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「あれが鬼の伯爵に嫁いだ。1晩で10人の男を手玉に取った武甜大帝国の国王陛孫娘か」
その日、武甜大帝国の国王の80歳の誕生パーティーが行われた。
国内外問わず各国の権力者が集まる中、一台の車から出て来た若い夫婦を誰もが見る。
降りてきた女は武甜大帝国の国王の孫娘というだけでも人目を引くが、それ以上に世界中の男という男を虜にする美しさを持つ上に1晩に10人の男と戯れるほどの無類の男好きとの噂。
毎夜、毎夜、違う男と一夜の戯れを過ごす彼女は国に年間1000兆円の富をもたらすほど商才を持ち。
武甜大帝国の稼ぎ頭だったと聞く。
まさに”英雄色を好む”という言葉が相応しい彼女の所作は美しく、隣に立つ夫の手を取るその動作は誰もが息をのみつつ彼女の噂を知る1人が呟くと・・・。
「鬼の成り上がり公爵に結婚破棄、離縁状を叩きつけられた女か?鬼を手玉に取る阿婆擦れ女だけあって見事な美しさだ」
「俺もあの阿婆擦れ女が遊んでいる五万といる男の1人に志願したいぜ」
口々にどこからともなく会場には彼女の噂を信じる有象無象の人の声が響く。
けれども噂の声は長くは続かなかった。
彼女の隣にぴったりと佇む夫である鬼頭公爵の一睨みに全ての男が目を伏せ固まった。
彼は人間であるが、それが嘘か誠か信じがたいほどの殺気に彼女を見続けることができなかったのだ。
まさに鬼の消印と異名が彼ほど似合う男はいない。
”殺される”
このまま彼の妻をを見続ければ間違いなく彼に末代まで呪いか、祟りか。そうでなければ実力行使で殺される。
「旦那様。感謝いたします」
夫が牽制してくれたことに杏はお礼を言うと今にも噂を口にした人を殺そうとする夫の腕を引っ張った。
「そうだな」
夫はそんな妻の腕に小さく息を吐く。
「急ぎ武甜国王に挨拶をしなければ。溺愛する孫娘夫妻が遅れた理由は孫娘である妻、杏にあるのに責められるのはいつも俺だ」
うんざりしたように足早に国王の元に再び歩き出すので妻は苦笑した。
「焦るくらいなら予定通りの時間に家を出ましょう」
”急ぎ向かう羽目になったのは旦那様のせいよ?”
そう言わんばかりに杏は言うと興味津々に見つめて来る女性陣をちらりと見る。
「いつまでたっても私の写真を撮り終わらないから」
案はパーティーの開始される30分前に到着できるように準備をしていたのにも関わらず。
衣装部屋から玄関までの間、夫である紅蓮が写真を連射だけでは飽き足らずポージングを事細かく注文してくるので結局パーティーの開始に10分遅れたのだった。
「写真をやめられなかった原因は杏の魅力的な”妖術”のせいだ」
俺は悪くないと言わんばかりの夫に杏はクスリと笑う。
「私は人間よ。妖術なんて使えないわ」
「使える」
彼女の夫の紅蓮はそう言うと杏の腰に腕を回しその頬に手を当てた。
「杏は美しい。奇跡の存在だ。国王に挨拶なんてやめて家に帰ろう。清廉潔白の杏をふしだらな女と根も葉もないことを風潮する輩と同じ空気を吸わせたくない」
なんだかんだ口実を付けて帰ろうとする夫に杏はため息をつく。
「まだ会場の中にも入っていないうちから何を言っているの?さっきは蚊が飛んでいる気がするから帰ろう。その前は雨が降る匂いがするから帰ろうだったでしょう?」
今回の帰る理由は一番、もっともらしいが。
彼にとっては帰れれば理由なんてどうでもいいことは分っている。
国王であるお爺様に挨拶をしてから言ってちょうだいと言わんばかりの妻をお構いなしに紅蓮は男らしく会場の外に向かってエスコートをする。
「分かった。あぁーだ、こぉーだと醜く言うのはめよう。今すぐ俺だけの妻を抱きたい。杏の吐いた息を他の人間が吸うと思うだけで反吐が出る。嫉妬で狂ってしまいそうだ。愛の巣に戻ろう」
「愛の巣って。公式の場ではきちんと”家”と言ってください」
迫りくる夫の顔を杏は掌でそっと押した時だった。
―――ガンッッ。
柱を蹴る音に紅蓮は会場の扉をうんざりしたように見ると、そこに立っていた人物に軽く舌打ちと共にお辞儀をする。
杏は物音を立てたのは、確認するまでもなく堂々と妻を口説いているのに水を差し来るのはこの国の国王である杏の祖父。紅蓮にとって杏と婚姻したことで家族として増えた義祖父であることが分かっているので振り向きながら美しく一礼する。
「ごきげんよう。お義爺様」
涼しい顔で言う杏に一瞬、国王はにこやかに笑うとそんな顔とは対照的に国王の顔は怒りに満ちた顔で紅蓮を見た。
「鬼頭のクソガキ!杏の旦那だからといって杏に触れるな!貴様を我が国を豊かにする高額納税者!名誉勲章を与えてやる唯一の孫とは認めてやるが、杏の旦那とは認めない!」
めちゃくちゃことを言いながら怒鳴る国王に紅蓮は涼しい顔で笑う。
「それは無理な命令です。妻に触れない夫などはいない。それに・・・」
紅蓮はそこで言葉を切ると杏の後ろに回り込み杏を腕をクロスするように抱きしめその頬に自分の頬を当てながら国王を見る。
「国王陛下もよく見てください。この美しい顔、この美しい瞳、この美しい声。そして何より、この美しい魂!」
魂は目に見えないのだがと突っ込みたいのを杏は押し殺して黙り込む。
口を話せば更に二人の言い争いは長くなるのだ。
「全部知っている!貴様とは違いワシは杏が生まれた時から”の”家族なんだからな!」
国王はそう言うと問答無用で紅蓮と杏を引き離そうと紅蓮の腕を引っ張るのだが紅蓮は絶対に杏を放さない。
まるで年の離れた子供の喧嘩のような二人に杏は祖父の手を取った。
「お爺様。お誕生日おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。孫夫婦から私的な贈り物をお渡しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って杏は祖父の手を取ると車を指出す。
そこにはメイドがリボンのかかった箱を持って立っていた。
「おぉ!プレゼントか。嬉しい。わしの好きな赤の箱にゴールドのリボン。素晴らしい。センスがいい」
国王はそう言うと嬉しそうに箱を開ける。
箱の中にはマフラーと花束、ダイヤのあしらわれたネクタイが入っていた。
「なんと暖かそうなマフラーだ。・・・この趣味の悪いネクタイと鼻につく花は貴様だな」
国王はマフラーを手に取ると、ネクタイと花束を怪訝そうに見る。
「はい。私がお爺様の為にネクタイと花束を”わざわざ”ご用意しました」
売り言葉に買い言葉なのか、紅蓮は言わなくても良い言葉を強調すると国王は眉間に深い皺を入れる。
「ふっ!受け取るが!感謝はせん!感謝して欲しければ孫娘を私の元に返せ!」
「ひ孫を一時的に英才教育の一環として数日間、お渡しする事はできますが、お孫さんをお返しする事は致しかねます」
紅蓮は不敵な笑みを浮かべながら挑戦的に国王を見た。
「なっ!!!!ひ孫だと!ひ孫を増やすんは何をどうするか貴様っっ!分っていてモノを言っているな!」
人間を生み出すには何をどうするかはある程度の年齢になれば誰もが知ることだ。
国王は汚らわしいと言わんばかりに紅蓮を見るが、彼は涼しい顔で笑う。
「勿論分っておりますし。妻に手を出さない夫はこの世に居ません。”杏”に瓜二つのひ孫の顔は見たくないのですか?」
紅蓮はそう言うと国王は黙り込み。
杏は紅蓮そっくりな子供かもしれないわよと突っ込みたくなるがパーティーの主役でありこの国のトップが声を荒げている姿をこれ以上見せてはいけないと口をつぐんだ。
「俺以外が妻に触れようものなら問答無用でその男を殺します。では、国王陛下でありお爺様の誕生日を祝いたく存じますので通していただけますか?」
紅蓮はゆっくりと杏をエスコートしながら国王の前に仁王立つ。
「杏の嘘を信じ、嫁いだ際には非道な行いをしたと聞きおよぶ貴様がなんとなれなれしい」
国王の言葉に紅蓮は苦しそうな表情をする。
悪女だと噂を信じていたあの時の俺をぶん殴りたい。
初めから、この初心な妻を溺愛したい。
可能であれば身を守るために悪女を演じざる得なかった彼女を生まれた時から守りたかった。
「私が悪女を演じていたのはお爺様の孫で、商才と美貌があったからよ?旦那様を虐めないで」
国王はそんな杏にうぅっと押し黙る。
「天女だ」
紅蓮はそう言うと杏の肩に手を起き、向かい合う。
「その優しさは女神だ」
心の底から想いを伝える紅蓮の瞳に杏は照れたように微笑む。
「天女でも女神でもないわ。さぁ、早く、お爺様も旦那様も会場に入って私と一緒にダンスを踊りましょう」
杏はそう言うと夫と祖父の手を取り会場に進むのだが。
「俺は愛されているから杏と接触ができるが、お爺様は杏と血でつながっているというそれだけの理由で手をつないでもらっている。お分かりですか?手をお話になってはいかがですか?」
「貴様は”愛”という不確定要素しかない不確かな物での繋がりだ。わしはそれに引き換え、杏と”血””DNA”で繋がっている。貴様こそ、自分の立場を分っているのか?その手を放せ」
二人の杏を独占したいという仁義なき、終わりなき戦いは続く。
「妻に手を引かれていいのは永久不滅に俺だけだ。このふわふわで艶やかな手はまさに奇跡の造形物だ」
確かに先日、手を紙で切り絆創膏を貼っていたけれど今は血が止まり絆創膏を貼っていないとはいえ傷はある。
「あぁ。綺麗だ」
本当にこの人の目には私はフィルターか何かが掛かっているのね。
「生まれ変わったら、絆創膏になって杏に張り付いていたい」
「使い捨てよ?」
絆創膏はもって1日、2日だろう。
「そうだな。1日、2日。24時間から48時間も片時も一緒に居られるの嬉しいが、たったそれだけの時間しかいられないのは発狂してしまうな」
心底困ったように紅蓮は言うと杏の手にその唇を落とした。
杏が嫁いで来た時は巷の噂を信じ、阿婆擦れが嫁いで来たと鬼頭公爵家の敷地内の小屋に住まわせた夫だとは誰が想像つくだろうか。
血も涙もない女は使い捨てのお手拭きくらいにしか思っていない男だと誰が信じるだろうか。
鬼の公爵の見事な溺愛っぷりに杏の両親は娘の好待遇を心底嬉しそうに見守った。
その日、武甜大帝国の国王の80歳の誕生パーティーが行われた。
国内外問わず各国の権力者が集まる中、一台の車から出て来た若い夫婦を誰もが見る。
降りてきた女は武甜大帝国の国王の孫娘というだけでも人目を引くが、それ以上に世界中の男という男を虜にする美しさを持つ上に1晩に10人の男と戯れるほどの無類の男好きとの噂。
毎夜、毎夜、違う男と一夜の戯れを過ごす彼女は国に年間1000兆円の富をもたらすほど商才を持ち。
武甜大帝国の稼ぎ頭だったと聞く。
まさに”英雄色を好む”という言葉が相応しい彼女の所作は美しく、隣に立つ夫の手を取るその動作は誰もが息をのみつつ彼女の噂を知る1人が呟くと・・・。
「鬼の成り上がり公爵に結婚破棄、離縁状を叩きつけられた女か?鬼を手玉に取る阿婆擦れ女だけあって見事な美しさだ」
「俺もあの阿婆擦れ女が遊んでいる五万といる男の1人に志願したいぜ」
口々にどこからともなく会場には彼女の噂を信じる有象無象の人の声が響く。
けれども噂の声は長くは続かなかった。
彼女の隣にぴったりと佇む夫である鬼頭公爵の一睨みに全ての男が目を伏せ固まった。
彼は人間であるが、それが嘘か誠か信じがたいほどの殺気に彼女を見続けることができなかったのだ。
まさに鬼の消印と異名が彼ほど似合う男はいない。
”殺される”
このまま彼の妻をを見続ければ間違いなく彼に末代まで呪いか、祟りか。そうでなければ実力行使で殺される。
「旦那様。感謝いたします」
夫が牽制してくれたことに杏はお礼を言うと今にも噂を口にした人を殺そうとする夫の腕を引っ張った。
「そうだな」
夫はそんな妻の腕に小さく息を吐く。
「急ぎ武甜国王に挨拶をしなければ。溺愛する孫娘夫妻が遅れた理由は孫娘である妻、杏にあるのに責められるのはいつも俺だ」
うんざりしたように足早に国王の元に再び歩き出すので妻は苦笑した。
「焦るくらいなら予定通りの時間に家を出ましょう」
”急ぎ向かう羽目になったのは旦那様のせいよ?”
そう言わんばかりに杏は言うと興味津々に見つめて来る女性陣をちらりと見る。
「いつまでたっても私の写真を撮り終わらないから」
案はパーティーの開始される30分前に到着できるように準備をしていたのにも関わらず。
衣装部屋から玄関までの間、夫である紅蓮が写真を連射だけでは飽き足らずポージングを事細かく注文してくるので結局パーティーの開始に10分遅れたのだった。
「写真をやめられなかった原因は杏の魅力的な”妖術”のせいだ」
俺は悪くないと言わんばかりの夫に杏はクスリと笑う。
「私は人間よ。妖術なんて使えないわ」
「使える」
彼女の夫の紅蓮はそう言うと杏の腰に腕を回しその頬に手を当てた。
「杏は美しい。奇跡の存在だ。国王に挨拶なんてやめて家に帰ろう。清廉潔白の杏をふしだらな女と根も葉もないことを風潮する輩と同じ空気を吸わせたくない」
なんだかんだ口実を付けて帰ろうとする夫に杏はため息をつく。
「まだ会場の中にも入っていないうちから何を言っているの?さっきは蚊が飛んでいる気がするから帰ろう。その前は雨が降る匂いがするから帰ろうだったでしょう?」
今回の帰る理由は一番、もっともらしいが。
彼にとっては帰れれば理由なんてどうでもいいことは分っている。
国王であるお爺様に挨拶をしてから言ってちょうだいと言わんばかりの妻をお構いなしに紅蓮は男らしく会場の外に向かってエスコートをする。
「分かった。あぁーだ、こぉーだと醜く言うのはめよう。今すぐ俺だけの妻を抱きたい。杏の吐いた息を他の人間が吸うと思うだけで反吐が出る。嫉妬で狂ってしまいそうだ。愛の巣に戻ろう」
「愛の巣って。公式の場ではきちんと”家”と言ってください」
迫りくる夫の顔を杏は掌でそっと押した時だった。
―――ガンッッ。
柱を蹴る音に紅蓮は会場の扉をうんざりしたように見ると、そこに立っていた人物に軽く舌打ちと共にお辞儀をする。
杏は物音を立てたのは、確認するまでもなく堂々と妻を口説いているのに水を差し来るのはこの国の国王である杏の祖父。紅蓮にとって杏と婚姻したことで家族として増えた義祖父であることが分かっているので振り向きながら美しく一礼する。
「ごきげんよう。お義爺様」
涼しい顔で言う杏に一瞬、国王はにこやかに笑うとそんな顔とは対照的に国王の顔は怒りに満ちた顔で紅蓮を見た。
「鬼頭のクソガキ!杏の旦那だからといって杏に触れるな!貴様を我が国を豊かにする高額納税者!名誉勲章を与えてやる唯一の孫とは認めてやるが、杏の旦那とは認めない!」
めちゃくちゃことを言いながら怒鳴る国王に紅蓮は涼しい顔で笑う。
「それは無理な命令です。妻に触れない夫などはいない。それに・・・」
紅蓮はそこで言葉を切ると杏の後ろに回り込み杏を腕をクロスするように抱きしめその頬に自分の頬を当てながら国王を見る。
「国王陛下もよく見てください。この美しい顔、この美しい瞳、この美しい声。そして何より、この美しい魂!」
魂は目に見えないのだがと突っ込みたいのを杏は押し殺して黙り込む。
口を話せば更に二人の言い争いは長くなるのだ。
「全部知っている!貴様とは違いワシは杏が生まれた時から”の”家族なんだからな!」
国王はそう言うと問答無用で紅蓮と杏を引き離そうと紅蓮の腕を引っ張るのだが紅蓮は絶対に杏を放さない。
まるで年の離れた子供の喧嘩のような二人に杏は祖父の手を取った。
「お爺様。お誕生日おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。孫夫婦から私的な贈り物をお渡しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って杏は祖父の手を取ると車を指出す。
そこにはメイドがリボンのかかった箱を持って立っていた。
「おぉ!プレゼントか。嬉しい。わしの好きな赤の箱にゴールドのリボン。素晴らしい。センスがいい」
国王はそう言うと嬉しそうに箱を開ける。
箱の中にはマフラーと花束、ダイヤのあしらわれたネクタイが入っていた。
「なんと暖かそうなマフラーだ。・・・この趣味の悪いネクタイと鼻につく花は貴様だな」
国王はマフラーを手に取ると、ネクタイと花束を怪訝そうに見る。
「はい。私がお爺様の為にネクタイと花束を”わざわざ”ご用意しました」
売り言葉に買い言葉なのか、紅蓮は言わなくても良い言葉を強調すると国王は眉間に深い皺を入れる。
「ふっ!受け取るが!感謝はせん!感謝して欲しければ孫娘を私の元に返せ!」
「ひ孫を一時的に英才教育の一環として数日間、お渡しする事はできますが、お孫さんをお返しする事は致しかねます」
紅蓮は不敵な笑みを浮かべながら挑戦的に国王を見た。
「なっ!!!!ひ孫だと!ひ孫を増やすんは何をどうするか貴様っっ!分っていてモノを言っているな!」
人間を生み出すには何をどうするかはある程度の年齢になれば誰もが知ることだ。
国王は汚らわしいと言わんばかりに紅蓮を見るが、彼は涼しい顔で笑う。
「勿論分っておりますし。妻に手を出さない夫はこの世に居ません。”杏”に瓜二つのひ孫の顔は見たくないのですか?」
紅蓮はそう言うと国王は黙り込み。
杏は紅蓮そっくりな子供かもしれないわよと突っ込みたくなるがパーティーの主役でありこの国のトップが声を荒げている姿をこれ以上見せてはいけないと口をつぐんだ。
「俺以外が妻に触れようものなら問答無用でその男を殺します。では、国王陛下でありお爺様の誕生日を祝いたく存じますので通していただけますか?」
紅蓮はゆっくりと杏をエスコートしながら国王の前に仁王立つ。
「杏の嘘を信じ、嫁いだ際には非道な行いをしたと聞きおよぶ貴様がなんとなれなれしい」
国王の言葉に紅蓮は苦しそうな表情をする。
悪女だと噂を信じていたあの時の俺をぶん殴りたい。
初めから、この初心な妻を溺愛したい。
可能であれば身を守るために悪女を演じざる得なかった彼女を生まれた時から守りたかった。
「私が悪女を演じていたのはお爺様の孫で、商才と美貌があったからよ?旦那様を虐めないで」
国王はそんな杏にうぅっと押し黙る。
「天女だ」
紅蓮はそう言うと杏の肩に手を起き、向かい合う。
「その優しさは女神だ」
心の底から想いを伝える紅蓮の瞳に杏は照れたように微笑む。
「天女でも女神でもないわ。さぁ、早く、お爺様も旦那様も会場に入って私と一緒にダンスを踊りましょう」
杏はそう言うと夫と祖父の手を取り会場に進むのだが。
「俺は愛されているから杏と接触ができるが、お爺様は杏と血でつながっているというそれだけの理由で手をつないでもらっている。お分かりですか?手をお話になってはいかがですか?」
「貴様は”愛”という不確定要素しかない不確かな物での繋がりだ。わしはそれに引き換え、杏と”血””DNA”で繋がっている。貴様こそ、自分の立場を分っているのか?その手を放せ」
二人の杏を独占したいという仁義なき、終わりなき戦いは続く。
「妻に手を引かれていいのは永久不滅に俺だけだ。このふわふわで艶やかな手はまさに奇跡の造形物だ」
確かに先日、手を紙で切り絆創膏を貼っていたけれど今は血が止まり絆創膏を貼っていないとはいえ傷はある。
「あぁ。綺麗だ」
本当にこの人の目には私はフィルターか何かが掛かっているのね。
「生まれ変わったら、絆創膏になって杏に張り付いていたい」
「使い捨てよ?」
絆創膏はもって1日、2日だろう。
「そうだな。1日、2日。24時間から48時間も片時も一緒に居られるの嬉しいが、たったそれだけの時間しかいられないのは発狂してしまうな」
心底困ったように紅蓮は言うと杏の手にその唇を落とした。
杏が嫁いで来た時は巷の噂を信じ、阿婆擦れが嫁いで来たと鬼頭公爵家の敷地内の小屋に住まわせた夫だとは誰が想像つくだろうか。
血も涙もない女は使い捨てのお手拭きくらいにしか思っていない男だと誰が信じるだろうか。
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