【完結】不幸のタネ

よすい

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知らぬ間に加速する世界

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 学校に着いてからも、しばらく放心状態になっていたと思う。体が覚えていて勝手に動いたのか、いつの間にか自分の席に座っていた。目の前には中学からの友人であるマイトが不思議そうな顔をして俺の顔を見ていた。

「どうしたんだよ朝からボーッとして。ゲームのやりすぎで寝不足か?」
「いや、むしろ寝過ぎた。だから朝早く起きちゃって変な感じになってんだ」

 本当のことは言わない。と言うか言えなかった。

「ほーん、だから今日はミサキちゃんと一緒じゃ無いのか? せっかくあんなに可愛い子が起こしに来てんのにもったいねー」
「まあ、な。それより今日は放課後遊びに行かないか? 久しぶりにゲーセンとか」
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな。けどごめん、俺他に用事あって行けねぇわ」

 マイトを遊びに誘ったのは、気分転換がしたかったってのが大きかった。とにかく今は別のことを考えていたかったからだ。気持ちの整理をつけたかったんだと思う。しかし、いつもなら二つ返事でOKしてくるマイトが珍しく断ってきた。帰宅部で放課後何をするでも無く暇な時間の方が多いと自分で言っていたのに、珍しいこともあるものだ。だから聞いた。聞いてしまった。一体どんな用事なのかと。

「用事なんて珍しいな。どんな用事なんだ?」
「あー、まあお前ならいいか。誰にも言うなよ。実は俺、志崎さんと付き合うことになったんだ!」
「え?」

 予想外だった。俺と同じで持てる方でもなかったマイトが、美人と噂の志崎さんと付き合うだなんて。一瞬コイツは騙されてるんじゃ無いかと思った。よくあるだろ嘘告白ってやつだ。

「俺から告白してさ。そしたらあっちも俺のこと気になってたみたいで、顔真っ赤にしてOKしてくれたよ」

 違った。それに志崎さんの方を見てみると、若干顔を赤らめながらこちらをチラチラ見ていた。あんな顔を見れば流石に分かる。あれは本気の顔だ。

「てわけでさ、遊びに行くのはまた今度で頼むわ」
「わかった」
「んじゃ、俺は彼女に挨拶してから席戻るわ。あ、そうそう。お前も誰かに取られる前にミサキちゃんにちゃんと告っとけよ」
「ああ」

 もう違う誰かの恋人になってしまっただなんて言えるわけがない。頷くことしか出来なかった。

 俺の周りには誰も居ない。灰色の世界は、やっぱり灰色のままで。うるさいくらいに聞こえてくる周りの声は、恋愛の話、勉強の話、スポーツの話、そして受験の話もちらほら。
 一人置いて行かれた気がした。周りは動いているのに、俺だけ一人止まっている、そんな感覚。なんとなくこの速さはこれからもどんどんスピードを上げていく気がした。俺を置いて、俺だけ残して。

 気づいたら学校が終わっていた。教室には俺一人だ。

 何かをしなければ、前に進まなければ。そう言う気持ちが漠然と浮かんできて、でもどうすればいいか分からなかった。

 知っていると思っていた人たち。みんな変わっていく。俺も変わらなければ。だからとにかく勉強をした。嫌いだったのに、今はそれだけが俺の拠り所になっていた。

「お兄ちゃん。ミサキちゃんに彼氏が出来たって本当だったんだね」
「ああ」
「お兄ちゃんってさ、ミサキちゃんのこと好きだったでしょ?」
「…そうだな。好きだった」
「気づいたのが遅かったんだね」
「遅かったよ。遅すぎた」

 ある日の妹との会話だ。妹の顔はすごく優しい表情をしていた。まさか妹に慰められる日が来るとは思わなかった。なんて情けなくて弱い人間なんだろう、この時の俺は自分に対してこう思っていた。

 思えば自分には何も無い。やりたい事も何も。熱意と呼べるものがない。だから弱いのか、だから情けないのか。俺は分からなくなった。自分が本当に人間なのかどうかも。

 空っぽだ。
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