俺のソフレは最強らしい。

深川根墨

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84.危ない履歴書

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 季節的に春というのは活動的になるものだ。人々の新生活はもちろん、多くの生命の息吹を感じる。
 朝日がまだ山の向こうへ隠れている時間帯。京は水色のホースを手にテニスコートほどの広さがある畑で水やりをしていた。
 さやえんどうやそら豆はようやく蔓が支柱に絡みつき、アスパラガスは筍のようににょきにょきと生えている。二年目を迎えたアスパラガスは太さもしっかりしていて甘味も強い。菜の花も、玉ねぎも、畑は生命に満ち溢れている。

 身体を起こして思いっきり背伸びをした。心地の良い風が吹き抜けていく。
 湿っぽさがある暖かい南風。時折強い風が吹くことからきっとこれが【春一番】なのだろう。風で飛ばされないように支柱を固定し直した。

 京は今まで水耕栽培(もったいないので野菜を再利用)でしか育てたことがなかった。
 まさかこの歳になってこうして畑仕事をすることになるなんて思わなかった。
 今までは人参のヘタや分葱の根など捨てる部分を再利用して育てているだけで、全く詳しくなかったので休みの日を使って図書館に通った。

 何でも屋の仕事として初めてみたが、なかなか農業というのは奥深いものだ。ゼロもここに立って野菜達を育てていたと思うと、俄然頑張ろうと思えた。

 雑草を抜いて、収穫して、夏野菜に向けての準備として土に石灰や肥料、近所の方に譲ってもらった米ぬかを混ぜる。土が馴染んだら植え付けだ。
 京は流れる汗を首元のタオルで拭う。
 半年間の間に京の白い肌は健康的に焼け、汗をかくからと襟足は刈り上げた。
 前に比べれば筋肉もついたし、男らしくなったと自分でも思う。

──ゼロが見たら、可愛くないって言われるんやろな。

 ふと、ゼロに愛された記憶が蘇る。

──アカン、悲しくなってまうわ。

 京は今朝の収穫分を隣に住む依頼主の軒先へと置くと、軽トラックの荷台に農機具を置いた。運転席に乗り込むと、携帯電話を確認して今日の予定を再度確認する。
 畑、草取り、作り置きおかずを作るのと、グランドゴルフの助っ人だ。
 日がな一日追われる日々。そろそろ従業員が欲しいと考えているが、まだまだ人を雇うには早い。
 それに人選も重要だ。仕事の依頼を断るのも申し訳ないが、お客の多くが京を信頼してくれている。
 その声に応えたいが、身体は一つ。忍者になりたい……ドッペルゲンガー来てくれへんかなぁと、思考が幼稚になる。

「とりあえず、頑張るしかないな。次は草取りの仕事かぁ……太陽が昇る前にある程度片付けたいなぁ──……ひえっ! へ?」

 運転席の窓ガラスに何かが勢いよくぶつかった。ハッと顔を上げると、目の前には白の紙があった。三つ折りの跡がついたB4ほどの紙──履歴書だ。窓に紙がぴったりと張り付いている。春一番の風でどこからか飛んできた……のか? そんなに強い風じゃないはずやねんけどなぁ。

「履歴書……? ななせ、たかや……?」

 履歴書の氏名欄には【七瀬鷹也】と書かれていた。住所欄も空白で証明写真も貼られていない。経歴も【国家機密につき割愛】と書かれている。免許や資格欄も空欄で、未記入だらけの履歴書。

 その中で、長所欄がしっかりと埋まっていた。
【隠密全般・ハッキング及び情報隠秘・銃全般(スナイパー可)護衛経験あり ただし、RPGの使用は好まない】

……何やこれ。どこのシューティングゲームの世界や。

【運転技術有り(ドリフト・バック運転での逃走可)】

 いや、普通でええで、普通で。悪目立ちすぎやし、車は逃走手段だけやないけどな! いや、どんな会社に送るつもりやねん、この履歴書。

 ツッコミどころ満載の履歴書だ。これで採用してくれる企業が日本に何社あるのだろうか。春一番の強風で飛ばされてしまって良かったのかも知れない。
 そのまま短所欄へと視線が下がる。
 短所欄にはたった一言書かれていた。

【料理・ただし、紅白なますのみ作成可】

「紅白、なます……?」

 京は料理をして火柱を生み出した男を思い出した。今でも自宅の壁は焦げたままだ。
 紅白なますをこよなく愛する男など、一人しか知らない。
 これは、幻覚なのかと何度も瞬きを繰り返す。真面目そうな角張った字に釘付けになる。

 履歴書をよく見ようと窓に近づくと、突然履歴書が窓から外れた。窓のそばに、人の気配がした。胸元部分しか見えないが、逞しい体幹から目が離せない。

 扉が静かに開かれると、懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
 黒い瞳と目が合った時、情けないほど固まってしまった。都合の良い夢か? 信じられない。

 瞬きをしてしまえば、消えてしまいそうで。
 吐息が当たれば、煙のように消えてしまいそうで。
 自分の願望が体現したみたいで、現実味がなくて動けない。唾を飲み込み、言葉を紡ぐ。

「ぜ、ろ?」
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