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⑤腕の切除

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2019年3月20~23日
左足完全切断後のすみれの予後は順調だった。
田代一家は予定通りディズニーランドを訪れ、パーク内でランチを食べていた。
「ホワイトデーにプロポーズされた」
琴美の言葉に薫、仁美は拍手をする。
翔吾は複雑な表情を浮かべ、黙々とご飯を食べ続ける。
「おめでとう!いつするの?」
「11月24日。私の誕生日かなぁ?」
薫の問いかけに、琴美は少し照れたように笑いながら答える。
「へぇ~。結婚の決め手は?」
「お母さんのアドバイス通り。損得勘定なしでこの人の為になら行動できると思えるから」
仁美は琴美のそんな言葉に、そんなアドバイスをしたの?っと薫を見る。
「我が母は、我が父とそのよつな判断基準で結婚したの?」
「30年ほど前の話は忘れたわ」
菫は仁美の問いに大袈裟に肩をすくめながら答える。
「忘れたんかい」
そんな、菫に翔吾は間髪入れずに口を挟んだ。
「お父さんこそ、どうして私にしたの?」
薫の言葉に、娘2人は興味心身に翔吾を見る。
お喋り好きな娘と妻と違い。
翔吾はどちらかと言うと寡黙なタイプだった。
そして、娘達は生まれて今まで、母と父は”親”という枠組みで頭の中にインプットされ。
”男"と"女”という視線で見たことがない。
「・・・30年前の話、忘れた」
翔吾はそっぽを向いて、知らん顔で答える。
「同じじゃん」
「何それ」
琴美も仁美もそんな翔吾に同時に突っ込んだ。
「昔は・・・。美人だっんだ」
「何それ?今は?」
沈黙の後、翔吾はポツリと言う。
美人だった。過去形だけど、今も別れてないと言うことは?どう思っているのだろうか?
仁美は重ねて聞く。
「好きな顔だ」
ぶっきらぼうに答える翔吾に琴美も仁美もにやにやと笑う。
「顔ですか。はいはい」
菫の突っ込みに翔吾は妻を見る。
「俺がマッチョだったら、結婚してた?」
不意な質問に菫はうーんっと、少し考える。
「してない。マッチョ怖いもん。お父さんの顔が2枚目ですらっとしてて、スタイル良かったから結婚した」
そんな薫と翔吾の会話に仁美と琴美はクスクス笑う。
「二人とも顔じゃん。見かけじゃん」
仁美は笑いながら言う。
「お父さんは私がマッチョでも、結婚してた?」
「俺も・・・マッチョやったら。逃げてた。マッチョ怖いもん」
翔吾は、どんな見かけでも結婚したと答えて欲しかったのだろうが。
菫の問いに同じ回答をすると、菫はおいおいと笑い出し。
琴美も仁美も笑い出す。
「何それ!見かけで結婚してる同士なのに。よく私にアドバイスで来たね」
菫の突っ込みに、翔吾はポリポリと頬を人差し指でかいてみせる。
「似た者同士なのね」
琴美は一しきり笑った後で言うと、菫は本当だねっと頷く。
こんな穏やかで、楽しい日々が送れるなんて。足を切断してよかった。
薫は心の底から笑いながら幸せを噛み締めた。

2019年4月2日
あぁ。
左腕に2つ。
肘の上と二の腕にしこりがある。
薫はお風呂に入り、体を洗っている時に違和感を感じた。
恐る恐る触ってみると、それはしこりであることが分かる。

転移か。

今度は腕・・・。
放置しておいたら、どうなるか。
それは左足で学んでいる。
このしこりはどんどん、大きく、硬くなり頭角を現し。
足の時のように破けるだろう。
破けてたあとは、どんどん穴を広げていく。
そして、最後には動脈を破損させて出血多量にしようとしてくる。
この癌は癌というには生やさしい。
バクテリアのようだ。
体を食い荒らすバクテリア。
動脈を破損させるわけにはいかない。
琴美が結婚をする。
琴美は中学受験を機に勉強一筋となり、漫画やドラマであるような青春は送っていなかった。
恋愛もお洒落も縁遠い生活をしていて、立派な医師になった琴美が初めて彼氏が大学でできて、結婚をするというのだ。
結婚式は12月と言っていた。
結婚式の挙式ではベールダウンがある。
ベールダウンは生まれて、結婚するまでの間。
一番近くで、苦楽を共有して楽しい事も苦しい事も共有し、沢山の愛情をかけてきた人が。

"これからは、自分の代わりに夫に苦楽を共有し、沢山愛してもらって幸せになるのよ"

という想いを込めて行う儀式の一つ。
絶対にやりたい。
腕を失うわけにはいかない。
腕に穴を空かせて異臭を放ちながら、出血をして身動き取れなくなるわけにはいかない。
腕が無くなってしまったら。
腕に穴が開いて出血ダッシュを繰り返せば、ベールダウンができない。
絶対にやりたい。
手を打たなければ。
菫はその日、1人で鳥取から大阪に移動を行い。
国際がんセンターを受診していた。
「腕は・・・切断しなくてもいいですよね?」
震える声で、腕のしこりを主治医に尋ねる。
「検査をしてみなければ分かりません」
切断しなくて良いですよ。
そんな、主治医の解答を期待していたが。
いつも通り、期待をしている言葉は聞けず、菫はいつも通り落胆する。
けれども絶対にベールダウンをするという目標があり、立ち止まって泣いているわけにはいかない。
夫である翔吾に検査入院になった事を告げると、そのまま手続きをした。
「今のように力を入れたりする事は難しいですが、残すことはできます」
「結婚式のベールダウンはできますか?」
「右手の補助程度で軽いベールでしたら、可能だと思います」
「今すぐ、手術してください」
薫はまっすぐ主治医に伝え、直ぐに検査が行われる。
「田代さん。肺の影ですが、この1ヶ月で大きくなり。胸水が溜まっています。最近、息苦しくないですか?」
気持ちが落ち込んでて、それで苦しいのかなと思っていた。
胸水がたまるという事は、癌は確実に進行しているという事だ。
足のように肺が破れたらどうなるのだろう。
考えただけで恐ろしい。
撃つ手立てがない。
考えてはいけない。

足をついこないだ切断したと思ったら、次は腕。
しかし、それで終わらない。
癌は体を蝕んでいく。
「胸水が溜まっています。胸水が溜まっているお言うことは、全身麻酔をする大きな手術が厳しくなるということです」
主治医の言葉に薫は体が震えるのが分かった。
怖い。
体のどこかにしこりができ、それがやぶけ、穴開けても打つ手がなくなるという事だろう。
「余命を聞いてもいいですか?」
「お一人で聞かれますか?」
震える声で尋ねる薫に主治医は静かに言う。
「週末に家族全員で聞かせて下さい」
1人で聞く勇気だけはない。
菫は震える声で答えた。

その週の土曜日。
余命宣告を聞くから、同席してほしい。
そんな菫の言葉に薫、翔吾、仁美、舞香は主治医と向かい合っていた。
「私は来年、生きていますか?琴美が12月に結婚します。私は式に参加できますか?それまで、私の命は持ちますか?」
菫の1番気になることは、琴美の結婚式に参列できるかどうか。
「神のみぞしるところです。持たないとも現時点では言えませんし、現時点で持たないとも言えません」
そんな主治医の言葉に菫は拳を握りしめる。
「結婚式、早められない?」
仁美は琴美に尋ねる。
「死ぬ気はないけれど、早められるのなら。お願い。お母さん、参加したい」
この明細胞肉腫と言う癌は、バクテリアのような癌だと左足に穴をあけていく時に感じた。
それは、その場の誰もが思っていた。
仁美、菫の言葉にして琴美は携帯をポケットから取り出し、婚約者や結婚式場と連絡を取ることを決めたのか握りしめる。

「後悔するような事はできるだけ、少なく行動をした方が良いと思います」

主治医は琴美に静かに言う。
ここは、国際がんセンター。
明細胞肉腫の癌患者は少なくとも、主治医は沢山の余命宣告を行い。
同じような家族は沢山見て来ただろうことは容易に想像ができた。
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