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彼と実家へ行くことになるなんて!? (1)

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 落ち着かなかった。
 生まれ育った実家にいるのに、子供の頃から毎日朝ごはんを食べていた台所のテーブルに座っているのに、彼がいると言うだけで、異空間にいるように気をそぞろにさせる。

 私の唇をなぞる彼の指…… 私を抱きとめたまま動かなかった彼の腕……
 今朝の一連の出来事がフラッシュバックし、お腹が空いているはずなのに、サンドイッチを口に運ぶ手が止まる。

 彼はどんなつもりで……?
 もしかして、何の意図もなく、無意識にしている行為とか……?

 昨日知り合ったばかりで、私は彼のことをよく知らない。
 女性に事欠かない彼にとって、唇を指でなぞるなんてことは日常茶飯事で、取るに足りないことなのかもしれない。
 相手が相手だけに、成り行きで起こったことに身を任せるのは賢明ではなかった。

 頭をブンブン振って彼のことを頭から振り払うと、スカートについた泥が目に入った。
 ワンピースが茶色だからそんなに目立っていないけど、着替えない訳にはいかない。
 サンドイッチを一つ口に放り込むと、二階にある自分の部屋に向かった。

 月一の頻度で里帰りする私の部屋は、高校時代まで集めた雑貨も処分し、シングルベッドにタンス、本棚があるだけで至ってシンプルだ。
 服も下着や部屋着しか実家に置いていない。
 ほぼ空っぽのタンスの中から、部屋着を取り出して並べてみた。
 部屋着と言っても殆どパジャマで、外出できるような服と言えばジャージがあるのみ。

 仕方なくジャージに着替えて、唯一壁に飾られた鏡で全身をチェックした。
 ピンク色が可愛いけど白い縦線がいかにもジャージで、スーツで決めている彼に随分見劣りする。

 母の服は年齢も体型も合わないし……

 鏡と睨めっこをしていると、ふとドアに掛けてあるシフォンドレスが目に入った。
 そう言えば先日、友達の結婚式で帰省したとき、ドレスを持って帰るのを忘れた。
 母がクリーニングに出してくれたらしく、ビニール袋に入ってクローゼットのドアに掛けてある。
 ドレスを自分の体に当ててみた。
 肌色に近いサーモンピンクのドレスは、花柄レースが私を普段とは違う上品で落ち着いた女性に格上げしてくれる。
 でも何のイベントもない日に、このドレスはを着るのは着飾りすぎだ。

 ジャージを着るか、ドレスを着るか。
 ジャージを着るか、ドレスを着るか。
 ジャージかドレスか――

 突極の選択に迫られていると、

「充希?」

 と部屋のドアをノックして、念入りに化粧をした母が入ってきた。
 普段は着ないお出かけ用のワンピースを着ている。
 ギクッとした。
 母にまだどう説明するか考えていなかった。

「藤原さんにお茶出しておいたわよ」

「あ、そうなんだ。ありがとう。突然朝早く押しかけて、ごめん」

  何気なさそうにドレスをドアに掛け戻しながら謝った。

「素敵な人ね~ 名刺もらったけど、会社の経営者なんでしょ? 彼氏を連れて来るなら、先に言ってよ~ もう、びっくりしたじゃない。どこで出会ったの? いつから付き合っているの?」

 母が質問攻めにする。
 ここは逃げられない。
 私は覚悟を決めると、母と向き合った。

「付き合ってないし」

「えっ?」

 一言で片付けようとする私に、母が拍子抜けする。

「つれないわね~ 実家まで一緒に来ておいて、それはないでしょ」

「本当だってば。彼はただの……」

「ただの友達とでも言うつもり?」

 言葉に詰まった私に、母が見透かすように続ける。

「ううん、友達でもなくて……遠い知り合い」

 もう会わない可能性大の彼を、知り合いと呼ぶのもおこがましい。
 咄嗟に「遠い」を付けてしまった。

「遠い知り合いって、何よ? ただの知り合いだったら、どうして一緒に実家まで来て、台所の床で抱き合っていたの?」

 目撃した事実を赤裸々に持ち出して、母が食い下がる。
 私の顔がカーと熱くなった。
 実の親にあんな場面を見られるなんて。

「あれは抱き合っているように見えただけ。スカートを踏んで転んだ私を、彼が抱き止めただけよ。あの時もそう説明したじゃない」

 こんな風にと、あの時の場面を彼役まで演じて、再現して見せた。

「ふーん」と言いながら、まだ母は疑いの目を向けている。

「実家に来たのも……」

 私の言葉が再び詰まった。
 実家に彼と早朝に来た理由。

 それは、彼が緊急にWEB会議をしなければならなくなったからで、事故に遭わなければ、実家に来ることはなかった。そもそも、彼と車で遥々とこんな遠くまで来なければ、事故に遭うこともなかったわけで、元はと言えば、お見合いをしなければこんなことにならなかった。
 お見合いの話だけは、口が裂けても言いたくない。

「たまたまこの付近まで一緒に来たところで、彼の仕事の都合で緊急にインターネットが必要になったから、実家に案内しただけ」

「早朝にどうやったら、たまたまこんな所まで一緒に来ることになるの?」

「複雑な事情があって詳しくは言えないんだけど、要はいろんな不運が重なったの」

「複雑な事情って?」

 母は追求を止めようとしない。
 私は悲劇のヒロインのように影のある表情を浮かべると、伏し目がちに言った。

「今は聞かないで。いつか必ず説明するから」

 キョトンとする母を残し、「ごめんっ」とダッシュでその場を逃げ出した。
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