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第二章 公爵は身代わりの花嫁に接近したい

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「おかえりなさいませ。ご主人様」
龍迫が家帰ると一斉に、そして丁寧に頭を下げるメイド、執事、護衛達が玄関で待ち構えていた。
ヘリコプターが屋敷内に突っ込むという事故があったにも関わらず。
使用人の表情は良い。

「あぁ」
龍迫は短い返事をして、周囲を見渡すが恵麻の姿はない。
俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるなと言ったのだから仕方がないか。
今朝、屋根裏部屋で”いってらっしゃい”と言われたので”おかえりなさい”と出迎えられるのを期待していた。
「あいつは?」
「恵麻様でしたら、しかるべきお部屋にいらっしゃるのではないかと」
常に冷静な飯田の声も浮き足立っていた。
慕う女主人が、尊敬するご主人様と戸籍上ではなく。
本当の意味の夫婦になる。
こんなに嬉しいことはない。

“しかるべきお部屋”

飯田の言葉に龍迫は自室に向かう足取りが早い。
そして、気がつけば全力で走っていた。周囲に急かされるままに入浴を済ませ、就寝準備を整える。

・・・まさか。

寝室に入ると、妻の寝室でもある隣の部屋との扉が少し開いていた。

・・・まさか。

あれだけの事を言っておいて、隣の部屋で夫婦の展開。
なんていうのはご都合主義かもしれないが、期待はしてしまう。
「おい」
龍迫は声を掛けるが、ドアの向こうから返事はない。
「入るぞ」
声をかけ、ドアを開けるが、今日整えられたばかりの綺麗な部屋があるだけ。
肝心な部屋の女主人である恵麻の姿はない。
“しかるべき部屋があるだろう”と言ったら。
“かしこまりました”と返事をした。
だから、自分の隣の部屋。
女主人でもあり、妻として相応しいこの部屋にいると思ったが。
いない。
はぁ・・・。
龍迫は壁に手をつく。
考えろ。
あいつは前になんと言っていた?
家からは出ていないはずだし。使用人達もここに恵麻がいると思っていたはずだ。
あぁ、そうだ。
屋根裏部屋で生活ができないなら、メイドの寮に行くと言っていたな。
それを俺は止めた。
止められたら、どこに行く?
俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。その声を聞かせるなと言われ、屋根裏部屋に自主的に行った女だ。
あいつの思考回路として、メイドの寮よりも良い所に行くとは考えられない。
そうなれば・・・・。
「ご主人様?いかがなさいましたか?」
部屋からふらふらと出て来た龍迫に飯田は驚きながら声をかける。
「恵麻を探している」
「え?恵麻様をですか?」
周囲にいた使用人達も顔を見合わせた。
「恵麻様はご主人様の隣のお部屋にいらっしゃらないの?」
「恵麻様のしかるべきお部屋って、どこ?」
「門番に今、無線で確認したらお屋敷からは出ていないそうよ」
口々に言う使用人達の前を通り過ぎ、龍迫は屋敷の中を歩く。
どこだ。
どこにいる。
音楽室、映画シアター室、お風呂場にトイレを見て回るがいない。
となれば、物置か?納屋か?階段下?食品貯蔵庫?
龍迫は歩いて、歩いて、歩きまわる。
土下座でもして謝ろう。
俺とあいつの関係は刻々と悪くなっていっている。
本当ならば、噂に聞くような女ではないっと思ったこの屋敷にきた翌日。
パンの耳を齧りながら、東屋に行った後を追いかけ詫びればよかった。
龍迫は広い屋敷をはじめは歩いていたのだが、早歩き、小走りとどんどん早くなり最後は走りながら探し出した。

***
「あれ?恵麻様?こんな所でどうされたんですか?探し物ですか?手伝いますよ」
恵麻の名前を呼ぶかすかな声に龍迫は足を止めた。
身を振り返すと、足早に声の聞こえた方に向かう。
屋敷には物置は数十か所ある。
「護衛の三木さんよね。今日は夜勤?ご苦労様」
恵麻は使用人全員の顔と名前を覚えており、にっこり微笑みいうと、三木は恵麻が探し物をしていると思い込み手伝う気満々で物置の中に入る。
「探し物じゃなくて。しばらくここで生活しようかなと思って」
物置は生活をするところではない。
物を保管する所だ。
お前は物ではない。
龍迫は声を荒げるのを必死で抑え、物置に入ろうとするが・・・。
こうなった原因は自分にある。
普通の夫婦であれば。
それ以前に普通の人間関係を形成していれば。
仕事相手だったとしても中に入れるが、今までの事を考えると入れない。
「なっ!いけません!」
三木は声を上げた。
「ふふふ。ありがとう。けど、公爵家の物置は一般的な家庭のお部屋より豪華で快適よ」
「恵麻様。しかるべきお部屋に行かれないのですか?」
三木は物置にある椅子に座る恵麻の前に膝をつく。
「しかるべき部屋って、公爵様も言っていたけれど。どこかしら?」
真顔で言う恵麻に三木は膝をついたまま恵麻を見上げる。
「しかるべき部屋は奥様の使う部屋。ご主人様の隣の部屋ですよ。どうして、こんな所にしかるべき部屋がなるんですか。こんな生活をなぜ心優しく明るいあなたが・・・。俺の家に・・・」
「誤解を生むわ」

―――僕の家に来てください。

―――僕の家に来い。

最後の語尾をどうするかは分からないが、三木が今言おうとしている言葉はその類いの言葉だ。
恵麻はそっと三木の口を人差し指で塞ぐが三木はそんな恵麻の指を握る。
「恵麻様は優しく、働き者で、心優しくて、美しい。ご主人様は何を考えている!奥様の事をなぜ、ご主人様は大切にできない!気にかけないんだ」
「屋根裏部屋は自分で選んだのよ。それに、公爵様は気にかけているわ。気にかけていなければ、あんなに屋根裏部屋が豪華にならなかったし。最近、公爵様はよく会いに来てくれているのよ?」
恵麻はそんな三木の頬に手を当てる。
「この有栖川公爵家の領地での政策や事業はどれも無駄な所が一切ない。とても合理的で、ほれぼれするわ。今回の妻の購入も姉が来なかった以外はとても合理的」
三木は恵麻の細くて白い綺麗な手に自分の手を重ねる。
貴婦人の手とは違い傷一つないというわけではないが、艶やかで美しい。
「恵麻様。僕があなたを・・・あなたを・・・」
駄目よっと恵麻は首を振った。
「もうすぐね。能津伯爵領で私がやってきた事業が私の手を離れても大丈夫な状態になるの。この有栖川公爵領で始めた事業も順調。後、3か月くらいここで生活をして。辛いなって思ったら、ちゃんと公爵様にお話しして私は私のタイミングで出ていく」
そう言うと、三木に微笑む。
「さぁ。持ち場にお戻りになって」
そう言って促すと、三木は拳を握り締めた。
「恵麻様っ」
三木は恵麻を一人の女性として愛していた。
「何も言わずに行くの。これは、命令よ」
恵麻は好意を持っていることを確信すると、力強い声で命じた。
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