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第一章

82 ダメ王子VS炎氷

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敵組織の幹部と遭遇した冬華は一戦を交えていた。冬華は初手で受けた攻撃の傷が戦闘に影響を与えており、動きにキレがなかった。
一方のシルヴァー・ガルゥガーはまだ本気を出していない。
魔術教会、政府機密、軍直属が使う魔術を使ってはいるが、それが全てではないだろう。
恐らく固有魔術を有しているに違いない。一向にそれを見せないという事は此方の力量を確かめているのだ。

(そっちが手を出さねぇならこっちからだ!)

左肩に深い傷を貰ってはいるが、魔術を発動するのに影響はない。ただ痛いだけだ。ダインスレイブを一度鞘に収め、異空間から業物の剣を取り出す。
この剣は少し前にエリカの包丁セットを買う際に店長がくれた名刀と言ってもいい程の剣。
名を【 慨浪がいろう】。狼の毛並みのような色と波紋のこの剣は物理的な概念を斬る事ができる。
この場合の物理的な概念というのは何物も通さない壁や盾、斬る事も防ぐ事もできない雷を斬る事さえもできる。
これを打った鍛治士は相当の腕前を持っているのだろう。願わくば一度会ってみたいものだ。

「《流離う意志よ・我が手に集まり風となりて・敵を打ち据えよ》!」

3節詠唱から繰り出される風の黒魔術【ドリフィト・ヴィント】。ランクで言えば中の中位の魔術だがそれでも高等魔術だ。何かしらの防御策を講じなければ防ぐのは難しい。大気を舞う風のように広範囲ではなく手に風を集めて真っ直ぐ飛ばす魔術なので対対人用の魔術、軍人が戦争で使う一般的な魔術の一つとして数えられていることから軍用魔術とも呼ばれる。
効果範囲が狭いがゆえにすぐに躱されるのは想定内。如何なる状況下にいても想定外など想定内である事が当たり前であれ。そう教わり培ってきた魔術の力と知恵。

避けられた一瞬の隙をついて一気に接近して慨浪を構えて斬りかかる。しかしこれも避ける。胸元からナイフを4本投げるが簡単に弾かれるーーーがナイフは4方向に空中で刃先をシルヴァーに向かっている状態で止まっている。

「!・・これは」
「【固定セット】・【充填ロード】完了。【四瞑楚歌しめんそか】!」

4方向に止めたナイフを一斉に発射する。4本だけで少なく攻撃範囲も狭いがそれでもどれかは当たる筈だ。迎撃にしろ回避にしろ、必ず隙ができる。その隙に剣で斬り込んでしまいだ。

「そう考えているのだろう?坊主」
「!」
「考えが甘いわ!」

途端、シルヴァーが燃え上がる。炎がどこシルヴァーの周りを燃え始める。その炎でナイフは一瞬にして弾かれた。それにただの炎ではなく透明に近い白い炎だ。
不気味というより不可解に感じるそれは冬華を恐怖させるには十分だった。

「これが我様固有魔術【白炎・赤氷】」
「赤氷?」
「失礼。もう1つは見せていなかったな!」

シルヴァーが指をパチンと鳴らすと何かが冬華目掛けて飛んでくる。油断して身を躱すが躱しきれずに直撃、まではいかずとも左腕に掠る。

「がぁぁ!!」

掠っただけなのに衝撃的な痛みが走る。腕を見ると炎のような赤い塊があり、その下の皮膚は火傷をしたような跡になっている。
この炎塊えんかいは氷のように固まっているが、炎のように熱い。塊を地面に捨てて靴で潰す。

「腕は大丈夫かね?早く治療をしないと壊死するよ」
「テメェでやっといて良く言うよ」
「一応説明が必要かな?」
「概ね分かってるけどな」
「ほぉ・・・今見ただけなのによく分かるものだね」

固有魔術の性質は誰が見ても明らかで炎と氷だ。ここからは憶測になるが、あの白い炎は炎のように燃えているように見えるがその実熱くはなく氷のように冷たいが、炎のように畝っている。
冬華の腕を掠めたこの赤い塊は熱かった。しかし、触った感触から氷のような形状と触り心地という事が分かる。
一方は炎なのに氷の様に冷たく、もう一方の氷は炎の様に熱いときた。

炎と氷の性質に対して真逆の特性が宿ったのが奴の、シルヴァーの固有魔術なのだろう。
実に厄介だ。ここまで変則的な魔術士には会った事がないし、人を殺す魔術士にも会うのは久々だ。
治癒魔術で簡易的に腕を直して剣を構え直す。火傷は軽傷だが、何度も炎でも氷でも受け続けるとシルヴァーの言う通り腕や体が取り返しのつかない事になる。それだけは避けなくてはいけない。

「なら・・・《封印の鍵・戒めの錠を開け・龍を呼び覚ませ》!」

心臓部分に手を置き、3節の詠唱を唱えて、体全体に魔術回路を巡らせる。
側から見れば身体強化の魔術を使っている様に見えるが、実際はそうではない。
冬華の腕や顔には竜の鱗の様なものが浮で、髪は逆立ち、歯は鋭利なものに変わる。
これは【古代魔術エイシェント】と古い伝記には記され、この魔術を使えるモノを【古代魔術士エイシェンター】と呼ばれている。
この魔術を使えていたのは西暦よりも前とされ詳しくは分かってはいないが、中には冬華の様に稀に使える者もいる。
冬華が古代魔術を使えるのは冬華の先祖がこの力の大元を使っていたからだ。
それが子に因子として宿り、孫にその息子にと年々と受け継がれてきた体、魂、魔術回路に染みついた生きた遺産の様なものだ。

冬華が使える古代魔術は【龍化】と呼ばれるもので、龍種は遥か昔に絶滅した幻想種である。
龍、またはドラゴンの力を使えたのは冬華のご先祖だけどごく一部の人間だけだった様で、冬華の使う龍化は本来龍にあるべく逆鱗がない。
それ故のアドバンテージがあるので冬華はこの魔術を自分の実力で扱えるだけの力を身につけている。
デメリットももちろん存在する。全身を龍化にする行為は危険な綱渡りである為そこまで長い間使っている事はできない。使用中は全身から高熱を放ちある程度の鉄なら簡単に溶ける。
熱が漏れるのは扱えきれていない証拠だが、パワーやスピードは桁違いに跳ね上がる。
魔力を垂れ流しにしているのと同じ事をしているので長時間の使用は魔力が枯渇してしまうので1日使えて30分が限界だ。
もう少し龍化を進めれば角や尻尾が生えたりするがそこまでしてしまうと下手をすれば人間に戻れなくなる為緊急時にしか使用はしない。

そして龍化をすると使う魔力に竜の力が備わり魔力だけで壊せない物や龍種特有の耐性などが付く。
それ故に龍化をした魔術士の事や龍種の事を最近では【龍王】と呼ばれる。
またそれぞれ存在する幻想種には龍王と同じ様な呼び方があるがそれはまた説明する機会があるだろう。

「《劫火を纏う龍よ・今こそ牙を剥き・種を滅ぼせ》!」

黒魔【バースト・フラム】の改変、と言うより龍化状態限定の改変魔術【バーニング・ドラゴン】。今の段階で冬華に出せる最高の炎の魔術だ。
しかしここで気がついた。否、思い出さされた。相手は炎と氷を扱う敵だ。そんな相手に炎の魔術が効くのかと。
冬華の予想通り、この魔術を使った事は悪手だ。
シルヴァーの展開した白炎に炎を絡め取られあっという間に消え去ってしまった。

「我様に炎とは・・・頭を使いなさいな」
「!・・・《猛き龍の翼よ・羽ばたき爪を広げ・敵をその風で煽れ》!」

龍化状態の風の黒魔術【リュズギャル・ドラゴン】。シルヴァーが展開した炎を風で煽らせて敢えて敵に自分の炎を浴びせさせるやり方は早々思いはつかない。

しかしそれもあっという間に炎で掻き消される。
そして真下から氷柱が何本も現れ串刺しにされそうになるのをバク転で全てを交わし、最後に迫った氷柱を剣で斬る。

「見事に全て交わしてみせるとは・・・伊達に魔術士としての訓練を積んだわけではないようだな小僧」
「はぁ・・・!はぁ・・・!・・・出鱈目が過ぎる。全く歯が立たない」
「当然。我様は小僧とは違い何人も殺してきた魔術士だ。小憎のままごと・・・と思っていたが貴様のような奴に会ったのは初めてだ。さぁ、もっと本気を見せてみるといい」
「・・・・・」

楽しんでいる、という訳ではないだろう。寧ろ全力で戦う事を望んでいるといった感情が読み取れる。
しかし、実力差がはっきりしている相手には正面突破で戦うのは自殺行為、だから絡め手で戦っているというのに悉く防がれる。
魔術がダメならばもう近接戦。剣での勝負に持ち込むしかない。
冬華は慨狼を異空間にしまい、ダインスレイブを腰に携える。力を解放すればどうなるか分からない。しかし、聖遺物という太古の昔に存在した聖剣、魔剣クラスの力でないと奴には勝てないとそう直感した。
冬華はダインスレイブを鞘から抜剣し構える。

「なんだ?その黒い剣は・・・まさか聖遺物、魔剣の類か」
「・・・これを使ってあんたに勝てるとは思わない。けど・・・さっきよりはいい勝負になるんじゃねぇかな?」
「くっはっはっはっ!面白い!やってみよ!」
「・・・抜剣!【ダインスレイブ】!」

冬華はダインスレイブを天に掲げる。すると黒と赤の閃光が輝き冬華を飲み込む。
先程まで意識を保っていた冬華だったが、その意識は暗闇に飲み込まれ・・・・・消えた。







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