俺のソフレは最強らしい。

深川根墨

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83.ゼロの残り香

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 ゼロがいなくなって半年。
 今、どこで何をしているのかも分からない。所沢さんが色々とツテを使って調べてくれてはいるけれど、情報があやふやだった。
 国外という事も大きい。取り巻く環境がめまぐるしく変化するためか、かなり錯綜していた。信憑性がないものもあって、京にはその判別がつかなかった。

 死亡した、イタリアにいる、日本に戻った、アメリカの国防省に潜入した、森のジャングルに潜伏中……いや、絶対に最後のは違うな。獣相手に凄腕暗殺者は動かへん。

 部屋着に着替えると晩御飯の準備だ。今日は全員が集まる特別な日だ。
 京はデザートの蒸しプリンの制作に取り掛かった。
 材料を混ぜ、レンジで蒸し焼きするだけの簡単プリンだが、これが屈強な男たちの心を癒すらしい。しょっちゅうリクエストの声がかかる。もうすぐ完成だろうかとオーブンの窓を覗いていると玄関のチャイムが鳴った。

「おかえり」
「ただいまーっす、お? なんかめっちゃ甘い匂いするー」
「寒い……」

 別の仕事をしていた壱也とスケがやってきた。
 外は相当寒いようで二人とも亀のように首を竦めて玄関の三和土に飛び込んできた。春一番もまだ吹いていない。日中の陽気が嘘のように夜はまだまだ冷える。

「随分遅かったですね、守備は?」
「へ? あ、あの、全然問題ないっすよ⁉︎」

 目を泳がせながら後頭部を掻く壱也に、所沢が目を細める。

「サボって、一体何をしてたのでしょうね? 二人から、随分と清潔な香りがしますねぇ?」
「へぇっ⁉︎  いや、そんな、はず……」

 壱也は慌てて自分の胸元や腕の匂いを嗅ぐ。慌てた様子に所沢が笑みを深める。
 所沢の揶揄いに気付いた壱也は面白いほど顔を赤く染めた。

 うん、その慌てようは誤魔化されへんね。壱也くん、愛をどこで深めてきたんや? うん? お兄さんに言うてみぃ?

 スケはなぜかドヤ顔で壱也の背後に立ち、顎を頭頂部にぽすんと置いている。
 サボり(ラブホ寄り道)がバレているのに、どこか誇らしげだ。相変わらずこのカップルは仲が良くて羨ましい。砂糖が口からこぼれ落ちそうだ。

「俺たちちゃんと見張ってたっすよ⁉︎ 」
「仕事はしていたけど、車ん中でちょっかいかけられて帰りにラブホ【ちょめちょめ】に立ち寄ったんですよ、彼ら」
「は⁉︎  お前──っ⁉︎」

 再び玄関が開くと、小柄な男が彼らの間をすり抜けて台所へとそそくさと逃げ込んだ。
 ビッグサイズのパーカーに黒縁メガネをかけたマリナだ。長かった銀の髪は短くなり、今時の若者らしい服装をしている。

「照国京、プリンですか」
「あ、うん。もう出来たで。おかずはカクさんが作ったで」

 爆弾発言をかましたマリナだが、意に介する様子は皆無。コンロに並んだ鍋の蓋を開けて美味しそうと呟くあたり、かなり大物だ。靴を脱いだ壱也がマリナに詰め寄る。

「お前、まさか、俺たちのこと尾けてたのか⁉︎」
「いやいや、僕、今日大学でしたし。ってか図星ですか?」
「……いや」
「授業中標的のGPS見て。張り込んでた場所から推測しただけです。最寄りのラブホにしけ込むなんて、余裕がないからすっかり車の中、密室ですし、でき上がっていたなーこの二人って思っただけですよ、僕は」
「……殺す」

 マリナがうそぶくと壱也がこの野郎、と胸ぐらを掴んだ。ぶんむくれた壱也を見下ろすマリナはすごく楽しそうだ。

「あ、壱也さん首元のそれ……」
「っ……⁉︎」
「嘘だよーーーん」

 首を押さえて羞恥に震える壱也に対して、マリナは銀髪を掻き上げてせせら笑う。
 勝負あり。

 マリナはすっかり桜庭組に馴染んでいる。彼は桜庭組に属しながら今年の春から現役大学生になった。有能な頭脳が持つ可能性を高めるためにと、進学を薦めたのは所沢だった。

 ペットは飼い主に似るというけれど、事実みたいだ。マリナは最近所沢さんに似てきた。丁寧なものの言い方をするくせに意地悪で執拗。滔々と雄弁をふるうさまは瓜二つだと思う。素直な壱也はいつも遊ばれている……うん、ご愁傷さまやね。
 
 キャンキャン吠える二人を、所沢は微笑ましい顔で見ているし、スケは財布からラブホのポイントカード(ちょめちょめカード)を出して何かを確認しているし、カクは無視を決め込んで鍋の中身を温め直している。
 平和だ。
 賑やかに過ぎていく日々。だけれど、この日々を与えてくれた彼はここにいない。

 その日、皆が去った後……ゼロの残り香を探した。
 香りは脳にダイレクトにつながっており、記憶に密接に関わっていると何かの本で読んだ。ゼロが残したパジャマは綺麗に畳まれたまま何も変わっていない。布地に顔を埋めて思いっきり空気を吸い込んだ。
 こうして残り香を嗅ぐたびに匂いが薄くなって、とうとう分からなくなってしまった。ゼロを思い出そうと何度も嗅いでいると雷太が近づいてきた。

 ふんがふんが

 パジャマに鼻を押し付けると、雷太の短い尾が揺れた。
 犬である雷太にはゼロの香りを嗅ぎとることが出来るのだろう。それが羨ましくて、悔しくて、久しぶりに泣けてきた。
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