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第一章

73 妖精様の握り寿司とダメ王子の誓い

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任務の為必要物資の調達を終えた冬華はエリカの待つ自分の家へと帰る。思ったよりも時間がかかってしまった。気が付けばもう6時前。
あまり遅くならないようにと言ったが、思ったよりも遅くなってしまった。
機嫌を取る為ではないが、迷惑をかけるので何を買って帰ろうか悩んでいると丁度スーパーで魚介類のセールをしていたので買えるだけ買うことにして、ついでにデザートとしてアイスを購入する。
思ったよりも大荷物になってしまったが、魔術用の道具は買った後はとある人物に冬華の家にエリカにバレないように送ってもらっている。
こういう人目につかない仕事は暗殺者や暗部、結社の仕事だ。
恐らく部屋の中にはもう荷物が届いていると思う。急いで家に帰り、扉を開ける。

「おかえりなさい、冬華くん」
「・・・ただいま。すまん、遅くなった」
「いいえ。少し前に作り始めたばかりなのですが、生憎と材料が足りなかったようで、今から買いに行こうかと思ってたんですけど」
「なら丁度良かった。寿司に必要な物は買ってきてる。市販のマグロとかホタテで良かったか?」
「はい。でもこちらも元々頼んでいた物があるんですよ」
「え?」
「見たら驚きますよ?」

そう言われてキッチンを見ると鮪、鮭、鰤などが丸々一匹捌かれていた。
鰹のたたきの時も思ったがどうやって入手しているのか気になるところだ。

「これで寿司作んのか?」
「はい。これくらいなら食べられるでしょう?」
「まぁ。ていうか下手したら店のやつより美味いかもな」
「それは言い過ぎでは?」
「冗談で言ったんじゃないけどな」
「過大評価すぎですよ」
「楽しみにしてる。・・・何かしようか?」
「冬華くんは今晩出かける用意をしておいて下さいな」
「ああ・・・ありがとう。お前の方は明日朝早いけど準備大丈夫か?」
「貴方と一緒にしないでください。ちゃんと準備はできていますよ」

ここまで本格的にするとは思っていなかったが、これならかなり美味しい物が期待できる。
夕飯ができるまでには全ての準備をしておく。火炎、雷撃、氷結、様々な魔晶石、ナイフ数十本、魔力を通しやすいワイヤー、愛剣を研いで、その後は装備の確認、靴の仕込みナイフといった厳重な準備をする。
魔術士は準備を怠ればすぐに死ぬと父親からも母親からもローズからも言われている。
分かっている。今回は本当に命に関わる任務だという事は直感で分かっていたし、任務内容の書類も確認したが、とある島の遺跡に向かうとあった。
内容の詳しい事は分からないが、それは今日会う人達から聞けばいい。

暫く時間が経ち、扉がノックされる。道具を隅に置いて扉を開ける。

「冬華くん、お待たせしました。お寿司できましたよ」
「おお。待ちくたびれた。早く食おうぜ」
「全く・・・こちらへどうぞ。きっと驚きますよ」

席へ案内されて机を見ると、机の上には出前とかでよく見る寿司桶の中に宝石のように輝く寿司が沢山あった。

「すげぇ」
「それはどうも。どうぞ召し上がってくださいな」
「じゃあ・・・いただきます!」

冬華は手を合わせて号令し、寿司を手に取り醤油をつけて食べる。思わず「うめぇ」と言ってしまった。恐らく自分の口角は上がっていて笑っているのだろう。そんな事は気にせず一心不乱に寿司を食べる。
食べていると視線に気づきエリカの方を見ると冬華の事をじっと笑顔で見ていた。

「な、なんだよ?」
「いえ・・・美味しそうに食べてくれて嬉しいなって思いまして。それに冬華くん、江戸っ子ですね」
「あっ・・・・ごめん、行儀悪かったな」
「いいえ。うちの家族の者にも江戸っ子の方はいますし、抵抗はありませんよ」
「俺も家族はほとんど江戸っ子だからなんの疑いもなくそうやってたよ」
「周りの目を気にするのもいい事ですけど、自分のスタイルを貫くのも大事な事ですよ」
「・・・ありがとう」
「どういたしまして。・・・これ、冬華くんが買ってきた市販のマグロのやつですよ。どっちが美味しいか食べ比べてみてくださいな」
「比べるまでない気がする」

言われるがまま食べるが、やはり本場とは違うしエリカの腕がいいのか市販のものでも美味しい。

「どっちもうめぇ」
「それは良かったです」
「ていうか今日は豪華すぎないか?」
「合宿前の贅沢というやつですね。合宿ではペアにならない可能性の方が高いので冬華くんは寂しがると思いましたから」
「お前の飯を食えないのは確かに残念だが寂しいとは思わん。別に俺のじゃないんだからな」
「・・・・・」
「なんだ?」
「いえなんでも。でも残念です。合宿までの船でもご一緒できると思っていたのですが」
「・・・すまん」
「冬華くんが悪いわけではないですよ」
「・・・・合宿終わったらすぐに夏休みだな」
「ですね。予定決めないといけませんね」
「今年は母さん達の所に帰ろうと思ったんだけどやめとくわ。来年帰る」
「え?いいのですか?」
「母さん達には申し訳ないけど高校最初の夏休みくらいゴロゴロしたいし」
「冬華くんらしいですね」

それに、今年は強制的に帰らなければならないあの行事もない。問題は雪弓達から何を言われるかだ。
エリカを家に連れてこいとか言われそうだが、断るつもりだ。エリカに冬華の実家を見せるのはまだ早いようにも思うからだ。
冬華の実家は特殊、と言うかは現代ではあまり見ない代物だからだ。

「今年の夏は母さんや父さん達から強制的に帰ってこいって言われない限りは帰らねぇよ」
「私は、もしかしたら実家の方に顔を出すかもしれません」
「・・・へぇ~。そうなのか」
「はい。帰るかはまだ決めてませんけど」
「どうせなら帰ったらどうだ。嫌に帰ることはないけどさ」
「・・・考えておきます・・・・さっ、早く食べて冬華くんは早くお風呂入っちゃってください。もうじき出るのでしょう?」
「・・・ああ」

言われて時間を見る。今は7時前。予定時刻は8時半には港に着いていなければいけないのでのんびりはできない。片付けもすると言うのでそれは流石に任せきりなので冬華も手伝う。ものの数分で終わらせてエリカが家に帰っている間に冬華も風呂に入って汗を流す。
体の調子は問題なく、魔術回路もよく回る。問題なしだ。

風呂から出て体をよく拭いてドライヤーで髪を乾かす。以前ならばここまでの事はしなかったが、エリカの影響だろう。
エリカも丁度帰ってきたようでソファで座って待つ。

「冬華くん、ドライヤーで髪乾かしたんですね」
「分かるか?」
「音が聞こえたので」
「まぁお前がしつこいからな」
「それで髪を乾かしてくれるのなら言ってた甲斐がありました。準備は問題ないのですか?」
「ああ。もうバッチリだ」
「じゃあ・・・・・ここで約束してください。絶対に帰ってくるって。危険な事ではないのは分かりますが、冬華くんは放っておくとそのままふらっと帰ってこない気がするんです」
「エリカ・・・・・」

正直約束はできなかった。エリカは危険な事ではないと言ってくれているが、今から行く場所は危険が待っているだろう。無事で帰ってこれるのは奇跡ではないかとも思う。
だから、今から言うことは気休めだし、今からする事は気持ち悪い思われるかもしれないが、それでも構わない。
冬華はエリカに手招きしてソファに座って近づくように誘導する。
エリカはその通り冬華に近づく。それと同時に冬華は「先に謝っとく」そう言ってエリカを抱きしめる。

「と、冬華くん!?」
「軽蔑してくれていい。だけどこのまま聞いてくれ。ちゃんと・・・帰ってくるから。もしちゃんと帰ってこれたらお前の望みを一個叶えてやる。なんでもいいから考えておいてくれ」
「帰ってくるのを証明するのがこの抱擁ですか?」
「悪かったな」
「あともう一声欲しいところですね」
「もう一声って・・・じゃあ」

冬華はエリカの額、と言うより髪に唇を当てる。これはご先祖がやっていた誓いの様なものらしい。この誓いは必ず果たすと言う意味が込められているらしい。
当然ながら女性に突然する行為ではないのでエリカは真っ赤になって何をされたのか混乱していた。

「と、とうか、くん?」
「ごめん。まぁ誓いみたいなもんだと認識しといてくれ。嫌だったよな、すぐに離すよ」
「い、嫌じゃないです!」
「え?」
「た、確かに驚きはしましたけど嫌だとか気持ち悪いとかは思ってません。冬華くんは知らない人ではないですから。・・・・・でも、こういうことはおいそれとしないでください」
「・・・ごめん」

冬華はエリカを離して一呼吸おく。エリカも余程緊張したのか顔は真っ赤で落ち着いていない様子だ。まぁ当然だろう。いきなりこんな事をされたら誰だって驚く。安易な事をするものではないなと反省する。

そこからは他愛無い話をして、いつの間にか時刻は8時前になっていた。時間が来たので冬華は荷物をまとめて出発の準備をする。服装は私服のままだが、私服に見えるだけだ。本当は鈴音のところへ行った時の服装だが、エリカの前でその服を見せる訳にもいかないので魔術で私服に見えるようにしている。

「じゃあ・・・行ってくる」
「はい。お気をつけて」
「ありがとう」
「それと、これ。お荷物になるかもしれませんが」
「え?・・・これ、弁当?」
「はい。向こうでお腹空いたらいけませんから、沢山あるので他の方にも分けてあげてください」
「・・・・サンキュー。助かるよ」
「それは良かったです」
「仕事が終わってそっちに行けそうなら連絡して教えるから」
「はい。お待ちしてます」
「行ってきます」

改めてエリカに挨拶をして家を出る。準備も済ませた。誓いも立てた。エリカの弁当も貰った。行ってきますも言った。
何も怠っていない今の冬華は揺るぎないと言っても過言ではない。
何者にも負けない気持ちを背負って冬華は港へと足を向かわせるのだった。







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