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第一章 身代わりの花嫁は翌日から愛される

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「恵麻様、大丈夫ですか?」
普通の令嬢ならば、ここで泣き出すか。青ざめるか。
気の弱い娘ならば、失神でもしかねない場面なのだが・・・。

「男は連れ込まないけれど、誰かにそう思うようにおとしいれれられる”可能性は十分あるわ。裸を大勢の人に見られるのは不本意で恥ずかしいけれど、死ぬこと以外はかすり傷。いっその事、誰かに色目でも使って、布を懇願してもらい逞しく生き抜くわ」
ふふふっと面白がるように肩を竦めながら、恵麻は岬と飯田に言うと2人は度肝を抜かれたように目を見開いた。
阿婆擦れと名高い女がこんなにさばさばして、度胸が据わっているのか?
「それで?ここの屋根裏部屋は空いている?」
「屋根裏部屋でございますか?」
岬は恵麻の問いに眉間に皺を寄せ、首を傾げる。
全く意図が分からない。
「ええ。どこのお屋敷でも納屋、階段下の物置はメイドさんや執事さんの管轄。屋根裏部屋は季節物とかの使わないものを入れている倉庫。だから、私は人が滅多に来ない屋根裏部屋が大好きなの。寝食を共にしない。姿も声も見せるな聞かせるなといわれている以上、きっと用意されているだろう公爵様の隣の部屋の公爵夫人部屋は公爵様と会うリスク、声を聞かせてしまうリスクが高いわ」
「え、あ、はい」
冷静的確で百戦錬磨なメイド長である岬ですら、淡々と言う恵麻には呆気にとられる。
「10億円支払って、清く正しく美しいと評判だけは良い姉の代わりに嫁いで来たのは、姉とは対照的に評判だけは悪い妹。自分の身の上、どう周囲から認識されているかは痛いくらい熟知しているわ。ふふふ」
楽しそうに言うと、恵麻は言いながら階段上りだす。
「恵麻様っ」
飯田はどちらに行くのですか?っと、大急ぎで恵麻の後を追うが・・・。
恵麻の向かう先は間違いなく屋根裏部屋に続く廊下と階段。
「よく屋根裏部屋の場所が分かりますね」
「建築を大学で軽くかじってね。建物を見ればおおよその構造は分かるの。トラップとか、隠し部屋とかは分からない本当に軽く齧ったレベルよ」
軽く齧ったくらいで、構造が分かるものなのか?
トラップ、隠し部屋・・・。
そんなものはしっかり勉強しても分からないだろう。
岬は心の中で突っ込みつつ、案内するまでもなく屋根裏部屋に辿り着く恵麻の後に続く。
恵麻の口調、立ち居振る舞いに岬も飯田は噂が事実ではないことを一瞬で悟った。
そして、恵麻がここ以外の部屋に行かないことも悟った。
彼女は意志の強い女性だ。
「ベッドや家具を手配いたします」
龍迫もきっと、今の恵麻を一目みれば噂は誤解だと分かるはずだ。
自分達の仕えるご主人様は理不尽な事が大嫌いな人。
事実ではないと知れば、間違いなく恵麻を厚遇するだろう。
屋根裏部屋の床は埃が貯まり、少し薄暗いが大きな窓があり窓を開けると心地よい風が舞い込みすぐに空気が入れかわる。
「雨風しのげる屋根があれば十分。甘えていいのであれば、どんな品でも結構だから毛布と布団と掃除道具を貸してください。じゃあ、飯田さん、今日は遅いからお休みなさい」
能頭伯爵領から電車やバスを乗り継ぎやって来たので、既に時刻は午後11時。
しかし、恵麻は移動中はずっと眠っており、眠くはなく、体力も気力も十分にあった。
さぁ!今から、掃除をするわよ!
恵麻はボストンバッグを部屋の隅にポイっと置くと腕まくりをした。

***
午前6時。
ピカピカになったわ。自我自賛するに値する完璧な掃除っぷりね。
これからの事を考えつつ、掃除を一晩中していたこともあり時間のたつのは一瞬だった。
恵麻は少し欠伸をしながら床や壁、天井の掃除を終え大量の雑巾を抱き上げる。
屋根裏部屋の窓の下ではメイド達が朝の洗濯を始めるのが見えた。
お仲間に加えてもらおう。

「おはようございます」

大量の雑巾を持ちながら挨拶をして、恵麻も洗濯を始める。
メイド達は全員が恵麻を見るが、領民が着る普段着の服の為、メイドも新入りでまだ制服がないメイドかな?そんな程度の認識。
「おはようございます。新入りさん?」
「そうです。恵麻と言います」
“メイドの新人さん”っという質問だったのだろうが。
“有栖川公爵家の新入り家族さん”という意味だと恵麻は理解する。
「凄く汚れている所があったのね」
「ええ」
「汚れ物の洗濯はこっち。真ん中は使用人の洗濯機で、こっちが公爵様と昨日到着された奥様の洗濯機ね」
「ありがとう」
なんて雰囲気のいいメイドさん達なのかしら?
にっこり笑ってお礼を言った時だった。

「なかなか、汚れが落ちないわ」
そんな一人のメイドの声に白いレースのカーテンを見る。
「何の汚れ?ファンデーションかしら?台所用洗剤で簡単に落ちるわよ」
気軽に声を掛ける恵麻に誰も昨日到着した能津伯爵家の長女が”お飾りの妻は嫌だと駄々をこねた結果、送り込まれた次女だとは思わないだろう。
「そうなんですか?」
メイドはそう言うと、立ち上がり厨房に向かう。
そして、とって来た洗剤で洗うとすぐに綺麗になった。
「本当です!綺麗に落ちたわ」
「でしょう?並みのメイドさんよりも掃除、洗濯、料理は上手だと思うわ」
自信満々にえっへんっと、恵麻は少し威張るように胸を張るとクスクスとその場のメイドさん達は笑う。
「このお屋敷にファンデーションをカーテンに付けるような女性がいるの?」
「あぁ。これは、商売女よ。たまにご主人様が呼ぶのだけれど・・・。ここだけの話。お仕事で忙しくて呼んで終わりという事が結構あってね。きっとご主人様に気に入られれば将来は安泰だから、色目を使いすぎて、公爵様にカーテンで縛られたんじゃないかしら?」
「ふーん。まぁ、女性を痛めつけずにカーテンは縛りやすい物ね。俗にいう簀巻き!」
「あはは」
雑談をしながらも笑顔で、洗濯を続ける恵麻に他のメイドも一瞬に打ち解ける。
「えぇ!凄い。あなた、前はどこのお屋敷にいらしたの?」
「能津伯爵家にいたわ」
「そうなんだ。あそこって、清らかな長女と阿婆擦れ次女の姉妹だっけ?」
「半分正解ね。評判だけが良い美人で清らかな出戻り娘長女と伯爵がレイプで家庭教師が産んだ次女よ。次女は男性経験がないのに、経験豊富なビッチ女に仕立てられていてとても可哀想なのよ?」
肩を竦める恵麻にメイド達はそうなの?っといった時だった。
「恵麻様っ!」
悲鳴じみた声に恵麻は振り返る。
「岬さん、おはよう」
メイド長にため口で話す恵麻に今まで雑談していたメイド達は顔を見合わせる。
「何をなさっているのですか!」
「何って。お掃除に使った雑巾を洗っているの」
「なっ。そのような事・・・。本当に屋根裏部屋で寝られたのですか?」
岬は気を回し、貴賓室の場所を書いた地図を差し入れしたので、貴賓室で眠ると思っていた。
「雑巾も洗剤も豊富で、凄く綺麗に掃除できたわ」
ふふふっと恵麻は笑うとメイド達はメイド長と、恵麻を見比べる。

「皆さん。こちらが、有栖川公爵夫人になられた。恵麻様です」
岬の言葉に立っているメイドは腰を抜かし、恵麻の近くにいたメイド達は這いずるように3歩下がる。
「恵麻様?恵莉様ではなく?」
「え?あ、奥様?奥様は金髪では?」
能津家の娘は恵麻以外が金髪だった。
そんな声に恵麻は自身の黒髪を指で摘みながら口を開く。
「恵莉お姉様が嫁ぐ予定が、次女の私になったの。まぁ、公爵様には思いっきり嫌われているし、“しばらく”利用されるだけ。しばらくしたら奥様ではなくなるし、皆さん、気軽に恵麻と呼んで。一通りのお嬢様教育は受けたけれど、実家でも屋根裏部屋で生活して、使用人の皆さん顔負けで物心着いた時から働いてきているから。メイドとしてお仲間に加えて下さると嬉しいわ。私、孤独とじっとしている事が苦手なの」
困惑する一堂の反応を慣れたように見渡すと、立ち上がる。
「洗濯機が回り終わった頃にまた来るわ。私の悪口大会を開いてくださっていても大丈夫よ」
にっこり笑うと、恵麻は水を頭から被る。
今は4月で春なのだが、2日間、お風呂に入らず一晩中掃除をしていたら汗はかく。
「え、恵麻様!」
岬は驚愕の声を上げるのだが。
「すっきりしたわ。じゃあね」
そんなに驚くかしらとでも言いたげに恵麻は手を振ると、洋服の裾、長い髪の毛を絞り水が落ちないようにすると一度屋根裏部屋に戻る。
体にまいたさらしをとり、メイクをして、服を着替えて向かう先は厨房。
「おはようございます。昨日から、奥様ポジジョンになった恵麻です。食材、貰うわね」
厨房の誰かに言うという風ではなく、全員に聞こえるように言うと厨房のゴミ箱から捨てられたばかりの食パンの耳をラップの上に置く。
今の時間帯は生ごみと言えど、まだまだ食べられるものが放り込まれている。
恵麻はふっと、棚にある艶やかなイチゴをじっと見た。
「美味しそうね。イチゴには目がないの。食べていい?」
「も、もちろんでございます。奥様」
現れるのは、岬から連絡を受けただろう飯田。
「飯田さん。ありがとう。岬さんには言ったけれど”恵麻”と名前で呼んでもらえると嬉しいわ。じゃあ、厨房の皆さんごきげんよう。お邪魔しました」
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