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72.破壊神降臨
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カクを黒龍会の息が掛かった病院に搬送し、元妻の雅美も付き添うことになった。
二人の息子を迎えに行ったスケもそのまま病院に直行し、護衛をする。そして京の救出は所沢と壱也、そして桜庭組からの数人で向かうことになった。
所沢が用意した白いバンに乗り込むと各々武器を手にする。壱也はジャックナイフと銀色に輝くメリケンサックを上着のポケットに押し込んだ。所沢は愛用の銃一つを胸元に忍ばせ、ゼロはいつもの黒いボストンバッグを床に置いた。ゼロは鞄の中身を確認せず、ただ、二本のアーミーナイフを擦り合わせて具合を確かめていた。
その様子を見た下っ端舎弟たちは震え上がる。三人の目は据わっており、その瞳には殺意しか宿っていない。
今から向かう現場が血と断末魔で支配されることを確信していた。
「マリナを信用していいのですか?」
そういえばと、世間話をするように軽い口調でゼロに訊く。
「問題ない。酒井側についてメリットがないと、分かっているはずだ」
「愛しのゼロさまの命令! 初めての共同作業とか、初めてのご奉仕とか言ってたっすね」
「……俺は知らん」
ゼロの鼻根に深い皺が入ったのを見ると、壱也はからからと笑った。
マリナも付いて行きたいと言ったが、信用するには不十分だったし、マリナには酒井との接触を依頼した。正確には酒井の秘書とだが。いざという時には警察キャリアとのツテを利用させてもらうつもりだ。誘拐された娘を救出してくれる人間のためなら警視総監だろうが、何だろうが簡単に動かせるだろう。
「確かにマリナを窓口にした方が都合が良いかもしれませんね。桜庭組のネタを欲しがるメディアの目も避けられますし、しっかり働いてもらいましょうか」
と、所沢は笑った。
それからは当たりの紐を手繰り寄せるように物事が進んでいった。探っても出なかった情報が栓を抜かれた水のように溢れ出たようだった。点と点が繋がり、ようやく正確な京の居場所を特定した。
京がいるのは、着々と都市開発が進むエリアを突くように建つ高層マンションだった。建設を終えたばかりの新築でまだ住人の入居が始まってもいない。
その最上階近くの十七階──ここに京が居る。
この情報の正確性を、ゼロは誰よりも知っていた。
マンション到着後、途中までエレベーターを利用し、その後階段で目的の階まで進む。
フロアに到着すると、男の姿を目撃した。若い男は袋を手にして数個ある扉の一つに消えた。所沢とゼロは顔を合わせると頷く。
あの部屋だ。
ゼロは扉に忍び寄ると玄関を静かに開錠し、すかさず閃光弾を部屋に放り投げた。安全だというゼロだったが、扉が動くほどの衝撃に所沢たちの度肝を抜いた。
「何をしているのですか! 正気ですか⁉︎ ここは日本ですよ!」
「知っている。まだ誰も住んでいないから問題ない」
「京さんもいるんすよ⁉︎」
「間取り的に人質は最奥だ。玄関付近にいるザコどもを不能にしたい。ただのスタングレネードだから合法だ」
「いや、軍隊脳はこれだからもう……」
扉付近にいた者は突然の目眩しと衝撃波に身動きが取れないはずだ。
ゼロの合図で一斉に部屋へと突入する。と同時にゼロから指示を受けていた桜庭組の男の一人が廊下と、その奥にあるであろう部屋に向けてスタングレネードを投げ込んだ。最初の一発目と違って煙のみだが、あっという間に視界が白く覆われた。
一歩先の床が見えないほどの煙の中、ゼロは迷いなく奥へと進む。この部屋の間取りは既に頭に入っており、ゼロは己の歩幅と微かに抜ける空気の流れを読みながら先へ急ぐ。
入り口から廊下までの人影は三体。
両手に刃物を持ち、恐怖に慄く男たちの足を容赦なく切りつけていく。
その背中は夜叉そのものだ。
咳き込む敵と、痛みに呻く声が現場を支配する。そんな中、壱也と所沢は目についた扉を開けては京がいないかと確認する。そのついでに敵を踏みつけて意識を奪うことも忘れない。
ゼロが廊下を突き進んでいると突然物陰から人影が飛び出してきた。ゼロの首に掴みかかろうとするが、甘い。
ゼロは身を引き、男の腹部に膝を食らわす。
屈み込んだ男に追い討ちをかけるように延髄にとどめの一発をお見舞いすると男はあっけなく地面に沈んだ。
廊下を抜けたリビングの扉を開けると、ローテーブルに食べ散らかした痕跡があるが、誰もいなかった。続き部屋を抜けた奥にゲストルームらしき扉を確認するとゼロは両手の刃物を握りなおす。
──この扉の向こうに京が居る。
ゼロは確信していた。
扉を蹴破って部屋に飛び込むと、初めに鏡台が見えた。そのそばにしゃがみ込んだ若い女が一人。目を転じるとベッドの周辺に下着姿の男が二人、驚きのあまりに床に転がっている男が一人、そして……ベッドの中央に下着姿のまま手足を投げ出し、虚な目でこちらを見つめる京の姿があった。
一瞬息が止まった。
京の細い手足に全く力が入っていない。その瞳には何も映していないのかもしれない。
──死んでいる……のか?
怒りの感情よりも恐怖が先立って起こる。
だが、すぐに京の瞳が微かに揺れ、唇が何かを訴えるように動いた。
──ゼロ。
そう言っている。京が、俺を呼んでいる。
「なんやコラァ、貴様ぁ!」
京の身体に触れていた一際大柄な男がゼロに向かって銃を向けた。横に身を翻し銃弾を避けると男は慌てた様子で銃の引き金を引くが、当然弾は出ない。冷静さを欠いているのだろう。銃に頼りすぎた人間によく見られる光景だ。
身を屈んだまま男に近づくと刃の柄で男の顎を突き上げた。体勢を崩したところをタックルする要領で鳩尾に肘打ちを喰らわす。
胃の中にあったものを吐きながら男が床に膝ついた。
一瞬間の出来事に若い男たちは後退り、互いに小突き合いながらあたふたと逃げ出した。
二人の息子を迎えに行ったスケもそのまま病院に直行し、護衛をする。そして京の救出は所沢と壱也、そして桜庭組からの数人で向かうことになった。
所沢が用意した白いバンに乗り込むと各々武器を手にする。壱也はジャックナイフと銀色に輝くメリケンサックを上着のポケットに押し込んだ。所沢は愛用の銃一つを胸元に忍ばせ、ゼロはいつもの黒いボストンバッグを床に置いた。ゼロは鞄の中身を確認せず、ただ、二本のアーミーナイフを擦り合わせて具合を確かめていた。
その様子を見た下っ端舎弟たちは震え上がる。三人の目は据わっており、その瞳には殺意しか宿っていない。
今から向かう現場が血と断末魔で支配されることを確信していた。
「マリナを信用していいのですか?」
そういえばと、世間話をするように軽い口調でゼロに訊く。
「問題ない。酒井側についてメリットがないと、分かっているはずだ」
「愛しのゼロさまの命令! 初めての共同作業とか、初めてのご奉仕とか言ってたっすね」
「……俺は知らん」
ゼロの鼻根に深い皺が入ったのを見ると、壱也はからからと笑った。
マリナも付いて行きたいと言ったが、信用するには不十分だったし、マリナには酒井との接触を依頼した。正確には酒井の秘書とだが。いざという時には警察キャリアとのツテを利用させてもらうつもりだ。誘拐された娘を救出してくれる人間のためなら警視総監だろうが、何だろうが簡単に動かせるだろう。
「確かにマリナを窓口にした方が都合が良いかもしれませんね。桜庭組のネタを欲しがるメディアの目も避けられますし、しっかり働いてもらいましょうか」
と、所沢は笑った。
それからは当たりの紐を手繰り寄せるように物事が進んでいった。探っても出なかった情報が栓を抜かれた水のように溢れ出たようだった。点と点が繋がり、ようやく正確な京の居場所を特定した。
京がいるのは、着々と都市開発が進むエリアを突くように建つ高層マンションだった。建設を終えたばかりの新築でまだ住人の入居が始まってもいない。
その最上階近くの十七階──ここに京が居る。
この情報の正確性を、ゼロは誰よりも知っていた。
マンション到着後、途中までエレベーターを利用し、その後階段で目的の階まで進む。
フロアに到着すると、男の姿を目撃した。若い男は袋を手にして数個ある扉の一つに消えた。所沢とゼロは顔を合わせると頷く。
あの部屋だ。
ゼロは扉に忍び寄ると玄関を静かに開錠し、すかさず閃光弾を部屋に放り投げた。安全だというゼロだったが、扉が動くほどの衝撃に所沢たちの度肝を抜いた。
「何をしているのですか! 正気ですか⁉︎ ここは日本ですよ!」
「知っている。まだ誰も住んでいないから問題ない」
「京さんもいるんすよ⁉︎」
「間取り的に人質は最奥だ。玄関付近にいるザコどもを不能にしたい。ただのスタングレネードだから合法だ」
「いや、軍隊脳はこれだからもう……」
扉付近にいた者は突然の目眩しと衝撃波に身動きが取れないはずだ。
ゼロの合図で一斉に部屋へと突入する。と同時にゼロから指示を受けていた桜庭組の男の一人が廊下と、その奥にあるであろう部屋に向けてスタングレネードを投げ込んだ。最初の一発目と違って煙のみだが、あっという間に視界が白く覆われた。
一歩先の床が見えないほどの煙の中、ゼロは迷いなく奥へと進む。この部屋の間取りは既に頭に入っており、ゼロは己の歩幅と微かに抜ける空気の流れを読みながら先へ急ぐ。
入り口から廊下までの人影は三体。
両手に刃物を持ち、恐怖に慄く男たちの足を容赦なく切りつけていく。
その背中は夜叉そのものだ。
咳き込む敵と、痛みに呻く声が現場を支配する。そんな中、壱也と所沢は目についた扉を開けては京がいないかと確認する。そのついでに敵を踏みつけて意識を奪うことも忘れない。
ゼロが廊下を突き進んでいると突然物陰から人影が飛び出してきた。ゼロの首に掴みかかろうとするが、甘い。
ゼロは身を引き、男の腹部に膝を食らわす。
屈み込んだ男に追い討ちをかけるように延髄にとどめの一発をお見舞いすると男はあっけなく地面に沈んだ。
廊下を抜けたリビングの扉を開けると、ローテーブルに食べ散らかした痕跡があるが、誰もいなかった。続き部屋を抜けた奥にゲストルームらしき扉を確認するとゼロは両手の刃物を握りなおす。
──この扉の向こうに京が居る。
ゼロは確信していた。
扉を蹴破って部屋に飛び込むと、初めに鏡台が見えた。そのそばにしゃがみ込んだ若い女が一人。目を転じるとベッドの周辺に下着姿の男が二人、驚きのあまりに床に転がっている男が一人、そして……ベッドの中央に下着姿のまま手足を投げ出し、虚な目でこちらを見つめる京の姿があった。
一瞬息が止まった。
京の細い手足に全く力が入っていない。その瞳には何も映していないのかもしれない。
──死んでいる……のか?
怒りの感情よりも恐怖が先立って起こる。
だが、すぐに京の瞳が微かに揺れ、唇が何かを訴えるように動いた。
──ゼロ。
そう言っている。京が、俺を呼んでいる。
「なんやコラァ、貴様ぁ!」
京の身体に触れていた一際大柄な男がゼロに向かって銃を向けた。横に身を翻し銃弾を避けると男は慌てた様子で銃の引き金を引くが、当然弾は出ない。冷静さを欠いているのだろう。銃に頼りすぎた人間によく見られる光景だ。
身を屈んだまま男に近づくと刃の柄で男の顎を突き上げた。体勢を崩したところをタックルする要領で鳩尾に肘打ちを喰らわす。
胃の中にあったものを吐きながら男が床に膝ついた。
一瞬間の出来事に若い男たちは後退り、互いに小突き合いながらあたふたと逃げ出した。
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