穢された華

夜瑠

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「アルティス=リッテンバウアー!!」


名を呼ばれたアルティスは溜息を着きながら振り返った。

そこには第2王子、宰相子息、近衛騎士団長子息、そして最近男爵家の養子になった女、そしてがいた。

「…これはこれは王子殿下……何か私に御用ですか。」

「アルティス…!!いい加減に認めろ!貴様が悪事を働いていることは分かっている!!」

「何を根拠に?」

「あ、あなたからは黒いオーラが立ち上っています!!私には見えます!だからっ…今ならまだやり直せます!!」

大きな瞳に涙を滲ませる少女はそう言ってこちらに近寄ってくる。

アルティスは少女の伸ばされた手を叩き落とした。


「──私に触るな。下民が。」

「なっ……!!」

「アルティス!貴様…!!」


アルティスは冷めた目で目の前に並ぶ正義感に溢れた少年たちを見る。馬鹿馬鹿しい。くだらない。

何が聖女だ。何が癒しの乙女だ。何が世界の救世主だ。

──誰も私のことは救ってくれやしないくせに。


「そのような戯言に付き合っている暇は私にはないので。これで失礼します。……ああ、あと。」

踵を返したアルティスは再び彼らに向き直り、その中にいる1人を見据えた。

「そこにいる童を側近にするのはどうかと思いますよ第2王子殿下。視界に入れるだけで虫唾が走る。」

「なんだと…!!」

「落ち着け…!アルティス、いい加減にしないか。オルフェはお前のだろう!?」

「私はそいつを従兄弟だと思ったことなど1度もない。次また私に戯言を言いに来る時はそいつを連れてこないでくださいね。気分が悪い。」

そう言ってアルティスは本当に気分が悪そうに歩を進めた。

その背中に声がかけられる。


「俺だって…!!小さい時あんたに懐いてた自分を殺してやりたいよ!!」

「…………ふん、勝手に殺しておけ」


そう言って次こそアルティスは歩き始めた。





彼らから距離を取ったことを確認するとアルティスは近くの空き教室へと入る。

「はぁっ、…は、…くそっ……!!」

脂汗の滲む額を乱雑に拭い床へとへたり込む。

18の誕生日をつい先日迎えた彼はその頃からずっと体調を崩していた。

収まらない吐き気や頭痛にもはや立って居られないほど。

その原因は分かっていた。もうすぐ産まれるのだ。魔王の子供が。

絶望の底に叩きつけられたあの日、なんとか拙い言葉で事情を両親に話すと父親は何度も謝り、泣きながら抱きしめてくれた。母親はあからさまにアルティスから距離を取った。

父親はオルフェを守りきってくれてありがとう、と何度も感謝してくれた。お前のおかげだ、お前が犠牲になってくれたから、と。


それだけでもアルティスは救われた気がした。きっと軽蔑されると思っていたのに父親は軽蔑どころか謝罪して感謝までしてくれた。

アルティスはまた静かに頬を濡らした。



しかし、悲劇は終わらなかった。

暫くして目を覚ましたオルフェは全てを忘れていた。

森に入ったことはもちろん、自分が何者なのかまで。

きっと幼い体には耐えきれない恐怖だったのだ。それでもアルティスは絶望した。守りきれなかった。オルフェはしまったのだ、と。

アルティスと一緒にいて記憶を取り戻してはまた恐怖を味合わせてしまう、そう考えた父親は自身の姉が嫁いだ侯爵家にオルフェを匿ってもらうよう頼んだ。子宝に恵まれなかった彼らは快く了承してくれた。


その数年後うっすらと過去の記憶を思い出したオルフェだったが元から自分は侯爵家の息子でアルティスとは従兄弟同士だという設定に違和感を持つことはなかった。



そしてアルティスが14歳になる年に双子の弟妹が産まれた。

これでアルティスが魔王の元へ行っても跡継ぎになんの問題も無くなった。

周囲が喜ぶ中アルティスだけは全く喜べなかった。それどころか喜ぶ彼らを憎んだ。

跡継ぎは僕だったのに。あれほど厳しく当主として幼い頃から教育してきたくせに。なんで僕ばっかりこんな目にあうんだ。

アルティスは周りから気味悪がられていた。どんな時でも表情が変わらない。笑った顔どころか眉ひとつ動いたところを見たことがない。まるで人形だ。

そんな噂を聞いた時アルティスは心の中で自嘲した。

僕が人形だとすれば魔王の愛玩人形ラブドールか?僕にお似合いじゃないか。




貴族学院の3学年になった頃入学してきた聖女の噂を聞いた。

どんな悪人も1度彼女と話せば改心する。
どんな人の性質でも見破る。
心の傷を癒してくれる。

癒しの乙女だ。聖女だ。

それを聞いた時そんなやついるはずがない、と思いながらももしかしたら気づいて貰えるかもしれないと期待した。

僕が魔王の玩具にされていると。魔王の子を孕まされたのだと。ずっと助けを求めているのだと。



そんな思いで偶然を装って彼女と接触した。


「ハンカチ落としましたよ。」

さりげなく彼女のポケットから抜き取ったハンカチをさも親切に拾ってあげたかのように差し出した。


「あら、ありがとうございま……っ!あなた……」

何かに気がついたかのような反応をした彼女に心の中で快哉を叫ぶ。


それなのに彼女は。


「貴方!一体どんな悪事を行ってきたの…!?こんな負のオーラ見たことないわ!!」

「え……?」

「まだ良心が残っているならその良心に恥じない行動をしないと!!今の貴方は過去の貴方に胸を張れるの!?恥ずかしいと思わないの!?」
 

彼女は私を一方的に罵った。

良心?過去の自分に?恥ずかしい?

ああ、恥ずかしいさ。こんな小娘に助けてもらえるかもなんて一瞬でも思った自分がとても情けない。馬鹿馬鹿しい。ああ、なんて愚かなんだ自分は。


 
気づけば走って逃げ出していた。

そして中庭のベンチで友人と楽しげに話すオルフェを見つけた。光の中にいるオルフェは輝いていてとても憎たらしかった。

私が命懸けで助けたのに、お前は私を助けてくれないのか。

理不尽だとは分かっている。覚えていないオルフェに向けるべき感情ではないと。それでもそう思わずにはいられなかった。





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