主人公殺しの主人公

マルジン

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1.いまどきの主人公

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 全く最近の若いやつは……と思う。
 何故かといえば若いくせにませてるからだ。
 やたら騒動の渦中にいるし、人を攻撃したがるし、金があるし、奴隷を買うし、何よりも才能に溢れている。
 俺なんて〇〇だからと下を向いているが、全員が示し合わせたように才能を開花させる。ていうか人生が花開く。輝かしい未来へ!ってな具合に。
 そしたら急に人が集まりだす。ソイツらまとめて暗い過去を持っている。まあ人は誰しもそうだろうけど、とにかく暗い。暗いのはいいさ。その過去をチョロチョロと卑猥な手付きでくすぐってやると、男女見境なくホイホイと着いてきやがる。

 急に人が集まりだしたら驚くだろ。貧乏人が宝くじ当てて、親戚が増えましたってあるあるを「幸せだねー」って思うのか?って話よ。
 甘い蜜があるから寄ってきてんの!それに気付けよ主人公!

「おいお前、うちのミカがなんかしたか?」

 敬語って知らないかな?せめて「なんかしたんすか?」ぐらい言えるよね。
 ていうか、なんかしたから怒ってんだよたこ助!
 ガキじゃねえか。何歳だ?17?大人だと勘違いしてるアホか。どうせちゃんとした仕事してねえんだろ。
 俺は16から働いた。肉体労働でガツガツ働いたから分かる。こいつは小銭が入っただけで大人だと勘違いしてる子供だ。
 ――小銭は違うな。大銭だな。そんな言葉、たぶんないけど、
 金ピカの剣、ひらひら馬鹿みたいなマント、気色の悪い指輪、そして変な服。貴族だ……

「したに決まってんだろバカ!金払え!」

「――お前、お金を払ってないのか?」
「お金?それなに?」
「――――すまない店主。俺の勘違いだったようだ。これで足りるか?」

 やはり主人公。貴族だからといって、敬語も使えない下民に手を挙げる真似はしないか。白金貨、めっちゃ高い金貨だ。計算がアホみたいにややこしいから1億円札だと理解している。
 バカが貴族やってるのか。領民はご愁傷さまだねー。

「おお、足りる。じゃ二度とくんなよー」

 何だその目は!こっちは金がいるの!アホ貴族はその女と納屋に泊まってノータリンのガキでも作ってろよ。
 全く最近の若いやつは……
 主人公が多くて腹が立つぜ。


 この世界は主人公が多い。主人公とは主人公だ。
 カッコいい、不遇な過去を持っている、超絶チートな才能がある。コイツらまとめて主人公と俺は呼ぶ。
 しかもそいつらは転生者ときた。俺と同じだ。いや同じなわけあるか!風俗行ったら病気もらって、がザクロみたいになる主人公いてたまるか!
 ちっ、あいつらもザクロになればいいのに。
 なんか痒いわ。あっ……
 ダブルパンチなのね。
 とにかく、下半身の状態異常で言ったら俺は主人公級だろう。だが俺は主人公なんかじゃない!あんなアホ供と一緒にしないでほしいね。
 君は僕たちに嫉妬しているんだろう?とか言いそうだな。してるよ!してるに決まってんだろ!病気持ってない女を寄越せ!いや、それはいいや。殺しそうだし。やだ見ないでとか、痛くしないでとか言いそうじゃん。プロなら堂々とせんかい!あ、素人か。

 ――すっかりプロに嵌ってしまった。なんとかせねば。

 こうやって内省した後に大体トレーニングとか装備を買い集めたりとかするわけだ。要するに次の戦いに備えて、レベルアップする。
 じゃあ俺が風俗脱出編とか銘打って10話ぐらいヒーヒー言いながら通院すれば主人公になれますか?暗い過去を持つことになるんだろうか。読者が感情移入できる主人公になれるんだろうか、いやなれるか!

 ちっ、なんじゃあいつら。こんな辺境まで来て何しに来たんだ?イチャイチャ旅行ですか?にしては数多すぎだろ。ガチャガチャし過ぎ。洋館に置いてある鎧も沢山いるし。騎士ってやつだろ?こいつらが働いてるの初めて見たわ。

 あっ、団長が絡まれてる。あっ、土下座した。あっ、頭踏まれてる。うわー、立つ瀬ねえよー。ここいらでは名うての野盗団のリーダーなのに、貴族に唾吐かれてるよー。娼婦も笑ってみてるよー。切ねえよー。

「おいオッサン、それ幾ら?」

 誰がオッサンじゃ!35じゃ!おっさんだと思うからおっさんになるんだ。俺はまだ若い。その証拠に息子が病気だ!うん、子供の方じゃない息子がな!

「あーいくらに見えます?」

 さあ答えろ。俺はこれの値段を知らねえんだ。何故ならこの店は、俺と入れ替わりで風俗に行った友達の店だからだ。とりあえず魔導具屋だということは知っているが、この卑猥な形の道具が何なのか想像もつかん。ていうか全部卑猥に見えるな。本当に魔導具屋なのか?表向きは魔導具だけど実際の使用方法は股間に――――して――――する的なやつじゃないのか?
 いやそれはないな。俺のツレ、仕事だけはちゃんとやるからな。
 てことは、俺の目が曇ってるだけか。まだ抜き足りなかったかな、もう一回行こうかしら……

「ふんっ、金貨5枚、いや50枚だな」

 ブレすぎだろ。こいつもこの道具知らないんじゃねえの?これ――――――――にしか見えんし。

「実はもう少ししまして……」

 とりあえずぼれるだけぼるか。治療代だ。お前のせいじゃないけど、どうせ金あんだろ?

「いくらだ」
「80、ですな。これこそが真の……おっと危ない危ない」
「真の?真のなんだ。まさか……」

 ザ・中二病って感じだからイケるとは思ったが、どうだ?疼くだろう?

「まさかこんなところにあるとは……」

 ねえよ。

「いいだろう。これは駄賃だ」

 おっさんに駄賃て舐めてんのかクソガキ!

「えっへっへ、ありがとうございやす」

 これがおっさんの面の皮の厚さだ。覚えとけよハゲ!
 で、なんなの?なんでこっち見てるの?さっさと帰れよ。

「あの、何か?」
「貴様、どこかで見た顔だな」
「はあ、お会いしましたかね?」
「さあな。平民の知り合いはミカだけだ」

 うん、じゃあ帰れば?そんなにジロジロ見られても。何?冷や汗とか出ると思った?挙動不審になるとでも?勘弁してくれよ。アニメじゃねえんだって、ここリアルな世界ね?わかりますかー?

「フンッ、人違いか。ではな」

 アディオスアミーゴ。人違いではないぜ、ばーろーが。

 さて、ニヤニヤしながら俺を見ているヴァージン共に1つ言っておこう。俺は主人公が嫌いだ。いろいろあってとにかく嫌いだ。
 そして主人公を捻り潰す権利を得た。権利じゃねえや、宿命とでも言おうか。
 つまり、主人公が嫌いで、潰してもいいと許可を得ている。やることは決まりだな。お前らの大好きな主人公で遊んでやるよ。

 ※※※※

「ダニーあの魔導具屋ぼったくりだよ」
「ああ知っているさ、それよりも本当に乱暴はされていないんだな?必要なら騎士団に突き出す」
「えっ!?い、いいよ。さっきので反省したでしょ。私は大丈夫だよ。ちょっと家まで引っ張られただけだから……」
「そうか、君がそこまで言うなら何もしないよ」
「う、うんありがとう。それよりもよかったの?白金貨なんて渡して」
「忘れたのか?ここにだって商業ギルドはあるんだ。彼らに返してもらうとするよ」
「ふっへへ、ダニー悪い顔してるよ」
「元からだ、放っとけ」

 ミカは平民だ。俺の父親がメイドを手籠めにして生まれた子だ。でも血は繋がっていない。俺は母とウォルシャー男爵との間に生まれた子供だからだ。父が死んでから母に聞いた。その時は目の前が真っ暗になり、母を憎んだけれど、今は恨んでいない。
 俺の父がクズだったから、身を守るために男爵を頼ったのだ。その中で愛が生まれ俺が……
 男爵とは時々文を交わす程度に交流がある。父と呼ぶには大きくなりすぎた気がするけれど、交流は続けたい。
 もう子供ではなく、伯爵として家を守る立場なのだ。母が信じた男爵とは家のために繋がっている必要があるだろう。
 というのが俺の考えだ。俺というのは、元の記憶のことだ。俺には記憶が2つある。日本の東京で生まれ日々を過ごした記憶と、貴族として修練を積む日々の記憶。ダニエル、元の記憶の名前だ。彼は不幸にも病気で亡くなったのだが、時を同じくして、日本では俺も死んだ。交通事故だった。そして神に出会い、第二の人生を得たのだ。
 政治の時は元の記憶を引っ張り出して対応している。コイツと父親の関係、確かに政治が絡んでいる。だがそれだけが理由じゃない。今の俺は当事者だから分かるのだ。どこかで父を求めているダニエルがいる。だから、男爵との交流を続けている。
 いずれ、時が経てば父と呼べる日が来るのかもしれないという期待を胸に。

「ダニエル様ご報告が」
「どうしたアマネ」

 俺の前で頭を垂れるのは守護騎士筆頭のアマネ。奴隷商人から買った彼女は俺の見立て通り、最強の騎士となった。剣術のレベルが高く、体力と魔力もそこそこある。ただし知力が足りない気がするが、騎士ならば問題ない。難しい魔法を使う必要がないからだ。
 彼女は大変な境遇で生きてきた。飲んだくれの親父に売られ、商家のオヤジに性奴隷として買われた。俺があの商家を潰さなければ彼女とは会えなかっただろう。
 ゴミのようなオヤジだったが、彼女を配下に持てたのだ、多少の感謝はしている。

「魔物がいません」
「ふむ、おかしいな」

 辺境の村まで来たのはオークの群れがここへ逃げ込んだからだ。隣の街では大規模な魔物の暴走で家々が破壊され、数百人の人間が命を落とした。俺が着くまで騎士が粘っていたが、惨憺たる有様だった。ブラックドッグやワイバーン、そしてオーク達が群れを成して行進する様を見たときは、背筋が凍った。
 奴らを殺すのは容易い。野生の魔物ならば数がいても力で押し切れる。
 しかし軍隊ともなれば一人では太刀打ちできない。行進して武器を構え、目標までの距離を鑑みて適切な陣を敷く。つまり野生ではないのだ。
 彼らをなんとか退け、この村へ向かっていくのを確認した。間違いなくいるはず。それがいないだと?

「間違いないか?隠れているとか……」
「間違いありません。あるとすればあの森でしょう」
「森、か」

 森、ただの木々の集まりではない。魔物達の巣窟であり、彼らが零す魔力に影響を受け、不思議な植生へと変化した魔植物もいる森だ。一流の冒険者でも命を落とす場所。そこに消えたとなれば、彼らを従える王がそこに座していると見ていい。
 軍隊のように洗練された動き、指揮官がいる。そして魔物を統べるもの、それは魔王しかいない。これは想像以上にまずいな。

「ギルドへ通達を出し冒険者をかき集めろ」
「いつ決行ですか?」
「今夜だ」
「はっ!」

 俺の街で好き勝手した代償は高くつくぞ、魔王。

 ※※※

 さて俺の家を紹介しよう。干からびたおばあ様の隣りにいるのはミイラになりかけの爺。夫婦だ。で紫色のでかい犬が一匹と太ったババアが一人。
 こちらの世界にいた元の俺、ソイツが死んだ隙に住み着いた罰当たりな奴らだ。本来は追い出すところだが、俺の死体を放置していたので住ませている。
 俺は死んで転生した。つまり体が燃えれば生きられなかったのだ。一応恩返しのつもりだ。
 死体を放置したのは、不法占拠がバレると思ったからだそうだ。俺が腐らなくてよかったな。

「婆さんや今日は祭りかの?」
「いんや爺さん、祭りなんてやっとらん」
「ジローさんお茶飲みます?」
「いや結構です」

 爺婆は軽く呆けてる。むちむちババアはやたらお茶を勧めてくる。絶対毒入れてるだろ、顔見たら分かる。そして犬は不気味だ。なんで紫なの?ってのが1つと、魔力が尋常じゃないぐらい溢れてる。絶対魔物なんだが、爺婆が可愛がっているし、噛みつかれたこともないので放置している。ちゃんと外で用を足すからいい犬だ。

 やけに外が騒がしいな。家はガラス製の窓も扉もないから外の様子が見えない。足音と時々鳴る金属音が煩いのは確かだ。突出し窓を開けて覗いてみる。顔を横にして変な顔をしながら、ちょうど風呂場を覗くみたいに。
 ――覗いたことはない、断言しておく。

 めっちゃ冒険者がいる。そしてアホ貴族もいる。何してんだアイツら。
 急に立ち止まった。ガキの運動会みたいだ。整列し終えたら校長代わりの貴族に視線を向けている。

「もう一度言う。死にたくなければ帰ってくれ」

 しんと静まる。つーか村のメインストリートで何やってんのかね。普通に迷惑なんだけど。

「着いていくに決まってんだろダニー!」
「どんだけ恩があると思ってんのよ!今日返させて」
「鈍った体にちょうどええじゃろ」
「ボク、やるよ!」

 おお、主人公が一大決戦に向かうようだ。テンプレみたいなやり取りだ。

「頑固者ばっかりだな」

「アンタほどじゃないわよ」
「まったくだ」
「ワシより頑固なのは小僧ぐらいじゃ」
「ボクは好きだよ!」

 なーにを笑ってんだ、うるせえっての分かんねえかな。笑い茸でも食ったのか?引くぐらい笑うじゃん。いや、クソつまんねえよ?こっちはひもじいから寝たいってのに。
 村の中じゃ白金貨も型なしだ。だって買えるものが限られてるから。
 いい買い物をしたいなら街に行かなくちゃならない。明日行こう。新しい性の扉を開くために……

「敵を討ち取るぞっ!」
「おおおお!」

 えいえいおー!じゃねえんだよ。近所迷惑なの!めっちゃ壁薄いの!
 あぁあぁ、婆がお茶をぶちまけたよ。爺がそのお茶で溺れかけてるよ。なんだこの臭い、おい!ムチムチババアがニヤけてるよ?やっぱり変なお茶じゃん。
 にしても敵を取るって、魔物がうようよいる森、通称御魔森おまもりに行くのか?
 無知は怖いねームチムチぐらい怖いねー。
 ご自由にどうぞ。俺は高みの見物しよーっと。
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