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80.魂の重さ②
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怖くなった。ずっと感じていた違和感に今、ようやく目を向けた。こんな日が来ることを、自分はどこかで感じていたのだと、京は思った。
「京、魂の重さを知っているか?」
「魂、の重さ……?」
ゼロは静かに語り始めた。
「人体は死ぬと二十一グラム重みが減る。平均のグラムだが、確かに死の瞬間に重さが変わったという。
死を迎える前から、息を引き取る瞬間、さらには死後の経過までを綿密に計測した科学者がいた。その男は人間にだけに魂があるという証明を行うために、多くの人間の死に立ち会った。
その結果、魂の重さは二十一グラムだと判明したようだ」
「二十一グラムが、魂の重みってそれで証明したん? 本気で?」
「あぁ、同時に、犬に対しても同様の実験を行なった。その結果、犬には魂がないと発表した」
「意味分からへん。犬も猫も人間も魂はあるに決まってるやん」
雷太もジャネットも好きなものも違うし、悲しい時は眉を下げているし、美味しいご飯の時の尾の振り方は尋常じゃない。これが魂、命があるって証拠だ。
京の様子に、ゼロは少しだけ後ろを振り返って頷く。
「今はそうは思わない。雷太もジャネットも人間同様に魂がある」
ゼロは振り返ると柵に寄りかかった。真剣な表情に見入ってしまう。
「京、魂は、二十一グラムだと思ったか?」
「……どうやろ、でも……」
「軽すぎるか?」
「……うん。もっと、重いものであって欲しいかな」
「京、俺は、その通りだと思っていた」
「え?」
「魂は二十一グラムほどしかない。微々たるものだと」
首を描き切った瞬間の血飛沫。胸を撃ち抜いた時の小さな銃穴。絞り出すような断末魔。
まさしく魂は軽い。命は儚く、霧のように軽い。
「俺は命の軽さを知っている。お前は命の重さを知っている。どっちが正しいか」
「どっち、も。かもしれへん。どっちも間違ってない気ぃする」
どっしりと重たいのに、ほろほろと崩れやすい。
大切なものなのにあっけなく奪われる。
いとも簡単に魂を切り離してきたゼロと、離れゆく魂を必死で繋ぎ止めようとした京。
二人が出会ったことも、惹かれあったことも、全て意味があるような気がした。
京がベランダに出るとゼロの頬を包み込んだ。
「どこか、行くんやな?」
「……」
「いつ、帰ってくるん?……帰ってこれる……よな?」
俺の言葉にゼロの眉間に深い皺が寄る。確かでないことを言えないゼロ。約束できないことを口にしない男。純粋で誠実で天然で、カッコ良くて、全てを背負って血を流す不器用な男。
「俺のせい?」
「違う」
「俺のせいで、何かに巻き込まれたんやないん? 防犯カメラの映像があの時間帯に消えたって所沢さん──」
「違う。俺のせいだ。俺のせいで、京が危険な目に合った」
「どういうことなん?」
あの日、情報統制をしていたのは以前、ゼロが所属していた海外の諜報機関だった。
ゼロの話では、日本内で暗躍しているスパイは多く、日本警察の目を掻い潜って多くの情報を手に入れているそうだ。
ゼロ曰く、日本政府とその犬である警察及び検察はアナログ脳。
今もゼロの同僚が日本に観光客としてやってきているそうだ。ただ、その同僚の本当の目的はゼロの復帰を促すことだった。だが、再三の呼び出しも無視。電話での説得を試みるもとりつく島もない。
最終手段として、京を人質にした。京の誘拐の証拠を消したのだ。まるで神隠しのように。
どうしてもゼロの力が必要な案件で、戻ってこなければゼロの仲間たちに不幸が訪れるだろうと脅しをかけた。……そしてゼロはあの日、屈した。
「俺の、ため?」
「あのままでは、京は……。あの時はあれが最善だった」
組織に戻ることを条件に京の誘拐場所を伝えられた。
今度こそ平穏な暮らしを望んでいたゼロ。俺や、みんなを人質に取られてどうしようもなかったに違いない。ゼロは俺を救うために、またあの場所へ戻る。再び、刃物や銃を持ち、息をするように命を奪うのかもしれない。その逆も……。
「いや……や。ゼロ。だって、危険なんやろ? 帰ってこないって、帰ってこられへんってことなんちゃうん? 俺なら平気やし、所沢さん達も──」
「俺が、平気じゃない。……死ぬと決まった訳じゃない。事務作業が多い仕事かもしれない」
「アホか! んな訳ない!」
そのために遠路はるばる連れ戻しになんかくるはずなどない。感情が昂り、血が凍ったように粟立つ。
「っ……」
「……京」
ゼロが京の腕を取り、掻き抱く。力一杯、胸に沈んでしまうほど。
苦しいけれどどうか離さないでほしい。ゼロの香りが、ゼロの体温が、何もかもが悲しい。涙がこぼれそうになるのを必死で堪える。
泣きたいのは、俺じゃなくてゼロだ。力強い抱擁が寂しいと、辛いと、訴えている。こんなにも立派な身体をした男の手が、震えている。
絶対にゼロを行かせちゃダメだ。
「京、魂の重さを知っているか?」
「魂、の重さ……?」
ゼロは静かに語り始めた。
「人体は死ぬと二十一グラム重みが減る。平均のグラムだが、確かに死の瞬間に重さが変わったという。
死を迎える前から、息を引き取る瞬間、さらには死後の経過までを綿密に計測した科学者がいた。その男は人間にだけに魂があるという証明を行うために、多くの人間の死に立ち会った。
その結果、魂の重さは二十一グラムだと判明したようだ」
「二十一グラムが、魂の重みってそれで証明したん? 本気で?」
「あぁ、同時に、犬に対しても同様の実験を行なった。その結果、犬には魂がないと発表した」
「意味分からへん。犬も猫も人間も魂はあるに決まってるやん」
雷太もジャネットも好きなものも違うし、悲しい時は眉を下げているし、美味しいご飯の時の尾の振り方は尋常じゃない。これが魂、命があるって証拠だ。
京の様子に、ゼロは少しだけ後ろを振り返って頷く。
「今はそうは思わない。雷太もジャネットも人間同様に魂がある」
ゼロは振り返ると柵に寄りかかった。真剣な表情に見入ってしまう。
「京、魂は、二十一グラムだと思ったか?」
「……どうやろ、でも……」
「軽すぎるか?」
「……うん。もっと、重いものであって欲しいかな」
「京、俺は、その通りだと思っていた」
「え?」
「魂は二十一グラムほどしかない。微々たるものだと」
首を描き切った瞬間の血飛沫。胸を撃ち抜いた時の小さな銃穴。絞り出すような断末魔。
まさしく魂は軽い。命は儚く、霧のように軽い。
「俺は命の軽さを知っている。お前は命の重さを知っている。どっちが正しいか」
「どっち、も。かもしれへん。どっちも間違ってない気ぃする」
どっしりと重たいのに、ほろほろと崩れやすい。
大切なものなのにあっけなく奪われる。
いとも簡単に魂を切り離してきたゼロと、離れゆく魂を必死で繋ぎ止めようとした京。
二人が出会ったことも、惹かれあったことも、全て意味があるような気がした。
京がベランダに出るとゼロの頬を包み込んだ。
「どこか、行くんやな?」
「……」
「いつ、帰ってくるん?……帰ってこれる……よな?」
俺の言葉にゼロの眉間に深い皺が寄る。確かでないことを言えないゼロ。約束できないことを口にしない男。純粋で誠実で天然で、カッコ良くて、全てを背負って血を流す不器用な男。
「俺のせい?」
「違う」
「俺のせいで、何かに巻き込まれたんやないん? 防犯カメラの映像があの時間帯に消えたって所沢さん──」
「違う。俺のせいだ。俺のせいで、京が危険な目に合った」
「どういうことなん?」
あの日、情報統制をしていたのは以前、ゼロが所属していた海外の諜報機関だった。
ゼロの話では、日本内で暗躍しているスパイは多く、日本警察の目を掻い潜って多くの情報を手に入れているそうだ。
ゼロ曰く、日本政府とその犬である警察及び検察はアナログ脳。
今もゼロの同僚が日本に観光客としてやってきているそうだ。ただ、その同僚の本当の目的はゼロの復帰を促すことだった。だが、再三の呼び出しも無視。電話での説得を試みるもとりつく島もない。
最終手段として、京を人質にした。京の誘拐の証拠を消したのだ。まるで神隠しのように。
どうしてもゼロの力が必要な案件で、戻ってこなければゼロの仲間たちに不幸が訪れるだろうと脅しをかけた。……そしてゼロはあの日、屈した。
「俺の、ため?」
「あのままでは、京は……。あの時はあれが最善だった」
組織に戻ることを条件に京の誘拐場所を伝えられた。
今度こそ平穏な暮らしを望んでいたゼロ。俺や、みんなを人質に取られてどうしようもなかったに違いない。ゼロは俺を救うために、またあの場所へ戻る。再び、刃物や銃を持ち、息をするように命を奪うのかもしれない。その逆も……。
「いや……や。ゼロ。だって、危険なんやろ? 帰ってこないって、帰ってこられへんってことなんちゃうん? 俺なら平気やし、所沢さん達も──」
「俺が、平気じゃない。……死ぬと決まった訳じゃない。事務作業が多い仕事かもしれない」
「アホか! んな訳ない!」
そのために遠路はるばる連れ戻しになんかくるはずなどない。感情が昂り、血が凍ったように粟立つ。
「っ……」
「……京」
ゼロが京の腕を取り、掻き抱く。力一杯、胸に沈んでしまうほど。
苦しいけれどどうか離さないでほしい。ゼロの香りが、ゼロの体温が、何もかもが悲しい。涙がこぼれそうになるのを必死で堪える。
泣きたいのは、俺じゃなくてゼロだ。力強い抱擁が寂しいと、辛いと、訴えている。こんなにも立派な身体をした男の手が、震えている。
絶対にゼロを行かせちゃダメだ。
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