俺のソフレは最強らしい。

深川根墨

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81.魂の重さ③

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 京は必死で説得を試みた。

「ま、待てって! せ、せや! ソフレは⁉︎ 俺、ゼロがおらんかったらまた寝られへんやろ? だから、ちょっと待って、頼むからっ」
「大丈夫だ。もう一人で寝れる。この前も、その前も、俺がいなくても、朝まで眠れていた」
「え⁉︎  あれは……いや……」

 自分でも感じていた変化。それをゼロに気付かれているとは思わなかった。
 ゼロは少しずつ準備をしていた。
 自分が去った時に困らないように。添い寝中にわざと姿を消していた。
 傾いていた飾り棚も修繕し、よく小指をぶつけていた家具の角には緩衝材が貼られていた。自分がいなくなった後、俺が困らないようにしてくれたのだろう。

「待って! じゃ、じゃあ俺も連れてって! 俺が出来ることなら何でも……」
「無理だ。京に出来ることはない」
「何で……」
「求められるのは、非人道的なことばかりだからだ。暖かい食事や、帰る家など必要ない」
「……俺、邪魔ってこと、やな」
「……京が出来ることは、ないだろう」

 宥めるように優しく微笑まれて、言葉が詰まってしまう。
 ゼロにとって、今、俺の存在は重石でしかないのかもしれない。説得すればするほど、自分の愚鈍さ、非力さに気付かされ、震えが止まらない。

「京。暖かいご飯をありがとう。人間らしい生活を教えてくれて嬉しかった。……お別れだ」

 ゼロの瞳に迷いはない。それどころか強い意志を感じる。
 こうなることを分かって、何度も考えていたのだろう。強いゼロが、今、憎かった。 

「なんやねん、それ。もっと他に言う事あるやろ!」
「悪夢は俺がもらう……だから、おやすみ。──良い夢を」

 ゼロは身を屈めて京に口付けると、ベランダの柵をこえて飛び上がるように消えた。蝙蝠が羽ばたくように屋上へと消えた。

 ゼロがいなくなる。ゼロともう会えない。もう……会えない──?

 京は慌てて玄関を飛び出し屋上へ向かう階段をかけ上る。間に合ってほしい。這う這うの体で上り切って屋上のドアノブを引いた。

 屋上に通づる扉には鍵が閉まっていた。何度も押し引気を繰り返す。激しく揺れるドアの音が踊り場に響く。開くはずのない扉を力一杯叩くが、びくともしない。
 安全のために施錠しているのは知っていた。でも一縷の望みにしがみつきたかった。

「あほう、ちゃうやろ。お前のせいやとか、すまないとか、待っていてほしいとか……愛してる、とかって、言えよぉ。あんなん、もう、もう……」

 もう届かない言葉たち。行き場のない想いが暗闇に溶けていく。
 京はその場に崩れ落ちた。ようやく自分が裸足であることに気付いて、情けなくて、自分の無力さに震えた。





「やはり、行ってしまったのですね」

 京からの連絡を受けてやってきた所沢の一声に京は現実を突きつけられた。これが夢だと、悪い冗談だと思いたかった。

 所沢も薄々ゼロの異変を察知していたそうだ。
 今までも海外からの連絡はあったそうだが、ここ最近はあまりにも頻繁で執拗さを増していた。
 引き止められなかった事を謝罪されたが、京は首を横に振った。
 
「ゼロらしいですね、ベランダからやってきて、去る時もベランダからとは」

 所沢は呆れた様子で部屋を見渡した。小さな舌打ちの音が所沢の静かな怒りを表していた。

「所沢さん、俺、ゼロを助けられへんかった。守られてばっかで、そのせいで、ゼロはまた……」
「京……京のせいではありません。……と言うよりも、誰もこの状況を止めることは難しかったでしょう。
 むしろ、京よりも私の方が罪深いです。様子がおかしいことに気付いてはいたのですから」

 ゼロは日本を発つことを誰にも知らせていなかった。
 ただ、何でも屋の仕事の処理は済ませていた。ジャネットの飼い主にも、都合で仕事を辞める旨を伝えていた。
 部屋の中にゼロがいた痕跡があちらこちらに散らばっている。
 歯ブラシ。愛用の茶碗と箸。雷太のためにと買ってきた服。ワゴンセールで買ったパジャマ。
 ゼロがここにいた証だ。

 雷太は部屋を歩き回り、ゼロの匂いを追っていた。部屋からゼロがいなくなったことを確認すると、帰りを待つように玄関の扉を見つめていた。
 
 京は雷太を抱き上げると小さな身体をぎゅっと抱きしめた。

「ごめんな、俺、強くなるわ。守れるように、強くなるわな……」

 雷太はじいっと京を見つめると、嬉しそうに顔を舐めた。
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