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第一章

72 物資調達と先生

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鈴音から呼ばれ、任務を受けた冬華は時間になるまで家でのんびりする事にした。けれど、今は昼食の時間なので帰ってエリカの飯を食いたいものだ。

「ただいま」
「・・・お帰りなさい」
「・・・怒ってる?」
「いえ別に。昨日ご飯食べない事を連絡しなかったとか、藤寺さんの家のご飯の方が良かったなんて思っていません」
「それめっちゃ怒ってんじゃん。・・・悪かったよ。昨日はちょっと、偶然藤寺の家に行ったらそのまま晩飯どうだって誘われたんだ」

嘘は言ってない。倒れたなんて知ったらくどいくらいに怒られるし心配される。
それは嫌だし申し訳ない。エリカの料理を食べなかった事は悪いと思っているが昨日の件は大目に見てほしい。

「今日はちゃんと昼も夜も食べるから。もうできる頃か?冷しゃぶは」
「あっ、ごめんなさい。冷しゃぶと送っていたのですが、今日は予定変更でメンチカツとかの揚げ物にしてます」
「え?マジ?やった」
「喜んでくれると思いました。先に揚げますので手を洗って着替えてきてください」
「分かった・・・・・そうだエリカ。飯食べてる時に話したい事がある」
「・・・はい。分かりました」

エリカは一瞬言葉に詰まったが何も言わずにキッチンに戻る。最近あまりエリカと話せていないような気もするので、出来れば今日は1日任務までずっと家に居ようと思った。
制服を着替えてリビングに戻るとエプロンを脱いで待っていてくれた。
なんか、奥さん持った気分に久しぶりに浸ってしまったのを隠しつつ、席に座って「いただきます」と手を合わせて食べ始める。エリカも続いて食べ始める。

「・・・美味い。やっぱエリカの料理は美味しいな」
「今日はよく褒めてきますね?何かあったんですか?」
「最近お前とちゃんと話せてないなって思ってさ。今日はお前としっかり話をしようと思ってさ」
「・・・・・別れ話ですか?」
「なんでさ。そもそも付き合ってないしそんな関係でもないだろ俺ら。変に悪ノリすんなよ」
「すみません。私も最近は冬華くんとちゃんと話せていないなと物足りなく感じてまして、少し意地悪しちゃいました」

冬華は箸を進ませながら「たっく」と悪態を吐く。当初から考えればこんな冗談混じりの会話をするだなんて思ってもみなかったしここまで感情豊かな紅野エリカだとは思わなかった。見た当時、嫌出会った当時は本当に可愛げのない毒舌美女だと思っていた。
けど、この2ヶ月余りの付き合いでなんとなくだが、抱いていた本人の性格に違いが出てきた。

「・・・それで、話したい事なんだけど」
「はい。なんですか?」
「実は・・・今日を夕飯食べたら、すぐに出かけなきゃいけなくなった」
「えっ?・・・ど、どうして急に?明日は朝早くから合宿ですよ?」
「母さんと父さん、後ローズの仕事に着いて行かなきゃいけなくなってさ。断ったんだけど、・・・俺も折角の機会だから行く事にしたんだ」
「・・・合宿には参加できるのですか?」
「それは・・・大丈夫だと思う。最低でも1週間は帰ってこれないと思うけど」
「・・・なんのお仕事かは聞きませんし、冬華くんが決めた事なら何も言いませんが、・・・・・ちゃんと帰ってきてくださいね?」
「・・・ああ。大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくる。お前に怒られたくないしな」
「怪我とか危ない事してたら怒りますけど、ちゃんと帰ってくるなら別に怒ったりしません」
「そりゃ絶対に帰ってこないとな」

冬華はエリカが暖かく送り出してくれる事におちゃらけて笑うが、内心はそうでもなかった。

(ごめんな・・・多分怪我をしないで戻ってくるのは無理だと思う。今回の任務はきっと命を賭けなきゃいけない事になる。でも・・・絶対に帰ってくる)

冬華は口には出さず、心の中でそう誓う。残された時間は少ないが、ある程度の物ならば向こうでも揃えられるし、今からでも祈の所へ行って手に入れられる物は入れようと思う。

「そうだ。夕ご飯はお寿司ですよ」
「おっ。出前でも取んのか?」
「いえ、握るんです」
「なるほど。握・・・・・え?握る?寿司を?」
「はい。私、お寿司も握れるので」
「すっげぇ」

いや本当に凄い。鰹も捌けてピザも作ろうと思えば作れる。おまけに今回は寿司まで握ろうとしている。一体どんな学び方をすればそこまでの技術を身につけられるのだろう。

「じゃあ任せる。晩飯の用意はもしかしたら手伝えないかも。夜までには帰れると思うけど、準備を色々しなきゃいけないから」
「・・・分かりました。じゃあ腕によりをかけて作りますね」
「ああ。楽しみにしてる・・・・・ご馳走様。本当に美味かった。今度は俺が作るな」
「そちらも楽しみにしておきます」
「・・・悪いけど、片付け任せていいか?すぐに行かねぇといけなくなったから」
「はい・・・いってらっしゃい、冬華くん」
「行ってきます」

エリカに見送られながら冬華は家を出る。今日は夜まで忙しくなりそうだ。先ずはローズや色々なツテに連絡して必要最低限のものを集めてもらう。
そして祈の家に寄って諸々の説明をした後、冬華のメイドの1人、仁美に着いてきてもらおうように声をかける。仁美は「喜んでお供させていただきます」と快く了承してくれた。
因みに残りの8人とは真正な勝負をして勝ち残ったそうだが、冬華は初めから仁美を選ぶつもりだった。八人の中では彼女を冬華は右腕にしてるし、戦闘面においても長女の為か強い。
それに仁美を隣に置いているとなんだか落ち着く。他の7人も同様だ。

「じゃあ仁美、今日の夜に例の場所に集合しておいてくれ」
「畏まりました主様」
「それと日向、シアの事頼む」
「はい。お任せください、兄様。宜しくね、シアちゃん」
「ニャ~」

黒猫のシアは祈の家に預ける。長い間家を空けるので世話ができないからだ。

「冬華」
「はい。なんですか?祈の姐さん」
「任務も勉学も励むように」
「!・・・はい」

冬華は気づいた。口の形と発音を分けて発音しているという事を。スパイとかが使う技術だが、これは一種の魔術だ。話している内容に魔力を込めて別の言葉を相手の頭に聞こえるように直接働きかける能力だ。

「彼らにもよろしく伝えてくださいね」
(調査状況なども聞いてきてください)
「久しぶりなので俺も会えるの楽しみですよ」
(進展している事を祈りますよ)
「くれぐれも怪我をしないように」
(もしあの人を殺した相手が居た場合、手加減せずにやりなさい)
「それは約束しにくいですね」
(物騒ですけどやれるだけやりますよ)
「では必要物資は夜までには送っておきます」
「よろしくお願いします。では・・・失礼します」

祈の家を後にして次は魔術士が通う闇市へと向かう。あそこは金の亡者、食の亡者、性の亡者が蔓延る場所で治安は悪いが、良いものが揃っている。闇市の場所は一般の人間は知らず、主に魔術士しか知らない。入り口は世界中にあり、県や地域によって構造が違う。冬華がかつて奴隷となっていた仁美達を買ったのは違う場所ではあるも、また闇市に来なければならないとはやる気が失せる。

必要物資の調達の為、冬華は信用たる顔馴染みにの店へ行き買える物、信用できる物を購入する。時刻は午後3時。
寄れる所は何処かを探していると、公園で少し脱力したかのように座っている黒髪が跳ね回っている白衣を着た人物が居た。医者だろうか。視力を強化して見れば、熱中症の症状間近で息遣いも荒く見える。
冬華は水を買ってその医者の所まで走る。普段こんなお節介は焼かないが、目の前で人が死にそうになっているのを見た時は別だ。

「あの・・・」
「ん?・・・何かな?少年?」
「これどうぞ。ちゃんと水分を取らないと倒れて死んでしまいますよ?」
「・・・おお。これは辱い。いただくとするよ・・・はぁ~生き返ったよ、ありがとう少年」
「医者がなんでこんなとこにいんです?」
「人探しをしていんだけれど、私も歳かな?直ぐに体が限界来てね。ここで休んでいたら動けなくなってしまったんだよ」
「気をつけてくださいね」
「ありがとう少年。・・・そう言えばまだ名乗っていなかったね。私の名は森早希一さきいちと言う。皆からは森先生と呼ばれているよ」
「俺は・・・星川冬華です。15」
「まだまだ若いね。それに優秀な魔術士らしい」
「えっ・・・何故それを」
「君の持っている道具を見ればすぐにわかるよ」

森先生は冬華の持っている物を指さしてそう言った。確かにこの道具は一般人が見てもただのガラクタか何かだと思う。

「森先生は魔術士だったんですね」
「本業は医者だがね。と言っても医院長をしている立場だが。主に魔術士専門の医者だよ。一般も診るけどね」
「医者の魔術士の人には初めて会いました。なんていうか、思ったよりオジサンですね」
「まぁ私はもう40だからね。自分の体の事は自分が一番よく分かってるよ。少年はそんなに買い込んで任務かな?」
「ええ・・・明日から任務で遠くに行くんです。色々と入用でして」
「成程・・・気をつけたまえ」
「はい。ありがとうございます」
「少年。逸如何なる時でも自分の出来る事を忘れてはならないよ。一手に詰まったらもう一手、それに更に工夫を凝らしなさい。人は出来ること、やれる事の目的がハッキリすれば無限の力を出せるのだから。投げ出したい時ほど冷静になる事をすすめるよ」
「森、先生・・・」
「私はこれで失礼するよ。水をありがとう」
「はい。アドバイスありがとうございます」

森先生は水を手に取り手を振って帰る。冬華もそれを見送って次の目的地へと向かう。
なんだかいい出会いをしたような気がした冬華は自然とあの先生の生き方が好きになった。

「医者ってのも良い人がいるんだな」

天を仰ぎながらそう呟いた。

何処かの路地裏。ここは誰も近寄ることも来る事ない。何せ袋小路だ。来たとしても逃げ場も行くところも無い。集まるとすれば不良や悪の組織とかその辺りだ。
そして今もこの路地裏には多くの組織の集団が集まって居た。そしてその真ん中には血塗れで倒れて動かないスーツを着た誰かも分からない男が倒れて居た。

そしてその組織の人間が居るところに足音が近づく。その正体はさっき冬華が会っていた森早希一だ。さっきまでの応和な雰囲気ではなく、まるで何人もの人間を平気で殺してきたような雰囲気がある。

森が現れるとその場にいた全員が片膝をつく。まるで王でも崇めるように。

そしてその森の背後には何人もの女性が立っていた。ざっと見るだけで10人。ナース、バニー、メイド、チャイナ、全身タイツ、etc。
十人十色とはよく言ったものだ。

「刺客はこれだけか?」
「はい、統領。情報は吐かせました。場所は例の遺跡で間違いないようです」

森の質問に答えたのは1人の男だった。暗闇で顔はよく見えないが、中々の手練れだ。

「情報が確定したならばすぐに人員を回して向かわせなさい。なんとしても【アレ】は手に入れる」
「では誰を向かわせますか?統領」
「そうだな・・・もしかすれば会う事もあるかもしれんな・・・・では【炎氷】を向かわせなさい。その部隊と、それと【馬車】だ」
「承知しました」
「クックック!はっはっはっ!」
「統領?」
「いや・・・何、今日は不思議な出会いをしたからね。気分がいいのさ」
「ご主人様」
「なんだ?」
「もうじき病院に戻らなければなりません」
「チッ・・・分かった。では諸君、後始末と人員の手配は任せる」
「「「「畏まりました」」」」

そう言って森はその場を後にする。指を鳴らすとその場にいた女性達は消える。髪や雰囲気を元に戻して路地から出て自分の勤める病院へと戻る。

冬華の任務と森が企む計画。それは全く一緒なものなのか、はたまた全く別の事柄なのか。
否、考えるまでも無いだろう。この戦いは冬華が魔術士として成長する戦いになる事は冬華は思わずとも、森は少なからず、冬華がその場所に来るとは思っていなくとも、冬華が成長するだろうとは確信していたのだった。












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