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65.追う桜庭組

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 桜庭組の事務所に険相な顔の男たちが多く出入りしていた。ある者は携帯電話を耳に当てがなり声をあげ、またある者は地図の束を持ち舌打ちを繰り返していた。
 普段は整然としている事務所内は怪しげなブラックボックスと、数台のパソコンがフル稼働中だ。
 その中心にいる男……所沢の表情は厳しい。

「なぜ昼間の犯行というのにこうも目撃証言がないのでしょうかね」
「高台ですし、高齢者の多い地域。住民の多くはマンションの多目的ルームに集まっていたって話っすけど……」
 
 壱也が首を横に振る。
 月に一回の会合。まるであらかじめ知っていたかのような偶然。たまたまというには引っかかりを覚える。
  
 この数ヶ月、自宅にも帰らず各地を転々としていた首謀者、酒井みちる。当然桜庭組もマークしていた。接触をしようと試みたこともあるが、随分と苛烈な性格らしくかえって煽ってしまい京の周りが騒がしくなるばかりだった。
 ゼロがそういう人間には徹底的に敗北を理解させるのが一番だと、やってくる刺客たちを半殺しにすることになったのだ。正直、ゼロの発想には驚かされたが、その強さを誰よりも理解していた所沢は納得した。
 ただ、今はあの女を殺してしまっておけば良かったと思う。しかし、それをしてしまえば京と二度と会えない。それどころか、ゼロの手によって桜庭組は離散に追い込まれかねない。
 所沢は大きな溜め息を吐き出した。
 そんな所沢を横目に壱也は酒井みちるに関する情報を精査していた。

「酒井幹事長の資産に該当するものはない、とすれば、名義変更済みでしょうかね。過去の愛人宅も調べましたし」
「そうっすね。あとは愛妾を含んだ親類をしらみ潰しに見ていく感じっす。……あと、あの女の位置情報は分からないんすけど、最近接触があったらしいやつらを見つけました」
「まさか。どこのよそ者です?」

 この界隈でもう京にちょっかいをかけようとする愚か者は存在しない。畏怖嫌厭する者が大半だ。
 壱也は携帯電話を操作して、数枚の画像を所沢の前に置いた。そこにはパーティ好きな若者といった男たちが道端に居座っていた。派手な装いはどうもこの界隈の毛色と異なる。
 数枚飛ばし見ると、続けてやけに体格の良い男が写っていた。人目を避けて何やら物々交換をしている。なんらかの闇取引の瞬間を捉えたものだ。見かけない男だが、背景に映る建物には見覚えがある。

「こいつら、最近この辺りによく見かけるんすよ。特に問題を起こす訳じゃないんすけど、なんか取引場にして嫌な感じなんで、証拠集め中だったんすよ。うちの若い奴らが偶然撮ったらしくって」
「そういや隣の黒沢組のシマで関西弁で捲し立てる奴がいるって話を聞きやした」

 そばを通り過ぎた舎弟の一人が思い出したように足を止めた。
 関西弁の男は目立つようで、そういえばと次々に情報が集まってくる。ぽっとでの男を気に留めていたものは多かったが件の誘拐と関連がないと思っていた。

「関西の元構成員だったって話ですが、ホラ吹いてるかもっすね。虚勢を張った馬鹿かも」
「馬鹿だから、無謀にも京を誘拐したか、あの女に加担したか……でしょうか?──何人かこの輩を追って連絡を頼みます」

 事務所にいた一人が外で待機していた男を何人か連れて出て行くと、所沢は銀縁の眼鏡を外しこめかみを指で揉み込んだ。

 実は事務所に戻ってすぐ盗聴器を解析した。
 何者からか着信があった後、京は飛び出した。そして京の携帯電話の着信履歴からカクからの着信だったことが判明した。
 途切れ途切れの会話から、どうやらカクから部屋から逃げるようにと言われたようだ。 
 最後の音声は響くような足音と、雷太を捕まえようとする男の声。そして必死に逃げる雷太の吐息だった。
 
 京が襲われ、雷太はエントランスから外へと飛び出したのだろう。
 事務所のソファーで体を丸めて眠る雷太に怪我はない。唯一の僥倖と言えるだろう。所沢は雷太を安心させるように鼻先に甲を近づけ、そっと撫でた。

「カクさん、通帳もそのままでした」

 事務所の奥から現れたスケはしょぼくれた顔をしていた。
 あれからスケはカクの自宅へ行き、ピッキングして部屋を物色して何らかの手がかりを探っていたが大した収穫はなく一旦事務所に戻っていた。

 カクの携帯電話は今も電源が入らない。もちろん自宅にも姿はなかった。
 カクが裏切ったのではないか──そんな空気が事務所内でも漂い始めていた。
 
 所沢は当たり前のようにカクを信じているが、皆がそうとは言えないのも理解できる。
 だが、所沢は確信していた。カクはそういう人間ではない。現に、京を残して立ち去るその時まで京へ身を守る指示をし、その身を案じていた。
 そんなカクに未曾有の事態が襲ったのは間違いない。そしてそれらは偶然ではない。

「カクさんは悪くない」

 スケは不穏な空気を察知して声をあげた。

「カクさん、玄関に花飾ってて、家計簿もつけてて」
「そうですか」
「AVの趣味は……まぁ、その、少し、歪んで──」
「それは……忘れてあげなさい」
「拉致するならもっと前に出来た。カクさんは、違う」
「分かってます。カクはそういう男ですから。桜庭組で一番お人好しですからね」

 所沢の力強い声に、手を止めていた男たちの目の色が変化した。仲間を助けなければという使命に突き動かされるように、気勢があがった。

 ゼロは別の伝手を使ってマリナを追っている。マリナもここ数時間姿をくらましている。現れる予定の店にも姿を見せていないと連絡があった。ゼロは都市部にある監視カメラをハッキングしている。海外の諜報機関絡みなので詳しくは聞かないが、じきにマリナを捕まえるだろう。だが、マリナと共に京がいるとは限らない。最悪のことを考え、所沢たちはカクやみちる絡みの情報を洗っていた。
 せめてカクの居場所が分かれば……。

 所沢が気持ちを落ちつけるようにタバコに火をつけた。紫煙をくゆらしていると、携帯電話がけたたましく鳴った。見知らぬ番号、市外局番に目を眇める。
 所沢が指で合図を出すと、辺りはしんと静まり返った。男たちの手は止まり、その視線は所沢の掌に集まる。緊迫した空気の中、いつもにも増して気の抜けた声で所沢が電話に出た。

「はーい。どちらさまですか?……はい、所沢……は、い……ありがとうございます。あ、分かりました。あと、雅美さんの携帯電話の番号を念のためお聞きしても?……いえいえ、最近番号を変えたと言っていたような気がして、確認のためです。はい。はい、はいはい……読み上げますね?」
 
 所沢の合図で復唱する携帯電話の番号を書き留める壱也。その番号を確認しつつ携帯電話で要所に連絡をとる男たち。

「スケ、この住所に車を。私の名で男の子を連れてきてください。名前は、コウタです」
「雅美さんって、カクさんの……もしかして、コウタって……」

 壱也はそこでようやく会話にあった女性の名前を思い出した。随分と前に別れたカクの妻がマサミという名だった。さすがの壱也もカクに何が起こったのかを理解した。低く唸り、ガラステーブルに拳を叩きつけた。

 スケは事務所の車のキーを掴むと、迎えに行ってきますと言い残して飛び出した。
 所沢は立ち上がるとタバコの火を灰皿に押し付けた。

「ケツの青いガキ。顔が変わるまで躾けないとダメですか……ここまで性根が腐っているとは……」

 胸糞がわるいやり方だ。カクにとって元家族は心の核だ。
 所沢はパソコンを操作していた男に声をかけると、ゼロの現在の居場所を探らせた。壱也を引き連れて事務所の扉を荒々しく開け放った。
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