げてみると、何やら文字が書かれていて、魔法陣が刻印されている。
「あっ、登録証!ありがとうアスドーラ!これがないと出国できないんだー」
「危ないとこだったねえ。それじゃ、明日必ず行くから!バイバイ!」
「バイバイ!」
パタリと扉が閉じた後、急にやって来る寂しさには、やはり辛いものがあった。
いよいよ明日、お別れだ。
ため息をつき、名残惜しそうに扉を見た後、アスドーラは寮へと転移した。
※※※
ラハール国王は、嘆いていた。
竜の御使いなどという紛い物に威圧され、屈服したことを。
そして、王族が殺害されたというのに、断罪できずにいる自国の無力さを。
「アバズレめッ!」
沈鬱な広間に怒号が広がる。
ハラハラと散るのは、ノース王国女王エリーゼの名が記された書簡であった。
ノース王国の圧力は、無視できないほどに重大な懸案であった。
本来のノース王国は、世界の盟約により強制的に中立国の立場を取らされてきた。
いや、その立場に甘えることができた。
アースドラゴンの住処を守り、そしてアースドラゴンの怒りを世界に知らしめる先触れの役目は、いわば前後を敵に囲まれた盾持ちのようなもの。
人からアースドラゴンの住処を守り、何かあればアースドラゴンに殺される。
それがノース王国の使命であり、その対価として絶対不可侵かつ、貿易等の優遇措置が取られてきた。
そのノース王国が、世界の盟約を破棄すると脅しをかけてきたことは、歴史上前代未聞であった。
ラハール王国は三国に囲まれているとは言え、ノース王国だけは盟約という裏付けのもと信頼できていたというのに。
これは均衡を大きく崩す事態であった。
軍事力も国土も国民も、ラハール王国の何倍も大きな国全てを仮想敵にしなければならなくなった。
しかも、正体不明の竜の御使いというおまけ付きで。
「……計画はどうなっておるのだ!?」
「はっ。亜人の入国は見積もり以上となり、刻印術も使用可能でございます」
「であるか。明日にでも実施はできるのか?」
「あ、明日でございますか!?それは……はい一応」
「はっきり答えよッ!できるのかできないのか!」
「か、可能です!」
「では明日の朝だ。9時に開始しろ」
「住民への周知は……」
「構わん。くたばるのは亜人だけなのだ。余計な手間をかけて時を浪費したくない」
「はっ」
現ラハール国王は、控えめに言っても名君である。
難しい政局を乗り切り、綱渡りの外交をこなしてきた手腕について、国内外から評価が高い。
全ては国のために。
全ては人間のために。
あくまでも彼は人間であり、あくまでもラハール王国の国王であった。
三国に囲まれ、国王が欲するのは力。
三国の干渉を許さない、圧倒的な力。
そのためならば、自身の評判など取るに足らない。
そのためならば、ラハール王国の評判が落ちぶれようと構わない。
これまで培ってきた信頼を元に、亜人を一気に招き入れたのも全てこのためだ。
亜人を生贄に、必ずラハール王国を守り抜く。
「待て」
立ち上がりかけた内務官は、静かに片膝をついた。
「アスドーラとかいうあのガキを殺せ」
「……よろしいのですか?」
「この計画の支障になる」
「必ずや!」
※※※
「おいーす」
「お帰りアスドーラ君。明日のお見送りは、何時か聞いてきた?」
「ふむ、当然だぜ。10時だぜ」
「ええっ!?授業はどうするの?」
「休むよー。ノピーも一緒に行こう」
「……いやー、それはどうしようかなあ。僕が行ったらお邪魔じゃないかなあ」
「なんで!?お邪魔じゃないよ。行こーぜー」
もはや当たり前のように転移したアスドーラであったが、ベッドからものすごい殺気を感じてハッとする。
「……う、うるせえ」
魔力酔いがまったく抜けないジャックである。
血色はいいものの、まだ辛そうだ。
今にも溶けてしまいそうなほど、全身に力が入っていない。
「大丈夫?」
「なわけねえだろ。めっちゃ気持ち悪い」
「クックック。ざまあないぜ」
「……覚えとけよバカが。元気になったらぶっ飛ばす」
言い合いをできるほどには回復しているようだ。
ふと、アスドーラは足りない存在に気づきキョロキョロと辺りを見回す。
救護室では甲斐甲斐しく世話を焼いていたのに、どこへ行ったのやら。
ジャックに尋ねようとしたら、ちょうどタイミングよく扉が開いた。
「ああ!ドーラちゃん帰ったんだねえ」
「うん帰ったよ。ただいま!」
「お帰りだねえ」
「なんか、喋り方が似てるねえ」
「だねえ」
ケラケラと笑いながら、アスドーラに抱きつくパノラ。
ちょっとびっくりしながらも、まんざらでもない様子で、アスドーラは頭を撫でた。
「……パノラ、バカのマネしたらバカになるぞ」
ベッドから苦しそうに注意するジャックであったが、パノラは聞く耳を持たない。
それもそのはずで、パノラにとってアスドーラは英雄なのだから。
ホテルでの救出劇に始まり、治療までしてくれた。
広場では生徒たちを守りながら、ものすごい活躍で、敵をやっつけた。
しかも、兄と仲が良い。
これだけ条件が揃えば、パノラがアスドーラを慕うのも頷ける。
「お兄ちゃん!ありがとうして!ドーラちゃんありがとう!はいッ!」
「……アリガト」
「ダメだよ!ちゃんと目を見てありがとう!はいッ!」
「……あ、りがとう、な、アスドーラ。助かった」
見た目はいかついし、人を寄せ付けない雰囲気は健在だ。
でもなんだかんだで、律儀なところがジャックの良いところ。
そしてパノラにはめっぽう弱い。
ジャックは照れながらも感謝を伝えた。
そうすると、調子に乗るのがお決まりである。
「ふむふむ。ジャックよ、良い心がけだぞ。次からはもっと大きな声でありがとうを言うようにッ!」
「ゆーようにッ!」
「……く、くそが」
色々とあった1日で、疲労はみな等しく閾値を超えていた。
アスドーラだけは、精神的な疲労であるが。
パノラのあくびが、ノピーに移り、ジャックに移り、そして自分もやらなきゃと思ったアスドーラの下手くそなあくびもどきで、連鎖は完了。
クスクスと笑いながら、ベッドに潜り込む。
アスドーラは、天板を眺めて今日を振り返った。
コッホやルーラルの裏切り、奴隷となった獣人たちの運命、そしてドラゴンという正体を明かした。
目まぐるしく感情が揺れ動く日だった。
人の世の不条理に打ちのめされ、人の優しさに救われ、人が好きなのだと気づいた。
できることなら、不条理を断ち切りたいとも思えた。
その手助けしてくれる心強い仲間もできて、他のドラゴンたちも世事に没頭していることを知れた。
ノピーは頼れるいい奴で、ネネは素敵な女の子だと遅ればせながらも気付かされた。
2人の新しい一面も見れて、嬉しかった。
ジャックは……ゲロに埋もれて死にそうになっていた。
なんか今日は使えなかったなあ。
張り合いがある面白い奴だ。
「ジャァァァァアック!」
「ふェッ!?」
「ギャッ!」
「……はあはあ、死ぬかと思った。いきなり叫ぶなバカ」
全員の顰蹙を買ったのは言うまでもない。
だが当の本人は、ニヤけていた。
ジャックが期待通りの反応をしてくれたことに、心のなかでは拍手喝采であった。
「ジャック!」
「……頼むから寝かせてくれ。マジで頼むわバカ」
「もうツレだよねえ?」
「ああ、そうじゃね?」
「おやすみ」
「ちっ。それだけで……はあ」
ツッコむ気力も失せていたのか、ジャックはため息で挨拶を返した。
アスドーラは、満足げであった。
友だちが3人。
パノラを含めて4人。
ルーラルとは、仲良くなれればいいなーと思うから5人。
これからどんな楽しいことが待っているのだろう。
友だちと何をして遊ぼう。
まずは明日、ネネとお別れだ。
寂しいけれど……。
「あ!」
「アスドーラ君。ちょっとしつこいよ」
「ごめんよ。でもさあ、僕ってドラゴンじゃない?姿が何にでも変えられるんだけどさ、ネネの国に転移して獣人に姿を変えたら、捕まらずに遊べるよねえ?」
「……事前に打ち合わせはした方がいいと思うよ。じゃないと誰だか分からないと思うし」
「そうだねえ。うん、それがいいねえ」
アスドーラにしては、機転の効いた名案であった。
ネネ、ノピーにはドラゴンであることを明かしている。もう力を隠す必要がないのだ。
だから思う存分に力を使って、ネネに会いに行こう!明日、どんな獣人に姿を変えるか打ち合わせもしよう!
そう意気込んでいたら、急に真顔になる。
気づいてしまったのだ。
「……ドラゴン?」
ジャックに言ってなかったことを。
「お前ドラゴンなの?」
「あー、うん。アースドラゴンです」
「だからか」
ジャックには、思い当たる節がいくつもあった。
バカみたいに転移することや、精神・強制系魔法の効きが良すぎること、異常な怪力とタフさ、魔法技術の飲み込みの早さ。
これら全部、ドラゴンだからで説明がつく。
それが逆に怪しくも映った。
まさかあのドラゴンが、こんなにボロを出すものか?
こんなに腑抜けたツラで、バカ丸出しなのか?
ドラゴンを神と崇める宗教もあるぐらい、ドラゴンは畏怖されている存在だ。
ジャックのこの内心を口に出そうものなら、最悪リンチされて殺されるレベルの悪口である。
「んまあ、ドラゴンも大したことねえな。バカだし」
軽く言っちゃったけど、普通に処刑ものである。
「……バカバカうるさいッ!」
「おやすみ」
「ドーラちゃんドラゴンなのー?お空飛びたーい」
「みんなお願いだよ。眠りたいよぉ」
結局全員でわちゃわちゃ騒いで、就寝したのは夜の0時。
見回りをしていたザクソンが、今日の功績を称えて見逃したことは、知る由もない。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
「……朝の10時。来れないよね?」
「うーむ。そこはなんとかしてみせる!」
「うん……待ってるね!ちゃんと来てよ?」
「任せとけい!」
「フフフ。なにそれー」
ネネの家の前に到着し、名残惜しくも別れの時間がやって来た。
笑い合っていたふたりの間にも、徐々に静けさ広がる。
「……じゃあ、明日。必ず来てね?」
「……うん、絶対に行くよ」
明日が最後。
互いに互いが手を離すのを待ったが、刻々と時が過ぎていくばかり。
「ネネ、ほら。チュー、チュー」
アスドーラはふざけてみた。
そうすれば、笑って離してくれるだろうと思ったからだ。
「――ッ」
しかしその目論見は外れる。
ネネは今、とても素直であった。
アスドーラに感化されて、素直で正直にいたから想いを伝えられた。
どうしても離れたくない。
その強い想いもまた、素直に正直に態度に表れていた。
お互いに離れ得ぬまま、家の前で佇む。
はたから見ればバカげた後ろ姿である。
割り切って前へ進むという大人の余裕さえあれば、きっと上手く別れられただろう。
まだ未熟なネネと、未熟なアスドーラには無理な話であった。
「お家の人心配するよ?」
「後で怒られるからいいもん」
「うーん。このままじゃネネが干からびるよ」
「アスドーラが何とかしてくれるでしょ?」
「うーん」
どうしたらいいものか。
悩んでいると、扉が開いた。
ニコリと微笑みながら、ネネのおじとおばが手招きしている。
「……嫌だ」
ネネは目に涙を溜めていた。
だだをこねる彼女を見るのも、アスドーラにとってはまた、初めてだった。
「ネネ?アスドーラ君が困ってるわよ?」
「困ってないよ!」
「ちゃんとお顔を見てごらん?本当に困ってない?」
うるうるする瞳がアスドーラに向けられて、どうしたらいいのか分からず、ゆっくり視線を逸らしてしまう。
ネネのおばは策士であった。
「嫌だ!アスドーラも嫌でしょ!」
「ネネ……明日必ず行くから」
「嫌だ!一緒に居たいもん!ノピーばっかりズルい!なんで毎日来てくれなかったの!嫌だ嫌だぁぁぁ!」
とうとう泣き出してしまったネネは、アスドーラに抱きつき離れようとしない。
困ってネネのおばに視線を向けると、苦笑しながら家から出てきた。
そしてネネの耳元に近づき、小さな声でささやく。
「子どもっぽいわよネネ。色気のある女の人にアスドーラ君が取られちゃうかもよ?」
「アスドーラはネネが好きだもん!」
「他にも好きな人ができるかも。わがままな子どもより、余裕のある大人のお姉さんの方が好きになるかもなあー」
「……そんなこと、ないもん。ないよね?」
アスドーラ、究極の選択であった。
おばさんの視線には妙な圧力があった。言わんとしていることはつまり、協力しろ。
ネネの方はといえば、言わずもがな。信頼に満ちた、真っ直ぐな視線だった。
「ぇぇぇ」
答えられない。
小さく呻いていると、見かねておじさんが参戦した。
「もう終わりだ。お父さんに言っちゃうぞ?男の子とチューしてたって」
「……し、してないもん!」
「アスドーラ君の口、妙に赤い気がするけどなー」
「……うっ、これはその」
「早くおいで。明日も会えるんだろう?それに今生の別れってわけじゃないんだ。笑ってさよならをしたらいい。分かったね?」
「……うん」
獣人はやはり怪力だった。
スッと腕が解かれたあと、アスドーラの体はふわふわするような感覚があった。
ひとりその余韻に浸ってるそばで、ネネは名残惜しそうにお家へと入っていった。
「バイバイ!明日は必ず来てよ!絶対だからね!」
「うんッ!もち……ん?あ、これ」
暗がりでよく見えなかったが、床には1枚の紙が落ちていた。
拾い上げてみると、何やら文字が書かれていて、魔法陣が刻印されている。
「あっ、登録証!ありがとうアスドーラ!これがないと出国できないんだー」
「危ないとこだったねえ。それじゃ、明日必ず行くから!バイバイ!」
「バイバイ!」
パタリと扉が閉じた後、急にやって来る寂しさには、やはり辛いものがあった。
いよいよ明日、お別れだ。
ため息をつき、名残惜しそうに扉を見た後、アスドーラは寮へと転移した。
※※※
ラハール国王は、嘆いていた。
竜の御使いなどという紛い物に威圧され、屈服したことを。
そして、王族が殺害されたというのに、断罪できずにいる自国の無力さを。
「アバズレめッ!」
沈鬱な広間に怒号が広がる。
ハラハラと散るのは、ノース王国女王エリーゼの名が記された書簡であった。
ノース王国の圧力は、無視できないほどに重大な懸案であった。
本来のノース王国は、世界の盟約により強制的に中立国の立場を取らされてきた。
いや、その立場に甘えることができた。
アースドラゴンの住処を守り、そしてアースドラゴンの怒りを世界に知らしめる先触れの役目は、いわば前後を敵に囲まれた盾持ちのようなもの。
人からアースドラゴンの住処を守り、何かあればアースドラゴンに殺される。
それがノース王国の使命であり、その対価として絶対不可侵かつ、貿易等の優遇措置が取られてきた。
そのノース王国が、世界の盟約を破棄すると脅しをかけてきたことは、歴史上前代未聞であった。
ラハール王国は三国に囲まれているとは言え、ノース王国だけは盟約という裏付けのもと信頼できていたというのに。
これは均衡を大きく崩す事態であった。
軍事力も国土も国民も、ラハール王国の何倍も大きな国全てを仮想敵にしなければならなくなった。
しかも、正体不明の竜の御使いというおまけ付きで。
「……計画はどうなっておるのだ!?」
「はっ。亜人の入国は見積もり以上となり、刻印術も使用可能でございます」
「であるか。明日にでも実施はできるのか?」
「あ、明日でございますか!?それは……はい一応」
「はっきり答えよッ!できるのかできないのか!」
「か、可能です!」
「では明日の朝だ。9時に開始しろ」
「住民への周知は……」
「構わん。くたばるのは亜人だけなのだ。余計な手間をかけて時を浪費したくない」
「はっ」
現ラハール国王は、控えめに言っても名君である。
難しい政局を乗り切り、綱渡りの外交をこなしてきた手腕について、国内外から評価が高い。
全ては国のために。
全ては人間のために。
あくまでも彼は人間であり、あくまでもラハール王国の国王であった。
三国に囲まれ、国王が欲するのは力。
三国の干渉を許さない、圧倒的な力。
そのためならば、自身の評判など取るに足らない。
そのためならば、ラハール王国の評判が落ちぶれようと構わない。
これまで培ってきた信頼を元に、亜人を一気に招き入れたのも全てこのためだ。
亜人を生贄に、必ずラハール王国を守り抜く。
「待て」
立ち上がりかけた内務官は、静かに片膝をついた。
「アスドーラとかいうあのガキを殺せ」
「……よろしいのですか?」
「この計画の支障になる」
「必ずや!」
※※※
「おいーす」
「お帰りアスドーラ君。明日のお見送りは、何時か聞いてきた?」
「ふむ、当然だぜ。10時だぜ」
「ええっ!?授業はどうするの?」
「休むよー。ノピーも一緒に行こう」
「……いやー、それはどうしようかなあ。僕が行ったらお邪魔じゃないかなあ」
「なんで!?お邪魔じゃないよ。行こーぜー」
もはや当たり前のように転移したアスドーラであったが、ベッドからものすごい殺気を感じてハッとする。
「……う、うるせえ」
魔力酔いがまったく抜けないジャックである。
血色はいいものの、まだ辛そうだ。
今にも溶けてしまいそうなほど、全身に力が入っていない。
「大丈夫?」
「なわけねえだろ。めっちゃ気持ち悪い」
「クックック。ざまあないぜ」
「……覚えとけよバカが。元気になったらぶっ飛ばす」
言い合いをできるほどには回復しているようだ。
ふと、アスドーラは足りない存在に気づきキョロキョロと辺りを見回す。
救護室では甲斐甲斐しく世話を焼いていたのに、どこへ行ったのやら。
ジャックに尋ねようとしたら、ちょうどタイミングよく扉が開いた。
「ああ!ドーラちゃん帰ったんだねえ」
「うん帰ったよ。ただいま!」
「お帰りだねえ」
「なんか、喋り方が似てるねえ」
「だねえ」
ケラケラと笑いながら、アスドーラに抱きつくパノラ。
ちょっとびっくりしながらも、まんざらでもない様子で、アスドーラは頭を撫でた。
「……パノラ、バカのマネしたらバカになるぞ」
ベッドから苦しそうに注意するジャックであったが、パノラは聞く耳を持たない。
それもそのはずで、パノラにとってアスドーラは英雄なのだから。
ホテルでの救出劇に始まり、治療までしてくれた。
広場では生徒たちを守りながら、ものすごい活躍で、敵をやっつけた。
しかも、兄と仲が良い。
これだけ条件が揃えば、パノラがアスドーラを慕うのも頷ける。
「お兄ちゃん!ありがとうして!ドーラちゃんありがとう!はいッ!」
「……アリガト」
「ダメだよ!ちゃんと目を見てありがとう!はいッ!」
「……あ、りがとう、な、アスドーラ。助かった」
見た目はいかついし、人を寄せ付けない雰囲気は健在だ。
でもなんだかんだで、律儀なところがジャックの良いところ。
そしてパノラにはめっぽう弱い。
ジャックは照れながらも感謝を伝えた。
そうすると、調子に乗るのがお決まりである。
「ふむふむ。ジャックよ、良い心がけだぞ。次からはもっと大きな声でありがとうを言うようにッ!」
「ゆーようにッ!」
「……く、くそが」
色々とあった1日で、疲労はみな等しく閾値を超えていた。
アスドーラだけは、精神的な疲労であるが。
パノラのあくびが、ノピーに移り、ジャックに移り、そして自分もやらなきゃと思ったアスドーラの下手くそなあくびもどきで、連鎖は完了。
クスクスと笑いながら、ベッドに潜り込む。
アスドーラは、天板を眺めて今日を振り返った。
コッホやルーラルの裏切り、奴隷となった獣人たちの運命、そしてドラゴンという正体を明かした。
目まぐるしく感情が揺れ動く日だった。
人の世の不条理に打ちのめされ、人の優しさに救われ、人が好きなのだと気づいた。
できることなら、不条理を断ち切りたいとも思えた。
その手助けしてくれる心強い仲間もできて、他のドラゴンたちも世事に没頭していることを知れた。
ノピーは頼れるいい奴で、ネネは素敵な女の子だと遅ればせながらも気付かされた。
2人の新しい一面も見れて、嬉しかった。
ジャックは……ゲロに埋もれて死にそうになっていた。
なんか今日は使えなかったなあ。
張り合いがある面白い奴だ。
「ジャァァァァアック!」
「ふェッ!?」
「ギャッ!」
「……はあはあ、死ぬかと思った。いきなり叫ぶなバカ」
全員の顰蹙を買ったのは言うまでもない。
だが当の本人は、ニヤけていた。
ジャックが期待通りの反応をしてくれたことに、心のなかでは拍手喝采であった。
「ジャック!」
「……頼むから寝かせてくれ。マジで頼むわバカ」
「もうツレだよねえ?」
「ああ、そうじゃね?」
「おやすみ」
「ちっ。それだけで……はあ」
ツッコむ気力も失せていたのか、ジャックはため息で挨拶を返した。
アスドーラは、満足げであった。
友だちが3人。
パノラを含めて4人。
ルーラルとは、仲良くなれればいいなーと思うから5人。
これからどんな楽しいことが待っているのだろう。
友だちと何をして遊ぼう。
まずは明日、ネネとお別れだ。
寂しいけれど……。
「あ!」
「アスドーラ君。ちょっとしつこいよ」
「ごめんよ。でもさあ、僕ってドラゴンじゃない?姿が何にでも変えられるんだけどさ、ネネの国に転移して獣人に姿を変えたら、捕まらずに遊べるよねえ?」
「……事前に打ち合わせはした方がいいと思うよ。じゃないと誰だか分からないと思うし」
「そうだねえ。うん、それがいいねえ」
アスドーラにしては、機転の効いた名案であった。
ネネ、ノピーにはドラゴンであることを明かしている。もう力を隠す必要がないのだ。
だから思う存分に力を使って、ネネに会いに行こう!明日、どんな獣人に姿を変えるか打ち合わせもしよう!
そう意気込んでいたら、急に真顔になる。
気づいてしまったのだ。
「……ドラゴン?」
ジャックに言ってなかったことを。
「お前ドラゴンなの?」
「あー、うん。アースドラゴンです」
「だからか」
ジャックには、思い当たる節がいくつもあった。
バカみたいに転移することや、精神・強制系魔法の効きが良すぎること、異常な怪力とタフさ、魔法技術の飲み込みの早さ。
これら全部、ドラゴンだからで説明がつく。
それが逆に怪しくも映った。
まさかあのドラゴンが、こんなにボロを出すものか?
こんなに腑抜けたツラで、バカ丸出しなのか?
ドラゴンを神と崇める宗教もあるぐらい、ドラゴンは畏怖されている存在だ。
ジャックのこの内心を口に出そうものなら、最悪リンチされて殺されるレベルの悪口である。
「んまあ、ドラゴンも大したことねえな。バカだし」
軽く言っちゃったけど、普通に処刑ものである。
「……バカバカうるさいッ!」
「おやすみ」
「ドーラちゃんドラゴンなのー?お空飛びたーい」
「みんなお願いだよ。眠りたいよぉ」
結局全員でわちゃわちゃ騒いで、就寝したのは夜の0時。
見回りをしていたザクソンが、今日の功績を称えて見逃したことは、知る由もない。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる