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71.会いたいよ、ゼロ

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 という訳で冒頭に戻る。
 三人が匙を投げそうになっていると、部屋の外から足音が聞こえた。嫌な予感がする。重みのある足音にこめかみの傷がジクジク痛みだした。

「おいおい、何やってんねん。ちょうどええ頃やろう思て来てんやけど。何遊んどんや、お前ら」
「兄貴……すいません。なんか、手間どっちまって……」

 部屋の扉が開かれ、兄貴と呼ばれる男が現れた。なぜか上半身は裸で、首から下げたキンチェーンに目がいく。あとは胸から腕にかけて丁寧に彫られた竜と花の刺青が実に見事だった。手元には世界的な高級時計。
 少しメタボな腹部を撫でつつ、男は男たちの肩を手で押し退け、京へと近づく。
 あっという間に距離を詰められると京の口元のガムテープを一気に剥がした。

「っ……」
「ちょっと赤くなってもうたけど、唇がぷっくりと腫れて、エロいな。……ふぅん、気が強いのもええなぁ、自分。睨んで目が潤んでるんが、男を誘っているみたいや。天性の才能あるんちゃう?」
「俺に触らんとってくれる?」
「ふん。すぐに触ってくれと泣きつくんは自分やで? 俺はここらへんのヤクザみたいに優しくないで。あぁ、あのサングラスの男みたいにな」
「サングラス、って……まさか」
「自分の女を守るために体張った阿呆な。携帯電話を貸してもらおう思ってお呼びたてさせてもろたんや。ははは、今頃どこかで死んでもうてるかもしらんな!」

 カクの様子がおかしかったのはこの男のせいだった。女というのは、もしかしたら元奥さんのことだろうか。
 自分のために多くの人が利用され、傷つけられた。京は怒りで手が震えた。殴りたい。許せない。
 京は歯を食いしばり憎たらしい男の頬に頭突きを喰らわせた。痛くない。寒気こそ感じるが、今は怒りが京を支配していた。
 
「ッ──何しやがる! このボケェ!」
「兄貴!」

 どうやら頭突きは鼻にも当たったらしく、男は鼻を押さえて吠えた。
 男は指で鼻血が出ているのを確認すると、怒り狂って力一杯京の頬を張った。割れるような音と共に京の身体がベッドに沈んだ。痛みはなかった。ただ、目の前が真っ白に染まり、頬の感覚が消え失せた。
 でもこれで良い。カクはもっと酷い目に合ったのだから。

──カクさん。ごめん。どうか無事でいて。みんな、ごめん。

 朦朧とする意識の中、兄貴と呼ばれる男の怒号と、みちるの悲鳴が聞こえた。男たちが慌てている。
 ベッドの横には冷たいアタッシュケースが置かれ、中から怪しげな袋や瓶を取り出しているのが視界の端に見えた。

「もうええわ。お前はこのまま性奴隷へ堕ちてもらうわ。いや、天国か。数えきれない男に抱かれて幸せを感じるよう、狂わせたるわ」
「や、やめ……」

 腕に何かを巻き付けられ、注射器で何かを打ち込まれる。
 冷たい液体のはずなのに、なぜ、灼熱感を感じるのだろう。何かが血管に入って、京の何かを壊すようにせり上がってくるのが分かる。

──ゼロ。ゼロ……もう、会われへんのかな。
 会いたい。もっと、好きやって言えば、よかった。雷太。ごめん、お前ともっと遊びたかった。

 一筋の涙が目尻から流れ落ちる。自分の弱さが情けなくて余計に泣けてくる。
 涙を流したって意味がないのに。
 
──誰か、助けて。……誰か──ゼロ。

 耳栓をしたように全ての音が隠されていく。天井のシャンデリアが二重三重にブレて見え始める。
 手足に力が入らなくなり、男のいやらしい笑みが見えた。
 誰かの手が脇腹に触れると、肌が粟立つほどの快感が脳天に響く。

「んっあぁんッ……」

 甲高い嬌声がどこかからか響く。それが自分のものだと一瞬分からなかった。
 感じたくない。気持ち悪いのに、自分の口からは甘い吐息と声しか出ない。涙が自然と流れてしまう。
 あぁ、もうどうしようもない。京は静かに瞼を閉じた。

 京の淫靡な表情と緩慢な反応を見て、男たちがほくそ笑んでいると、どこからか轟音が響いた。まるでマンションに隕石が落ちたような衝撃に男たちは目を剥いた。

 慌てる間もなく、続いて部屋の扉が吹き飛び、部屋の外から霧のような煙と共に人影が部屋に飛び込んできた。
 京がやっとの思いで顔を扉の方へ顔を向けるとそこには黒い人影が立っていた。
 
 薄暗い煙を背に佇む姿に、全員息を呑む。
 
 ただ京には分かっていた。愛しい。会いたくてたまらなかった人がそこにいる。
 薬の影響か喉の奥が乾燥して出にくい。それに殴られたせいか口の中を切っていて痛む。
 それでも京は口を動かした。愛する人の名を必死に紡いだ。

──ゼロ。
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