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8.主人公殺し
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それから魔法の特訓と新技開発、それから名称の検討を行った。カタさんは文句も言わず練習台になってくれて、上手くいく度に褒めてくれた。
人だったら惚れていたかもしれない。いや、やや落ちかけている。でも今はそれどころではない。夜も深まった今、やるべきことがあるのだ。
私とカタさんは集まってくれた族長たちの元へ向かった。
「では行きましょう。魔法の練習で魔力が殆ど無くなったところです。皆さんはどうですか?」
「王の言いつけ通り、魔力をギリギリまで減らした。本当にこれで……」
「大丈夫です、ブラックドッグ族長さん。私から食べますから」
「信用していないのではない。少し抵抗感があるだけだ」
「私もです。行きましょう!カタさんは残ってください、これは私達が実験台になるべきですから」
「頑張って」
「――あ、ありがとうございます」
しっかりしろ私、今から最低なことをするんだから。マジで優しいなカタさんは……
私達が向かったのは人里だった。森の側に置かれているあの井戸だ。井戸の隣にある長屋からは、相変わらずすごい魔力が溢れているけれど、負けじと井戸からも溢れている。
こんな記憶思い起こしたくもない。
とにかく私達はアレを食べるに至ったのだ。
すぐにでも魔力がほしい、そして私達の体に毒にならないもの。そして人間たちも要らないもの。この村には畑がないから、商人に回収させているのだろう。もし売っているのなら申し訳ないが、それは許してほしい。そう思いながらアレを食べたのだ。
もちろん事前に聞いていた。食べても問題はないかと。皆が皆目をパチクリさせていたけれど、問題はないと思うと言っていた。目的はあくまで魔力の補給であって、腹を満たすことではない。
この井戸はものすごい魔力が溢れているから、少量でもそれなりの魔力が手に入る。
ということで、族長たちと私はミッションをクリアした。鼻が良いブラックドッグさんや私は意外と平気なのだ。元々人間の中にあるもので、それが外に出ただけ。人間の一部が剥がれたようなもので、臭いとかそんな感覚はなかった。
私達からすれば人間イコール○○ちなのだ。逆も然り。
ワイバーンさんもオークさんも問題なさそうだった。
もちろん、問題だらけではあるけれど、これは致し方ないのだ。
私達は森へ帰り、各種族の者達を井戸へ向かわせた。全員が直接食べに行くと大行列の定食屋みたいになって、大賑わいするので、厳選したメンバーを向かわせて予め作った木桶で運ばせた。
何はともあれ、皆の魔力が超回復したので良かった。ということにしたい。
私も元気いっぱいで、残飯を食べたときよりも、酒を体内に入れて倒れた後よりも、魔力に満ちていた。
そして新たな発見があった。どうやら魔力測定は自分に使えないらしい。自分の手を眺めてみても、魔力が全く見えなかった。
でも体内の感覚でいうと満タンに近いぐらいにはなった。
私は魔力の違いまではわからない。この魔力は誰さんでというやつだ。でも、この魔力はきっとあの男だと思う。
初めて見たときは輩みたいな人で、あまり関わりたくないタイプの人だと思っていたけれど、今は単純に尊敬する。だって、私と同じくここへ飛ばされて生き延びているのだから。人間とネズミ、この差は確かに大きいし羨ましくもある。でも、人間を纏めるよりも、私は3種族と居るほうが楽だし纏めやすい。彼らは自己よりも種族を重んじるし、暴力的な手段に訴え出る前に必ず話し合おうとする。それに元々生き伸びるのに必死だから、それ以外の事は全て些事。私がネズミだとか、日本語を話したときだってどうでも良さそうだった。盗みや嘘もない、平和で原始的な生活。単純だからこそ大変だけれど、人と関わるよりも数倍は楽だ。
人間を束ねるあの日本人、一体どんな人なんだろうか。明日が少し楽しみだ。カタさんみたいな人だといいな……
※※※
「回想終わったか?」
「回想ってなんでしょう?」
「あー、設定は守る派ね。で、尊敬してるんだろ?どこをどんなふうに?具体的かつ3行でまとめろ」
「えっ、流石にそれは出来かねます」
「じゃあ早く、おしりが痛えんだ」
「人間たちを取り纏める長である、それだけで称賛に値します。それなのに、我らへのご温情まで与えてくれるその剛腕、尊敬しておりました」
「なんだ、今はちげえのかよ」
「某をペットになど、どうして望まれまする?」
「さあ可愛いから」
「なっ!可愛いですと!?某、漢の中の漢にございまするぞ。ジロー殿であってもそのような暴言、腹に据えかねまする」
「おう、勝手にかねて、するめにしてろ。で?お前らが戦争始めたんだ。俺の力を借りたいんなら俺の言うことを聞く、筋じゃねえの?安心しろ、衣食住保証するし、虐待はしない。たまにいびって反応を見たり撫で回すぐらいだ」
「そ、某、この者らの王にございます。何卒ご容赦願いたく。金で解決とは参りませぬか?」
コイツ頑固だな。人間時代のプライドか、それともマジで豚たちを助けたいのか。どっちにしても主人公にありがちだ。萎えるわ。そういうところ直さねえと……
まあいいさ。条件を変えるか。
「わーった。月に一回遊びに来い。飯も食わせるし好きなもんも買ってやる。ただし、最低でも一日は俺が飽きるまで側にいること」
「――承知した。それでは助太刀頂けまするか?」
「やったろうじゃないのさ。チョチョイのちょいよ!」
てなわけで、戦地へレッツラゴーですわ。俺は瞬間移動して森の奥までやって来た。ネズ公は見世物台に担がれて歩いてくるらしい。あれの何処がいいんだろうか。あの話し方といい、乗り物といい、江戸時代とかの侍だと思う。下級武士が殿様に憧れて作ってみました、的な?まあ、人の趣味にはツッコまずにおくさ。
それよりも目の前から来た斬撃よ、ポークスライサーかな?俺は人間だっつーの!
『反駁』
超高層ビルが倒れてきたみたいな斬撃、誰が放ったかは分かる。こんな大技、大概主人公だろ。ちょろいわ、おっさんの切れの悪い小便ぐらいちょろちょろだわ。
――黄金の右手一本で止まりますよ。
主人公嫌いな神が与え給うたチート能力、主人公が放つ如何なる攻撃をも相殺する最強能力。
これで終わりだ!とか言ったか?言っててほしいわ、で今は、一体何が!?とか言ってるんだろ?言え言え、ずっと喋ってろ!
『燃えてくたばれ』
視力2.0の俺でもギリギリ顔が見えるぐらいの距離にいる主人公。金髪碧眼の主人公。メイクでもしてんのかと見紛うぐらいの肌の白さとキメの細かな主人公。ここに来て何年だ?俺より長えだろうな、楽しかっただろ?今が最高潮だろう?引き際だ、引導をくれてやるよ!
オカルトで人気のテーマ人体発火現象をリアルに起こす。主人公に火がつき燃え盛る。意外と耐えるな、だが苦しかろう。叫びも上げずによく頑張る、良かったなすぐに痛みがなくなるさ。重症の火傷は神経がないところまで溶けちまうから、痛みが無くなるらしい。
ちっ、簡単に殺せる魔法を用意しとけよ神!
仲間が水で消化したか。まあいいや、オークたちが突進してるし。おお、犬が頑張ってる。怠け者かと思えば、ひっそり囲い込んでたってわけか。四方八方から襲い掛かり、上空からは?いいね。どっかから盗んできた油をぶち撒けてる。人間の街に進行したついでに拾ってきたんだな。やるじゃんネズ公。
だったら着火してやろうかね……
『火』
ん?あの声はネズ公じゃね?どこにいるんだ?小さくて見えん。
「今すぐに武器を下ろして投降しなさい!停戦の話し合いを求めます!」
なーにを言ってんだ、ハゲ茄子が。ここで逃したら大軍勢引き連れて襲いに来るに決まってんだろ。ここは一発殺してだな、人間を恐れさせて時間を稼ぐんだよ。そうしたらこっちだって軍備増強できんだろうが。
「防護壁を解除しろ!これは熱に耐えられない!」
「駄目だ!ワイバーンが待ち構えているぞ!」
「前に集中しろ!ブラックドッグが……ウギャアアァ」
「糞豚がぁああ!」
カオスじゃん。このまますり潰せよーネズ公。主人公はヘロヘロだし、仲間たちだって自分のことで精一杯、庇い切るのも難しそうだぞ?やれやれ!お前が殺ってくれれば俺に旨味があるんだよ!殺れ!
「お願いします!止めましょう!!私達の話を聞いてほしいんです!」
――泣けるね。震える声でそうも言われちゃ、火も消えちゃうわね。うん、主人公だもん。そういうの、聞くのが主人公だもん。
そりゃあ神様が黙ってねえよ。そのとばっちりは俺に来るんだよ。だから殺さねえと、悪いなネズ公。
『確率操作』
これで主人公特有の幸運を一般人レベルまで下げる。運良く助かるなんてほぼ起こらない、起こったら宝くじでも買いな。
『縛れ』
チェーンで縛ったところですぐ抜けられる、そんな事は分かってますよ。鉄鎖で亀甲縛りされた主人公を仲間がハアハア言いながら、助けるだろ?簡単に斬れるもんな。そうそう、そしたら次は術者を探して、俺が見つかる。
ところで、ぶっといチェーンから目を離して良いんですかい?
『縊り殺せ』
――終った。首が折れた。ネズ公は後でお仕置きだな。
※※※
「ダニー!そんな、嘘だ!」
俺の親友であり、大切な弟。つい最近知った、彼の存在は否定すべきものではなく、愛すべきものだった。1人っ子だと思っていた俺に弟ができた、しかも同じ貴族の子。
その喜びを表す術を持たない俺は、上手く距離を縮められずにいた。でもいい、側で見守れるこの関係のままでもいい。何かあれば、俺が必ず助けてやる……そう思っていたのに。
「――誰が!?まさかジローさん?」
ネズミ、あのネズミ、アイツが魔王か!台座の上で偉そうに踏ん反り返るアイツが、アイツがダニーを!
『影飛び』
闇は俺の領域だ。奴の後ろに現れて殺してやる!
――何!?
「ネズ公は殺すな。俺のペットだ、いいな?」
「はい、御主人様」
誰だコイツは!?御主人様だと!俺は一体何を。
「それから、主人公死んでないだろ。さっきのは影武者か魔法で作り出した虚像か、何でもいいけど本体を連れてこい。それかお前が殺せ」
「は、はっ、ぐっっっ、はい……」
「――腹でも痛いのか?ハハハ、冗談。魔法の解き方知らねえんだろ?可哀想に、精々俺のために働け」
「――――――――――――は、い」
「行け」
『影飛び』
体が勝手に動く。魔法だと?だとしたら精神に影響する魔法か。人の体内、精神に作用する魔法は超高等魔法のはず。並の魔術師に扱える代物じゃない。ダメだ、俺一人では解除できない。ダニー、生きているなら逃げてくれ、頼む……
ダニエルの影だ。必死に抵抗しても体が勝手に動いてしまう。
「楽瑤!すまない、俺だけ逃げ延びてしまって」
「い、いっいい」
「どうした?」
クソっ!逃げろと言うこともできないのか。なんてザマだ。このままだと血を分けた弟を殺すことになる。それだけはさせない。アイツの思い通りになんか!
――アイツは確か、店にいた男か。
このミスリルの魔力剣を売ってくれたあの男か!
「楽瑤どうしたんだ!?顔色が悪い、怪我をしたのか?」
「違う、お前こそ何をしている」
考える時間を稼がないと。どうにかして伝える方法を見つけないと。体の自由が奪われダニーに刃を向けるまでどれ程の時間があるだろうか。それまでは考え続けるんだ!
「ミカに転移させられた。ここがどこだか……」
「確かに見たこともないな。何処かの小屋だろうか」
「それよりもすぐに戻らないと!みんなが危ない!」
「ダメだ、お前はここにいろ!」
「何故!?」
「ぐっ、それは……それは、ぐっ」
「おい、どうした?さっきから変だぞ」
「ダ、ニー、は、な……」
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
嫌だ、絶対に、それだけは嫌だ。誰か、誰か助けてくれ!
「あん?誰だおめえ……アンタは!」
「――お前は、ミカを部屋に連れ込んだ野郎か!何のようだ!」
「いやアンタこそ何してんだ。ここは俺の家だぞ、ですよ」
「そ、そうなのか。そうか、ミカがここに転移できるよう印をつけていたんだな!てことは、アンタが言ってたあれって」
「だから、あいつが勝手に忍び込んだって言っただろうが!あっ、言ったですよ!貴族様のツレにちょっかいなんか掛けませんて」
「そうか、俺に気付かれないように嘘をついたのか。俺が知れば、印を消すと知っていて……」
逃げろ逃げてくれダニー。その男と共に逃げてくれ!
「お、おい、ソイツ大丈夫か?体調が、悪そう?」
「――はっ!おい楽瑤!何かあるんだな?どうしたらいい、何をされた?頼む言ってくれ!」
「ほうほう、随分とまあ体調が悪そうだ、フヒッ」
「楽瑤!なにか答えてくれよ!なぜ黙るんだ」
ダメだ、一歩でも動いたらお前に飛び掛かりそうなんだよ。頼む、頼むから、逃げてくれ!
いや違う!こうなったら、こうなったら影に潜ってどこか遠くで死ぬしかない。
『影、飛び』
「楽瑤!?」
どぷんと影に潜りダニーの顔が見えなくなった。雲のような墨に体を浸し、とにかく遠くを目指す。不覚にも御主人様と呼んでしまったあの男の元へ行かないように、意識を集中させてとにかく離れるんだ。
どれ程遠くまで来ただろうか。随分と遠くまで歩いた気がする。この辺りは魔族が支配する領域に接している。下手したらそこに踏み込んでいるかもしれない。でもその方がいい。魔族と人間は憎み合う、必ず殺し合う。魔族の領域へ踏み込んだならば戦いからは逃れられない。ダニーへ殺意が向かうこともなくなるだろう。それならば俺が自死を選ぶ必要もない。
とにかくどこまでも遠くへ逃げて、距離と時間を稼ぎ、あの男の魔法を解く術を探す。
「ケケケ、みーつけた」
「はっ」
真後ろから聞こえたのは、嘲るような悪魔的な声だった。あり得ない、影の世界を行き来できるのは転生者であるダニーだけだった。その能力を俺が分け与えられたのだ。だから、俺だけの世界なはず。
「頭より伝言だ。キヒヒ。ブロンドの領主は代わりに殺っといただそうだ。ニヒヒ」
「ダニーの事か!?ダニエルの事か!?」
「さあな、聞きたいか?ケケケ」
「くっ、教えろ!そうしたら痛めつけない」
「ケッ、無理だ。俺を覚えてもいないだろ?」
『照らせ』
「ウギャアアアアア」
光があれば影もある。その影を移動する俺にとって、平地で太陽がある時間は地獄だ。影がないからだ。自分の影に入ったところで動き回ることが出来ない。
その逆はどうか。影の世界に入り込み、眩い光で照らし出す。地上の影は消え、この空間自体も消滅する。照らした先にいる生物は、当然だが影と運命を共にすることになる。
口だけの雑魚だったか。
クソっ戻るべきか、信じて離れるべきか。
「なーんてね。ケケケ、終わりかよ」
「――なんで」
「バァァァァカ。教えねえよ」
はっ!?この魔力は、隠していたのか!ヤバい、ヤバすぎる。レベルが違う!俺なんかが勝てる相手じゃない。
『我が標へ』
ゴフッ。ど、どこから。うっぐあああああ!影に飲み込まれる、影が、脇腹を突き刺したのは影?体中で暴れまわるのも、影か。
「雑魚すぎて話になりませんな、ケケケ」
ダニーすまない。不甲斐ない兄ですまない。せめてお前だけは生きていてくれ。お前が死んだなんてコイツの妄言だと、信じている……
人だったら惚れていたかもしれない。いや、やや落ちかけている。でも今はそれどころではない。夜も深まった今、やるべきことがあるのだ。
私とカタさんは集まってくれた族長たちの元へ向かった。
「では行きましょう。魔法の練習で魔力が殆ど無くなったところです。皆さんはどうですか?」
「王の言いつけ通り、魔力をギリギリまで減らした。本当にこれで……」
「大丈夫です、ブラックドッグ族長さん。私から食べますから」
「信用していないのではない。少し抵抗感があるだけだ」
「私もです。行きましょう!カタさんは残ってください、これは私達が実験台になるべきですから」
「頑張って」
「――あ、ありがとうございます」
しっかりしろ私、今から最低なことをするんだから。マジで優しいなカタさんは……
私達が向かったのは人里だった。森の側に置かれているあの井戸だ。井戸の隣にある長屋からは、相変わらずすごい魔力が溢れているけれど、負けじと井戸からも溢れている。
こんな記憶思い起こしたくもない。
とにかく私達はアレを食べるに至ったのだ。
すぐにでも魔力がほしい、そして私達の体に毒にならないもの。そして人間たちも要らないもの。この村には畑がないから、商人に回収させているのだろう。もし売っているのなら申し訳ないが、それは許してほしい。そう思いながらアレを食べたのだ。
もちろん事前に聞いていた。食べても問題はないかと。皆が皆目をパチクリさせていたけれど、問題はないと思うと言っていた。目的はあくまで魔力の補給であって、腹を満たすことではない。
この井戸はものすごい魔力が溢れているから、少量でもそれなりの魔力が手に入る。
ということで、族長たちと私はミッションをクリアした。鼻が良いブラックドッグさんや私は意外と平気なのだ。元々人間の中にあるもので、それが外に出ただけ。人間の一部が剥がれたようなもので、臭いとかそんな感覚はなかった。
私達からすれば人間イコール○○ちなのだ。逆も然り。
ワイバーンさんもオークさんも問題なさそうだった。
もちろん、問題だらけではあるけれど、これは致し方ないのだ。
私達は森へ帰り、各種族の者達を井戸へ向かわせた。全員が直接食べに行くと大行列の定食屋みたいになって、大賑わいするので、厳選したメンバーを向かわせて予め作った木桶で運ばせた。
何はともあれ、皆の魔力が超回復したので良かった。ということにしたい。
私も元気いっぱいで、残飯を食べたときよりも、酒を体内に入れて倒れた後よりも、魔力に満ちていた。
そして新たな発見があった。どうやら魔力測定は自分に使えないらしい。自分の手を眺めてみても、魔力が全く見えなかった。
でも体内の感覚でいうと満タンに近いぐらいにはなった。
私は魔力の違いまではわからない。この魔力は誰さんでというやつだ。でも、この魔力はきっとあの男だと思う。
初めて見たときは輩みたいな人で、あまり関わりたくないタイプの人だと思っていたけれど、今は単純に尊敬する。だって、私と同じくここへ飛ばされて生き延びているのだから。人間とネズミ、この差は確かに大きいし羨ましくもある。でも、人間を纏めるよりも、私は3種族と居るほうが楽だし纏めやすい。彼らは自己よりも種族を重んじるし、暴力的な手段に訴え出る前に必ず話し合おうとする。それに元々生き伸びるのに必死だから、それ以外の事は全て些事。私がネズミだとか、日本語を話したときだってどうでも良さそうだった。盗みや嘘もない、平和で原始的な生活。単純だからこそ大変だけれど、人と関わるよりも数倍は楽だ。
人間を束ねるあの日本人、一体どんな人なんだろうか。明日が少し楽しみだ。カタさんみたいな人だといいな……
※※※
「回想終わったか?」
「回想ってなんでしょう?」
「あー、設定は守る派ね。で、尊敬してるんだろ?どこをどんなふうに?具体的かつ3行でまとめろ」
「えっ、流石にそれは出来かねます」
「じゃあ早く、おしりが痛えんだ」
「人間たちを取り纏める長である、それだけで称賛に値します。それなのに、我らへのご温情まで与えてくれるその剛腕、尊敬しておりました」
「なんだ、今はちげえのかよ」
「某をペットになど、どうして望まれまする?」
「さあ可愛いから」
「なっ!可愛いですと!?某、漢の中の漢にございまするぞ。ジロー殿であってもそのような暴言、腹に据えかねまする」
「おう、勝手にかねて、するめにしてろ。で?お前らが戦争始めたんだ。俺の力を借りたいんなら俺の言うことを聞く、筋じゃねえの?安心しろ、衣食住保証するし、虐待はしない。たまにいびって反応を見たり撫で回すぐらいだ」
「そ、某、この者らの王にございます。何卒ご容赦願いたく。金で解決とは参りませぬか?」
コイツ頑固だな。人間時代のプライドか、それともマジで豚たちを助けたいのか。どっちにしても主人公にありがちだ。萎えるわ。そういうところ直さねえと……
まあいいさ。条件を変えるか。
「わーった。月に一回遊びに来い。飯も食わせるし好きなもんも買ってやる。ただし、最低でも一日は俺が飽きるまで側にいること」
「――承知した。それでは助太刀頂けまするか?」
「やったろうじゃないのさ。チョチョイのちょいよ!」
てなわけで、戦地へレッツラゴーですわ。俺は瞬間移動して森の奥までやって来た。ネズ公は見世物台に担がれて歩いてくるらしい。あれの何処がいいんだろうか。あの話し方といい、乗り物といい、江戸時代とかの侍だと思う。下級武士が殿様に憧れて作ってみました、的な?まあ、人の趣味にはツッコまずにおくさ。
それよりも目の前から来た斬撃よ、ポークスライサーかな?俺は人間だっつーの!
『反駁』
超高層ビルが倒れてきたみたいな斬撃、誰が放ったかは分かる。こんな大技、大概主人公だろ。ちょろいわ、おっさんの切れの悪い小便ぐらいちょろちょろだわ。
――黄金の右手一本で止まりますよ。
主人公嫌いな神が与え給うたチート能力、主人公が放つ如何なる攻撃をも相殺する最強能力。
これで終わりだ!とか言ったか?言っててほしいわ、で今は、一体何が!?とか言ってるんだろ?言え言え、ずっと喋ってろ!
『燃えてくたばれ』
視力2.0の俺でもギリギリ顔が見えるぐらいの距離にいる主人公。金髪碧眼の主人公。メイクでもしてんのかと見紛うぐらいの肌の白さとキメの細かな主人公。ここに来て何年だ?俺より長えだろうな、楽しかっただろ?今が最高潮だろう?引き際だ、引導をくれてやるよ!
オカルトで人気のテーマ人体発火現象をリアルに起こす。主人公に火がつき燃え盛る。意外と耐えるな、だが苦しかろう。叫びも上げずによく頑張る、良かったなすぐに痛みがなくなるさ。重症の火傷は神経がないところまで溶けちまうから、痛みが無くなるらしい。
ちっ、簡単に殺せる魔法を用意しとけよ神!
仲間が水で消化したか。まあいいや、オークたちが突進してるし。おお、犬が頑張ってる。怠け者かと思えば、ひっそり囲い込んでたってわけか。四方八方から襲い掛かり、上空からは?いいね。どっかから盗んできた油をぶち撒けてる。人間の街に進行したついでに拾ってきたんだな。やるじゃんネズ公。
だったら着火してやろうかね……
『火』
ん?あの声はネズ公じゃね?どこにいるんだ?小さくて見えん。
「今すぐに武器を下ろして投降しなさい!停戦の話し合いを求めます!」
なーにを言ってんだ、ハゲ茄子が。ここで逃したら大軍勢引き連れて襲いに来るに決まってんだろ。ここは一発殺してだな、人間を恐れさせて時間を稼ぐんだよ。そうしたらこっちだって軍備増強できんだろうが。
「防護壁を解除しろ!これは熱に耐えられない!」
「駄目だ!ワイバーンが待ち構えているぞ!」
「前に集中しろ!ブラックドッグが……ウギャアアァ」
「糞豚がぁああ!」
カオスじゃん。このまますり潰せよーネズ公。主人公はヘロヘロだし、仲間たちだって自分のことで精一杯、庇い切るのも難しそうだぞ?やれやれ!お前が殺ってくれれば俺に旨味があるんだよ!殺れ!
「お願いします!止めましょう!!私達の話を聞いてほしいんです!」
――泣けるね。震える声でそうも言われちゃ、火も消えちゃうわね。うん、主人公だもん。そういうの、聞くのが主人公だもん。
そりゃあ神様が黙ってねえよ。そのとばっちりは俺に来るんだよ。だから殺さねえと、悪いなネズ公。
『確率操作』
これで主人公特有の幸運を一般人レベルまで下げる。運良く助かるなんてほぼ起こらない、起こったら宝くじでも買いな。
『縛れ』
チェーンで縛ったところですぐ抜けられる、そんな事は分かってますよ。鉄鎖で亀甲縛りされた主人公を仲間がハアハア言いながら、助けるだろ?簡単に斬れるもんな。そうそう、そしたら次は術者を探して、俺が見つかる。
ところで、ぶっといチェーンから目を離して良いんですかい?
『縊り殺せ』
――終った。首が折れた。ネズ公は後でお仕置きだな。
※※※
「ダニー!そんな、嘘だ!」
俺の親友であり、大切な弟。つい最近知った、彼の存在は否定すべきものではなく、愛すべきものだった。1人っ子だと思っていた俺に弟ができた、しかも同じ貴族の子。
その喜びを表す術を持たない俺は、上手く距離を縮められずにいた。でもいい、側で見守れるこの関係のままでもいい。何かあれば、俺が必ず助けてやる……そう思っていたのに。
「――誰が!?まさかジローさん?」
ネズミ、あのネズミ、アイツが魔王か!台座の上で偉そうに踏ん反り返るアイツが、アイツがダニーを!
『影飛び』
闇は俺の領域だ。奴の後ろに現れて殺してやる!
――何!?
「ネズ公は殺すな。俺のペットだ、いいな?」
「はい、御主人様」
誰だコイツは!?御主人様だと!俺は一体何を。
「それから、主人公死んでないだろ。さっきのは影武者か魔法で作り出した虚像か、何でもいいけど本体を連れてこい。それかお前が殺せ」
「は、はっ、ぐっっっ、はい……」
「――腹でも痛いのか?ハハハ、冗談。魔法の解き方知らねえんだろ?可哀想に、精々俺のために働け」
「――――――――――――は、い」
「行け」
『影飛び』
体が勝手に動く。魔法だと?だとしたら精神に影響する魔法か。人の体内、精神に作用する魔法は超高等魔法のはず。並の魔術師に扱える代物じゃない。ダメだ、俺一人では解除できない。ダニー、生きているなら逃げてくれ、頼む……
ダニエルの影だ。必死に抵抗しても体が勝手に動いてしまう。
「楽瑤!すまない、俺だけ逃げ延びてしまって」
「い、いっいい」
「どうした?」
クソっ!逃げろと言うこともできないのか。なんてザマだ。このままだと血を分けた弟を殺すことになる。それだけはさせない。アイツの思い通りになんか!
――アイツは確か、店にいた男か。
このミスリルの魔力剣を売ってくれたあの男か!
「楽瑤どうしたんだ!?顔色が悪い、怪我をしたのか?」
「違う、お前こそ何をしている」
考える時間を稼がないと。どうにかして伝える方法を見つけないと。体の自由が奪われダニーに刃を向けるまでどれ程の時間があるだろうか。それまでは考え続けるんだ!
「ミカに転移させられた。ここがどこだか……」
「確かに見たこともないな。何処かの小屋だろうか」
「それよりもすぐに戻らないと!みんなが危ない!」
「ダメだ、お前はここにいろ!」
「何故!?」
「ぐっ、それは……それは、ぐっ」
「おい、どうした?さっきから変だぞ」
「ダ、ニー、は、な……」
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
嫌だ、絶対に、それだけは嫌だ。誰か、誰か助けてくれ!
「あん?誰だおめえ……アンタは!」
「――お前は、ミカを部屋に連れ込んだ野郎か!何のようだ!」
「いやアンタこそ何してんだ。ここは俺の家だぞ、ですよ」
「そ、そうなのか。そうか、ミカがここに転移できるよう印をつけていたんだな!てことは、アンタが言ってたあれって」
「だから、あいつが勝手に忍び込んだって言っただろうが!あっ、言ったですよ!貴族様のツレにちょっかいなんか掛けませんて」
「そうか、俺に気付かれないように嘘をついたのか。俺が知れば、印を消すと知っていて……」
逃げろ逃げてくれダニー。その男と共に逃げてくれ!
「お、おい、ソイツ大丈夫か?体調が、悪そう?」
「――はっ!おい楽瑤!何かあるんだな?どうしたらいい、何をされた?頼む言ってくれ!」
「ほうほう、随分とまあ体調が悪そうだ、フヒッ」
「楽瑤!なにか答えてくれよ!なぜ黙るんだ」
ダメだ、一歩でも動いたらお前に飛び掛かりそうなんだよ。頼む、頼むから、逃げてくれ!
いや違う!こうなったら、こうなったら影に潜ってどこか遠くで死ぬしかない。
『影、飛び』
「楽瑤!?」
どぷんと影に潜りダニーの顔が見えなくなった。雲のような墨に体を浸し、とにかく遠くを目指す。不覚にも御主人様と呼んでしまったあの男の元へ行かないように、意識を集中させてとにかく離れるんだ。
どれ程遠くまで来ただろうか。随分と遠くまで歩いた気がする。この辺りは魔族が支配する領域に接している。下手したらそこに踏み込んでいるかもしれない。でもその方がいい。魔族と人間は憎み合う、必ず殺し合う。魔族の領域へ踏み込んだならば戦いからは逃れられない。ダニーへ殺意が向かうこともなくなるだろう。それならば俺が自死を選ぶ必要もない。
とにかくどこまでも遠くへ逃げて、距離と時間を稼ぎ、あの男の魔法を解く術を探す。
「ケケケ、みーつけた」
「はっ」
真後ろから聞こえたのは、嘲るような悪魔的な声だった。あり得ない、影の世界を行き来できるのは転生者であるダニーだけだった。その能力を俺が分け与えられたのだ。だから、俺だけの世界なはず。
「頭より伝言だ。キヒヒ。ブロンドの領主は代わりに殺っといただそうだ。ニヒヒ」
「ダニーの事か!?ダニエルの事か!?」
「さあな、聞きたいか?ケケケ」
「くっ、教えろ!そうしたら痛めつけない」
「ケッ、無理だ。俺を覚えてもいないだろ?」
『照らせ』
「ウギャアアアアア」
光があれば影もある。その影を移動する俺にとって、平地で太陽がある時間は地獄だ。影がないからだ。自分の影に入ったところで動き回ることが出来ない。
その逆はどうか。影の世界に入り込み、眩い光で照らし出す。地上の影は消え、この空間自体も消滅する。照らした先にいる生物は、当然だが影と運命を共にすることになる。
口だけの雑魚だったか。
クソっ戻るべきか、信じて離れるべきか。
「なーんてね。ケケケ、終わりかよ」
「――なんで」
「バァァァァカ。教えねえよ」
はっ!?この魔力は、隠していたのか!ヤバい、ヤバすぎる。レベルが違う!俺なんかが勝てる相手じゃない。
『我が標へ』
ゴフッ。ど、どこから。うっぐあああああ!影に飲み込まれる、影が、脇腹を突き刺したのは影?体中で暴れまわるのも、影か。
「雑魚すぎて話になりませんな、ケケケ」
ダニーすまない。不甲斐ない兄ですまない。せめてお前だけは生きていてくれ。お前が死んだなんてコイツの妄言だと、信じている……
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