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第四章 過度に許しはしないけど、過度に仕返しもしません。

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「紅蓮先生は私が高校生の時からちょこちょこ授業を受けに行っていた大学の先生で、大学ではゼミの先生だったの」
恵麻は斎凛王宮で書類をまとめ、機械のレンタルの契約書を作りつつ龍迫に説明を始める。
「高校生が学校をさぼって大学生に交じって高校生が授業を受けているとただでさえ目立つでしょ?しかも、私はサイズが大きい制服を能津家から支給された関係で、余計に目立てって。初めて家庭環境が悪いんだねって声を掛けてくれて色々助けてくれたのよね」
恵麻は懐かしそうに話し出す。
「モデルのバイトを斡旋してくれたのも紅蓮先生なの」
「そうか」
それは、親しいはずだと龍迫は相槌を打つ。
「そういえば、生まれて初めてお誕生日を祝ってくれたのも紅蓮先生だったわね。あっ、もちろん、1対1じゃなくて紅蓮先生のおかげで出来た高校大学の友達10人くらいでね」
恵麻はそういうと、書類を置き龍迫を見つめる。
恵麻には人に話せるような幸せな幼少期はないが、龍迫の両親はとても優しく穏やかな人だと岬や飯田から聞いたことがあった。
「旦那様が一番、嬉しかったお誕生日ってどんなの?」
「そうだな。・・・6歳の時だったかな?プレゼントが部屋一面敷き詰められていたことだな」
「へぇ。素敵。私、旦那様のご両親にお会いしたいわ。どちらにいらっしゃるの?」
「俺は両親が高齢の時にできた息子だから。既にあの2人は王国の末端にある地で隠居生活をしている。会いたいのならば、いつでも行くことはできるが、気が進まない。あの母親は俺と好みが似ていてな。絶対に俺の恵麻なのに、自分の娘だとか言い出してぎゃーぎゃー喚き倒し、数時間くらい恵麻を貸しなさいだの。親孝行って言葉をあなたはなぜ学習しなかっただの好き放題言ってくるのが予想できる」
「ふふふ。凄く仲がいいのね。結婚して、随分と日が経つのにご挨拶をしていないなんて。嫁として失礼だわ。連れて行って」
「分かった。・・・ここから家に帰る途中にあるし、行ってみるか?」
「行くわ!美味しいお菓子を用意して、うんと綺麗にメイクして。可愛いお嫁さんだねって、言ってもらえるように努力するわ」
「可愛い可愛い恵麻はさっき、俺が言ったことを聞いていなかったのか?母親と俺は似てるんだ。それ以上可愛くすれば、母はきっと恵麻を独占したがる。それに、恵麻は何もしなくても可愛い。クレオパトラ、楊貴妃、ヘレネ―または小野小町よりも美しい」
「世界3大美女のほうが美しいわよ」
「会った事あるのか?」
「無いわ。だって、彼女達は昔の人だもの」
「じゃあ。俺の言う事が正しい」
え?旦那様も会ったことないでしょう。
そんな顔を向けると。
「絵を見た事はある」
「それは、私だって見たことがある」
「じゃあ。話が早いな。恵麻の方が美しいと思わないか?思わないというのであれば、それが目が悪いか。美しいとは何かという言葉を正しく理解していないという事だろう。美しいとはどういうものかを説明してやる」
龍迫は立ち上がり、椅子に座る恵麻の肘置きに自分の左手を置き、恵麻の頬に右手を沿える。
「長い黒髪、玉のような白い肌、大きな屈託のない瞳。白くて、長くしなやかな手足に・・・」
「スト―ップ!!!機械の借用書と技術者派遣の契約書作らなきゃ」
「逃げても構わない。どれほど恵麻が美しいのか。自分が世界で一番美しいという事を理解できるまで淡々と、永遠に教えてこもう。恵麻は聞きながら、自由に仕事をしてくれて構わない」
「そんな、恥ずかしい事を言われて。仕事が続けられるほど私の精神は屈強ではないわ」
「恥ずかしい?俺の恵麻は、事実を言われて恥ずかしいと感じるのか。なんと、謙虚で慎ましいんだろうか。そういう精神も美しいと俺は思う」
何を言ってもこの男はやめる気が無いわね。
恵麻はふいっと視線を逸らせ、窓の外に視界が行った時だった。

あれは・・・。
継母の妹と義弟。琴美の両親と琴美姿が目に入った。
「どうしたんだい?俺の大切な恵麻の表情が曇った。どんな汚いものを見たのかな?掃除をしてやろう」
「何も見ていないわ」
恵麻はそういうと、カーテンを束ねている長いカーテンタッセルを解くと紐の先端を龍迫に渡す。
「おいおいおいおい。だから、どうして、僕の恵麻は道じゃない所を行くんだ」
窓を開けると体を放り出す恵麻に龍迫はため息をつきつつ紐をしっかりと握りしめた。
ここは2階なので、恵麻であれば飛び降るだろうところを紐ありで降りてくれるのだからまだ良いといえばいい。
「ご主人様は階段を使って、奥様を追いかけてくださいね?」
飯田は窓の前に立ちふさがり、岬は窓を閉める。
不服ではあるが、龍迫は足早に部屋を出た。
戦闘などには秀でているが、飛んだり跳ねたりという動作は鍛錬していない。

***
琴美は両親と納屋の後ろに向かい合っていた。
周囲に人気はない。
「給料日だろう。金だしなっ」
荒々しい口調で言う母親に恵麻は足音で気が付かれないように靴を脱ぎ、そっと歩み寄る。
足の裏に土のゴロゴロとした感触を不快に思い恵麻は苦笑する。
能津家では、支給される靴はサイズ違いの粗悪品で靴を履いている方が痛い時もあったのに今は上質な靴ばかり履いていてすっかり慣れてしまった。
「今日はお給料日ですが、手渡されるのは帰宅の時です」
毅然とした態度で両親に答えようとしているが、琴美の声は震えていた。
「前回の給料も半分以上、私たちに渡してないじゃないか!貯金をよこせ!まさか、全部使ってないだろうな!」
人間は本当に変わるものね。
叔母さん達、前は琴美ちゃ~ん♡っと、ハートマークをつけて呼んでいたのに。
「貯金の半分は看護学校の学費に回していて残っていません」
「学校なんて通う余裕があるなら、親に仕送りをするべきだろう!この親不孝者っ!さっさと、金出しな!」
琴美の髪の毛を叔父は掴むと、床に叩きつけた。
やりすぎだわと飛び出た恵麻だが、恵麻の前に一人の男性が飛び出た。
一瞬、龍迫かと思ったが。
龍迫よりも幾分、キレがない動きに見上げるとそこには紅蓮がいた。
「なんだお前はっ!親が娘に何をしたって、誰にも止める権利はない。子は親の所有物だ!子は親を養う義務がある」
紅蓮は叔父に蹴りを入れられ、その場に蹲る。

「愛しの恵麻の前で、暴力はやめてもらおうか。全く。存在だけでも俺の恵麻の心を乱す有害物。俺の恵麻になんてものを見せ、聞かせてくれるんだ。あぁ、恵麻。怖かっただろう」
無謀にも龍迫につかみかかろうと叔父は襲い掛かるが、龍迫は恵麻をお姫様抱っこをするとその長い脚で蹴りを入れ失神させる。
全く。恵麻に実害がないと思いこの叔父夫妻は放置していたが・・・。
こんなものを見せるなんて。
排除しておけばよかった。
龍迫はどこからともなく、左腕に恵麻のお尻を乗せると恵麻の右手首に手錠を掛け、自分の左手首と繋いだ。
「だ、旦那様!」
「恵麻。2階の窓は出入り口ではない」
「知っています」
「知っているのと、理解していることは違う」
「ごめんなさい!でも、そのまま飛び降りるんじゃなくてきちんとロープを・・・」
「恵麻。アスレチックでロープで板を登ったり、降りたりするものはあるが。壁は板じゃないし、カーテンタッセルはロープではないし。恵麻には沢山、伝える事があるようだ。大丈夫だ。時間はたっぷりある」

龍迫は恵麻に淡々と言いながら、ルーテと王宮の兵士も連れて来ており。
彼らに叔父夫妻を連行させ、琴美と紅蓮は医務室に連れて行かせた。

左腕だけで、成人女性を抱っこし続けられるなんて。凄い腕力だなぁ。
ルーテは恵麻を諭す龍迫を眺める。
当然片腕だけで、抱かれ、逃げ場がなく不安定な恵麻は龍迫の肩に手を付く。
「外では靴を履いておく必要があるんだ。万が一、ガラス片が落ちているかもしれないし。尖った石があるかもしれない。恵麻の足は美しい。そして、良い匂いがする。何度も何度も舐め、嗅いだ俺はそれを誰よりも知っている。恐らく恵麻より恵麻の味を知っている自信がある」

「旦那様。お願いっ!止めて、ストップ!全面的にすべて私が悪いです。ごめんなさい」
恵麻の悲鳴が虚しく響き。
「俺は恵麻に再教育をすることにした。俺の感性が全てではないが、俺色に染まってもらおう。もちろん、日常生活から夫婦の営みにおいてもな」
「だ、旦那様っ!」
ちゃっかり、夫婦の何ちゃらとかどさくさに紛れて何を教育しようとしているのですか!
恵麻は心の中でも悲鳴を上げた。
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