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しおりを挟む「やっぱお前短い方が似合うな。」
夕日の差し込む部室棟で彼は不意にそう呟いた。
「…なに、急に」
私は舞い上がる心を悟られないように冷静に返した。
少し頬が緩んでしまったのは仕方ないだろう。
「今日ずっと思ってたんだよ。俺ショート派だからさ。」
「いや、知らないけど…」
「だからめっちゃその髪型好みってこと!」
「そりゃどうも。」
ドキドキと高鳴る鼓動が相手にも聞こえているのではないかと緊張した。
ショート派なのは知ってるよ。
だから髪を切ったんだよ。
数日前、教室で談笑していた彼がショート派なんだと言っていたから、私はずっと伸ばしていた髪を切った。
小学生ぶりに首筋を晒す感覚に違和感を感じたが、彼の好みに近づいたと思うと笑みが零れた。
「ほら、どいてよ。私今から練習だから。」
「あー、てことは俺ももう始まるじゃん。もうちょい休みてーなー」
体育館を使う部活が多いこの高校では時間を区切って体育館を使っている。
私も彼もバスケ部なので体育館の割り当ては同じだった。
そのことにまた少しだけ頬を緩ませる。
今日も隣のコートで彼が見れる。
「ちょっと女バスは先に犬走でストレッチと軽いアップやらなきゃだから急いで!」
「うわ、そう言えば男バスもじゃん!?やべー!遅れる!」
2人でドタバタと走る。
もう今日は絶好調だろうな、といつもなら憂鬱な練習にも心が躍った。
嗚呼、なんだかすっきりしている。
これも髪を切ったからだろうか。
「やっぱショート似合うよね。」
「…なに、今更。」
高校卒業して、地元の大学に進んだ私は高校の頃のチームメイトに誘われてバスケサークルに入った。
同じ大学に進んだ彼もまた同じサークルに入っていた。
高校の頃から私はずっとショートカットのままだ。彼がショート派だと言っていたこともあるが単純に楽だという理由もある。
「いやさ、高校の途中まではめっちゃ髪長かったじゃん。ロングも似合ってたけどやっぱショートのが似合うよなって。」
「それは単純にあんたがショート派だからじゃなくて?」
揶揄うようにそういうと彼もまたニヤリと笑って、
「それもある」
と言った。
「けどやっぱショートでもロングでも良い女は何でも似合うもんだよ!」
「またその話?唯ちゃんの友達にまたなんか言われたの?」
「そ。『あんな酷いこと言われて唯が可哀想じゃん!』だってさ。別れてから2ヶ月経つのに未だネチネチそんなの言われる俺の方が可哀想だっての!」
彼は高校の頃から付き合っていた彼女と最近別れた。
付き合ってるなんて全く分からないくらい学校では絡みのない2人だったがやはり上手くはいってなかったらしい。
こう言ってはなんだが、クラスの中心にいるような誰とでも絡んでいく明るい彼と、カーストの丁度真ん中辺りの女の子女の子してる唯ちゃんとはあわないだろうと思っていた。
唯ちゃんがよく人の愚痴を言っているのを聞くし、彼から話を聞くと束縛もキツそうだった。自由奔放な彼には窮屈だったのだろう。
「けどさ、別にそんなに怒らなくてもよくねぇ?嘘言うよりマシだろ。」
「まぁ彼氏の好みに合わせたんだから褒めて貰いたいのが女心なんじゃない?」
「けどさぁ……」
彼は不貞腐れながらドリブルをついた。
肩甲骨辺りまで髪の長さがあった唯ちゃんは彼がショート派だという話を聞き顎までのボブにした。
しかし少し面長な唯ちゃんにその髪型は似合わなかった。
それを馬鹿正直に「似合わない。」と言っただけに留まらず、「顔デカくみえる」とまで続けてしまった彼に唯ちゃんは激怒し、これまでの様々な不満も重なって破局に至った…らしい。
確かにこれはブチギレるだろうな、と思うが私からすれば別れてくれてありがとう、と言いたい。
「そもそもが違う。俺はショートカットが好きなのであって、ボブが好きなんじゃないんだよ。ショートカットとボブは別なの。わかる?別なのよ。」
熱弁する彼に曖昧に相槌を打ちながらいつかこの思いを伝えられたらいいな、なんて考えた。
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