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冬の君
しおりを挟むパンパンパン、と胴囲を回すバスケットボールが俺の手で掴まれる度に音を立てる。
バスケを初めて10年が経った。
小学校に入学したのと同時に幼馴染みが入っているからという理由だけで入り幼馴染みが続けているからという理由で今日まで続けている。
とは言ってもこの学校でバスケをちゃんとやってる男子は僕だけだ。
本当は男子バスケ部は6人いるんだがあとの3人は3年生で引退、残り2人の1年生は3年の先輩が怖いから、と卒業までは来ないつもりらしい。
そんな唯一活動中の僕がシュートも打たずハンドリングを続けている理由はただ一つ。見張り番だ。
僕のバスケを続ける理由の幼馴染みは3年生で引退しているはずなのだがスポーツ推薦で大学への進学が既に決まっている。そのための練習といって部活に顔を出すという名目で男バスの部室で煙草を吸っている。
それが先生にバレないための見張り番だ。
ドリブルをしないようにボールを落とさないようにハンドリングを続ける。
その時だった。
「篠宮ぁ」
名字を呼ばれ咄嗟にドリブルに切り替える。
「──田中先生」
顔を上げると日本史教師で僕の担任が体育館の扉から顔を覗かせていた。
ドリブルをつきながら先生の元へ向かう。
「お前今日日直だろ?日誌どこ?」
「先生の机に置きましたけど。」
「え、どこの」
「地歴準備室」
「お前職員室の方に置いとけよなぁ…まぁ了解、邪魔して悪かったな」
全くだ。肝が冷えた。
先生が扉から姿を消したとほぼ同時に体育館に面している男バスの部室の扉が開く。
ひどくゆっくりに感じるその動きに自分の心音が激しくなるのを感じた。
「──あ?誰もいねぇじゃん」
幼馴染みの声に肩が跳ねる。
「…今担任が来てたんだけどすぐに帰った」
「お前の担任?」
「……うん」
ふーん、と興味なさげな態度の中に混ざる愉快さと苛立ちの声音を僕のこんな時だけ聞き取った。
強ばる身体に彼の腕が回される。
「だめじゃぁん。つーには俺が呼ばれたときとバレそうな時しかドリブル許可してないよなぁ…?」
「う、ん…ごめなさ、焦っちゃ」
「──これは先輩が教えてあげねぇとなぁ?」
その死刑宣告にも似た響きに咄嗟に助けを求める。体育館にはあと3つの部活がいた。
彼らはこちらを伺うだけで巻き込まれないように必死だ。もちろん僕も本当に誰かが助けてくれるなんて思ってない。これは条件反射だ。
首を掴まれ荒々しく部室へ投げ飛ばされる。
そこには幼馴染みの同級生─僕の部活の先輩─達がいた。
「あれ?やっぱあのドリブル違うかったんだ」
「シノまた間違えたの」
「そーそ。だからお前ら散れ」
「佐倉ひでぇ」
「怖い怖いさっさと帰るぞ」
1分も経たないうちに部室には僕と幼馴染みだけが残った。
ヤニで黄色くなった壁に落ちない煙草の匂いが充満する部室。
この吐き気はどれが理由なのか分からない。
「なぁつー。つーはお馬鹿だけど俺の言うことは忠実に聞くと思ってたんだけど。」
「聞く、よ。佐倉さんの言うことならなんでも」
「……お前は馬鹿だよねぇ?今は周りに誰がいるの?」
「───ぁ…唯」
そう呟くのと鳩尾に衝撃が走ったのはどちらが先だっただろう。
勢いのまま背後にあったロッカーに背中をぶつける。その痛みを感じたあとは全身を殴打された。
殴られ、蹴られ、煙草の火を押し付けられ。
せめて罵倒されたかった。
怒りのままに罵って欲しかった。
それなのに唯は何も移さない空虚な瞳で僕を見下ろすだけだった。
どれくらい経ったのか分からない。
肺が焼けるほどに痛みを感じていたのが少し落ち着いた頃、唯は僕の顔を愛おしそうに撫でる。
「なぁこれはつーのためなんだぜ?」
「ゔん…唯ごめんなさい……」
唯は愛おしそうに僕の傷跡を撫でていく。
叫び出してしまいそうなほどの痛みがその度に走る。蠢く熱が全身を駆け巡る。
「凇のためを思ってるんだ。お前は馬鹿でトロくてバスケにしか才能がないような奴だから俺の言う通りにしておけば大丈夫なんだ」
「……わがっだ…ゆいにずっと…ついてく……」
そう言えば唯は本当に嬉しそうに笑う。その顔が僕は大好きなんだ。
わざとドリブルをつくほどには。
「つーはずっと俺と同じ道を辿れば良いんだよ。」
「うん……」
「いいこだね…従順な子は好きだよ」
唯の瞳に熱が混じる。
僕の瞳と唯の瞳が交差して唇が重なる。
いつも唯とのキスは血の味がする。けど、何度も唯の唾液が送り込まれる度にその味は薄れる。口から唾液が零れ落ちた時、漸く唯は僕を離す。
「……お前は馬鹿だよねぇ…わざわざ殴られに来るなんて」
唯の言葉に口の端を釣り上げる。痛みで歪な笑みだ。しかし唯はそんな僕の顔を愛おしそうにうっとりと見つめた。
「……だってこれでまた唯の痕がついた。」
唯は堪えられないと言うように腹を抱えて笑う。
釣られて僕も笑った。
【佐倉のサンドバッグ】【佐倉のマリオネット】【氷の人形】
僕と唯を表す言葉は沢山ある。けれどひとつも当たっていない。
僕と唯の関係は幼馴染み兼恋人だ。
「……唯、愛してる。」
「俺もだよ、凇」
僕達の歪な愛の秘密の関係はヤニ臭い部室で繰り広げられる。
これで満足する僕も暴力で愛を伝える唯もきっと狂っているのだろう。でも僕達は歪なピースが埋まってしまった。
────もう取り外せないほどに。
【fin.】
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