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第一章

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「こんな待遇はあんまりです。お嬢様、今すぐ家に帰りましょう。国王に言いつけましょう」

武甜大帝国を救った英雄と名高い血も涙もない鬼頭公爵家に嫁いだ国王の孫娘。
杏の待遇に全身を震わせ怒りを無理やり押さえつけながら、杏の腕を引っ張るのは杏の側近メイドにして秘書の仕事も担う牧村瑠奈まきむらるな
「牧村。何を怒っているの?」
杏は怒そう言うと鬼頭公爵家の駐車場の脇に建てられた小屋に近い家に入り鍵を閉める。
「最高じゃない」
杏はそう言うと小屋を見渡す。
冷暖房完備で簡易シャワー、トイレ、ベッドとソファーセットが置かれているし。
シャワー室の床は最高級の大理石。トイレはウォッシュレット付きで、ベッドも最高級の羽毛野は行ったふかふかベッド。
「鬼頭公爵が何をどう考えているのかは分からないけれど、まだまだ武甜大帝国の防衛費はかかる。一夫多妻から一夫一妻国家にはなったけれど、まだまだ、国王おじいさまの側室達は浪費もする。お金を稼がなきゃいけないし。鬼頭公爵には防衛も頑張ってもらわなきゃいけないわ。私はこの近代的で文化的で自然豊かなこの国が大好きなの」
自国を守るためには独身時代のように国家経営の会社を祖父が表舞台には立ちながらも、杏が影で動かしお金を稼ぎ続けなければならない。
公爵家の模範的な妻などしていられないし。
一度ぐらい人妻という立場になってみたかった。

杏は牧村にメモを渡す。
「リストの物を用意してちょうだい」
「嫌です。私はお嬢様を連れて家に帰ります」
「この国が滅べば私も牧村も路頭に迷うことになるわよ。いいえ、もっと酷いわ。きっと容姿端麗の私はきっと奴隷商に直ぐに捕まって。あんなことや、こんなことを共用されてしまうわ。あぁ、怖い」
杏は大袈裟に言うと牧村は不服そうにメモを受け取る。
「護衛に佐藤と高木を護衛として残していきます」
「ありがとう」
牧村にも親兄弟、友達がいる。だから彼女も従うしかない。
女の社会進出が少しは進んでいるとはいえ、貴族の当主も官僚も男ばかりだ。
どんなに優秀でも女は表舞台には出れない。
貴族の伝統的な妻になればこの国は資金難で滅ぶ。
いよいよ、25歳で阿婆擦れも厳しくなってきたし・・・。

ーーーぐぅぅ。

杏のお腹の虫がなり杏は腕時計を見る。
お腹がすくには妥当な時間ではあるが、いつも昼食は15時前後が多くて、昼食を食べながら今食べているのが夕食か昼食か悩むことも多い日々。
お腹が減るのが早いなと杏は思った時だった。
「杏様。最後にお食事をとられたのはいつか覚えていらっしゃいますか?」
「食事?えぇっと・・・。今朝は時間が無かったから朝ごはん食べてないし。昨日の夜は疲れ果てて寝てしまったわね。昨日のお昼は・・・。えぇっと、食べたかしら?」
佐藤に答えると、高木も口を開く。
「昨日は食事をお召し上がりになっていません!私が差し入れたマカロン1つだけです」
護衛として控える髙木の言葉に杏は少し押し黙ると何かを閃いたように自身の人差し指を顎に着ける。

「太陽が出ているから光合成でなんとかなるわ」

「すっとぼけるのも大概にしてください。お嬢は体の中にミトコンドリアを持っていないでしょう。光合成するのに必要な構造を体に宿してから言ってください。さぁ。飯っすよ!」
高木はそう言うと杏はクスクス笑う。
「二人も何か食べてきてください。着替えて、お屋敷の厨房でオムライスの気分だからオムライスを食べるわ」
「我々を遠ざける事はいけません。我々は杏様の護衛です」
「離れませんよ?」
二人は断固として断るのだが・・・。

「5時間以上の勤務をする場合は1時間の休憩時間を与える事と労働基準で決まっているの」
杏はピシャリと言い切り二人を追い出すと小屋に鍵をかけて、さっとオフショルダーのワンピースに着替えると香水をつけた。
そして、鬼頭公爵家の屋敷の地図を片手に屋敷に向かって歩きだした。

公爵家の屋敷の中に入ると50歳前後の女が立ちはだかった。
「私はここの女主人であり、国王が溺愛する孫よ。どきなさい」
鬼頭公爵家の屋敷の地図は祖父に頼み入手していた。
メイト長は汚物でも見るような目で杏を屋敷内に入ろうとするのを止めよくとするが公爵家の正式な妻である以上は”女主人”であり、国王の孫。
何も言えなきメイド長を背後に真っ直ぐ向かった先は屋敷の厨房。
「何をなさるおつもりですか?」
「見て分からない?お昼ご飯を作るのよ」
「公爵令嬢の奥様がお料理などできるものですか」
「ふふふ。それが出来ちゃうのよね。あなたメイド長の志紀さんよね?一緒に食べない?私の作る典型的なオムライスは美味しいわよ」
そう言って杏は人参、玉ねぎ、ピーマンを食糧庫から取り出すと手早くみじん切りにして冷凍してあるお米と一緒に痛めて卵をボールに割ると手際よくかき混ぜる。
「半熟?しっかり焼き?どちらがいい?10秒以内に選んでくれないと強制的にしっかり良く焼きタマゴのオムライスになるわよ」
「はっ半熟で」
あまりの手際の良さ、屋敷の玄関から広い屋敷の厨房にたどり着いたこと、メイド長である自分の名前を知っているのか。
厨房にたどり着くだけではなく、初めて訪れる厨房で無駄な作業なく食糧庫やらフライパンを取り出す杏に下調べが全て済んだ上で頭の中に入っていること。
色欲にしか目がない無能な阿婆擦れ女と有名なのに・・・。これじゃ用意周到な魔女ではないかと杏を見ている中で彼女は見事な手際でご飯を作り終える。
「監視をしていたんだから、毒が入っていない事は分かっているでしょう?さぁ、食べましょう。志紀さんの休憩時間は今日は14時から15時でしょう?」
杏は適当に椅子を引き寄せると厨房の机の上にオムライスを乗せる。
「シフトまで把握しているのか」
志紀は怖さを感じつつも目の前にいい匂いのするご飯を置かれ、女主人から進められれば食べない理由はない。
「・・・いただきます」
パクリと一口食べると思わず目を見開いた。
「美味しい」
「美味しいのは当然。お口にあって良かったわ」
さらっと言う杏に志紀はまじまじと杏を見る。
国王の孫である武甜公爵家には何人ものメイドがおり彼女がなぜご飯を作れるのか分からない。
一瞬、虐げられているのかとおもったが・・・。
手は艶やかでネイルはしていないが爪は磨かれていた。
「志紀さんは鬼頭公爵が手配してくれた監視役でいいのよね?私は掃除洗濯ができる家庭的で”モテる女”だから小屋に立ち入ることは禁止するわ」
屋敷に入った瞬間から張り付くようにいる志紀は監視役であるだろうと杏は言うと彼女は監視役だったようで、何も言わない。
「・・・今朝、屋敷に来たときは派手なネイルをしていたと」
「取り外し可能なネイルチップよ」
杏はそう言うと重さを感じながらも俊敏性のある足音に顔を上げる。

――――30分前
「旦那様。大変でございます!」
鬼頭紅蓮の執務室に一人の執事が走ってやって来た。
「あの女が屋敷の厨房でご飯を作っています。旦那様に一服、盛るかもしれません」
妻が飯を作れば夫は食べるのが普通であるが、紅蓮はどこの馬の骨か分からないような女の飯を食べるようなことはしない。
厨房といえば包丁が揃っている。
自殺をするようなたまには思えないが・・・。
国王の孫に死なれれば、折角、功績を積み重ね手に入れた公爵の地位をはく奪されかねないし。
何より、あの女は美しい。男として、やはり、目の保養となる女に消えて貰うのは目覚めが悪い。
だから紅蓮は仕事を放りだし大急ぎで厨房にやって来たのだった。

「おい」

なんなんだ。
今からどこに遊びに行くつもりだ?
公爵夫人としては失格な肩を見せつける派手なワンピースにその美しさを引き立たせる派手な化粧。
名ばかりとは言え妻。
嫉妬のような感情が紅蓮の心を支配しつつも平常心を保ち対面する。
「あら?鬼頭公爵もオムライスを食べに来たの?」
屋敷の中に刃物があるのは厨房と護衛達の詰め所のみ。
まさか厨房の本来の使い方をするとは夢にも思わず。ご飯を食べている杏に呆気に取られる。

悪評名高い自殺なんてするはずないか。
こいつは少々、俺に何かを言われて死ぬようなたまではやはりない。
「見るからに美味しそうではあるが、貴様の作った料理なんぞ、毒の1つや2つが混入してそうで食えるものか」
忌々しそうに言う紅蓮に杏は見るからに美味しそうと褒められふふふっと妖艶に微笑む。
「少し残念だけれど、作る手間が省けて良かったわ」
杏は色っぽく見るからに美味しそうなオムライスをパクパク食べながら、立ち上がろうとする志紀の肩を抑えて座らせる。
「食事中に立ち上がるなんて無作法よ。鬼頭公爵はオムライスを食べないから、給仕も必要ない。冷めるまでに食べてしまいなさい。男は胃袋で落とすもの。私のオムライスは美味しいでしょう?」

杏はそう言うとオムライスを一掬いして立ち上がる。
「男の落とし方は容姿、口調なんていう生まれ持った才能だけではないの」
そういって美味しそうな半熟トロトロオムライスを杏は紅蓮の目の前で食べる。
「ふふふ。美味しい」
うっとりと食べる杏に昼食を食べていなかった紅蓮も見るからに美味しそうなオムライスにゴクリっと息を飲む。
「男は目で落とし、胃袋で落とし繋ぎとめる」
ふふふっと杏は笑うと紅蓮は舌打ちをする。
「俺の屋敷で自由に振舞うな」
唸るように言う紅蓮に杏はクスクス笑う。
「私を飢え死にさせれば、お爺様が黙っていないわよ?」
杏は忌々しそうに言う紅蓮に言い切るとさっさとお皿にラップをかけて聞きなれた軽快な足音にフライパンを洗う。
ピリピリとした空気が漂う中、厨房に飛び込むように入って来たのは佐藤と高木の2名。
鬼頭家に入り込ませた配下の者から、杏と紅蓮が厨房で会っていることを聞きつけたのだった。

「「ご無事でございますか」」

部屋に飛び込んできた二人に杏は肩を竦める。
「杏様を敵の巣窟で一人にさせてしまい申し訳ございません!鬼頭公爵と自分とが対峙しても自分の負けは周知しておりますが、死ぬまで守ります」
「お嬢様っ!お嬢様のオムライスでしたら、コンビニ飯の何倍ものおいしさ。我らにも作って食べさせてください!嫌がらせですかっ!」
「ふふふふ」

杏は2人にクスクス笑うと紅蓮は2人の護衛を見覚えのある顔だとみる。
「あの小屋に男を連れ込むのは勝手だが、本邸に男を連れ込むな」
護衛の範疇を越える発言をする2人の男に紅蓮は言うと2名はその場で紅蓮に膝をつく。
「鬼頭公爵。自分も佐藤も国王配下の軍隊長の1人です。杏様の男になどなれませんし、杏様に対する侮辱でございます」
高木は言うと杏はオムライスの乗ったお皿を持って高木と佐藤に行きましょうと合図をする。
「じゃあね。い・と・し・の鬼頭公爵」
去り際にウィンクをする案の破壊力は抜群だ。

ーーードキッ。

 誰にでもしているのだろうウインクの分かっていても紅蓮は思わず顔がはにかみそうになるが必死に仏頂面を作る。
「杏様の料理の腕は見事でございました」
報告をする志紀に紅蓮は少し考える。
貴族の娘は料理などはしない。
「杏様の護衛の立ち居振る舞いは兵のようですね」
あまりにも腕が立つ者を屋敷においておいてよいのでしょうかと鬼頭家の護衛達を心配する志紀に紅蓮は思い出した。
あの2人は王国軍の10人いる軍隊長の2人だ。
紅蓮が国家を守るために指揮をとった際に何度もあっている。
二人とも汚い事、不正を許さない性格で、任務に忠実であるが国王に例え命じられたとしても杏に付き従うタイプではない。
あの女は面白い。
10年前に初めてあった時から、よく分からない女だと思ってはいたが・・・。

―――10年前。
紅蓮が初めて杏と会ったのは、杏が15歳で社交界デビューをはたした時だった。
「あら?私の手を取るということは、王子は私と深い関係になりたいという事?」
パーティー会場の中央で一国の王子に手を取られ、彼女は15歳と言う若さにも関わらず全員が見惚れるほど妖艶に微笑んだ。
この国の年若い女は淡い色を好むが、杏は紫に黒のレースを基調としたドレスで身を包む。
「あぁ、その通りだ。杏嬢」
王子は答えると杏は鼻で笑う。
「いいわよ。じゃあ、まず、あなたの抱えている王妃候補を全て国外へ追放してください。わ・た・く・し。愛すよりも愛されたい。私と深い関係になりたいのであれば、そのくらいの誠意を見せるのは同然」
社交界デビューの1回目にダンスを踊ると言う事は、少なくとも婚約者候補。結婚相手の候補という事。
「なっ!一介の公爵令嬢が一国の王子にどこまで無礼なんだ」
「あらぁ?私の気位の高い中身がお好きなのではなく、あなたは私の容姿だけがお好きな頭が空っぽなお人なの?」
「貴様っ」
杏は怒りだした王子の唇に己の人差し指を当てる。
「それとも・・・。国の事を考えている名君となるかもしれない男なの?」
妖艶な彼女に王子は見とれて黙り込むが家臣に名前を呼ばれ我に返る。
「貴様のような小娘の為に有能な王妃候補を国に追放できるわけがないだろう!調子に乗るな!」
「ふふふ。調子になんて乗っていませんわ。私は美しくて気高いの。手間、暇、お金をかけてくれる人としか交わりませんわ」
なんて高飛車な女なんだ。
侯爵令嬢である娘とダンス1つ踊る為に王妃候補を追い出せる王子なんていないだろう。
紅蓮は絶対にお近づきになんてなるかと10年後、まさか妻になるとは思わず心に決めた。
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