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63.俺の馬鹿‼︎
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けたたましいサイレンを浴びせられたような、脳天を突き破るような頭痛で目が覚めた。
目の前には低い天井に不似合いな煌びやかなシャンデリア。痛む後頭部を摩りながら身体を起こすと、そこはホテルの一室のようだった。京が寝ていたシングルベッドの向かいには鏡台が置かれており、締め切られたカーテンの隙間からは太陽の光が漏れている。
ここはどこで、どうして自分が寝ていたのか記憶にない。
確か、今日は、仕事で、カクさんに電話が……カク──カクさん! 雷太!
ぼんやりとしていた頭に記憶が押し込まれる。京はベッドから転がるように這い出ると出口と思われる扉を押した。扉は外側から鍵がかけられており、押しても引いても、体当たりをしても開かない。
「出して! ちょっと! 誰か!」
何度も扉を叩くが反応はない。壁に聞き耳を立ててみたが、物音一つしない。どうやら部屋の外に誰もいないようだ。どれほど京が暴れてもそれを止める声もない。カーテンを開けると窓の外に足場もない。マンションを見下ろせるほどの超高層ビルの一室に閉じ込められているらしい。駅が近いのか線路が見える。こんな状況でなければ、夜景を楽しめたり、ジオラマを見て発着する電車を眺めていられただろう。
ただ、絶望だ。
逃げられない。
靴もない。携帯電話もない。胸に抱いていた雷太もいない。
「やって、もうた……」
あまりのショックでその場に崩れ落ちる。悔しくて太腿を思いっきり殴りつけた。
あの時、カクにも、ゼロにも決して動かないようにと言われていた。もちろんそのつもりだった。梃子でも動かないつもりだったのだが、あっけなく騙されてしまった。
あの時、カクが出ていったあと、部屋の中で靴を履き、雷太と身を潜めていた。するとカクから連絡があった。おかしいと思ったが、慌てていたカクの姿を思い出し、何かあったのかと慌てて電話に出た。
カクはひどく息が上がっていた。声が掠れていた。
『今すぐ逃げてください! 早く階段に!』
「え⁉︎ 逃げるの⁉︎」
『下で待っていますから! 早く一階へ!』
「分りました……っ」
どうやらこの場所は危険らしい。京は慌ててエスカレーターに背をむけ階段を駆け下りた。心配性な性格か、急いでいるのに鍵を律儀にかけた。オンボロ家電でも破壊されたらたったもんじゃない。貧乏人のサガだ。
雷太を抱えて一心不乱に階段を下りた。目が回りそうになりながら一階に到着した。エントランスへ通づる扉を開けた瞬間、誰かとぶつかりそうになったところまでは覚えている。
きっとその時に後頭部を殴られたのだ。
微かに膨れた後頭部。たんこぶなんて小学生ぶりのことだ。
──手加減なしで殴りよってからに、腹立つわ……。めっちゃくちゃ脳細胞死んでもうたやんけ。
冷静になった今、カクからの連絡だと思い込んでいたけれど不審な点が幾つかあった。
まず、カクは京に敬語を使わない。あそこまで掠れ声ではない。
それに、カクは下で待っているような人じゃない。いつだって自分を迎えに来てくれた。それこそ、買い出しの時にトイレの扉の前までついてくるし、マンションの一階で忘れ物がある時もちゃんと部屋までついて来てくれる人だ。
「あぁー! 俺のアホ! まんまと騙された!」
カクさんは携帯電話を奪われたに違いない。無事だろうか。雷太はあのままマンションのどこかで彷徨っているのだろうか。道路に出て、車に轢かれていないだろうか。可愛いからそのまま連れ去られてたりとか……いや、俺みたいにアホじゃないから大丈夫だと信じたい。
京は大きく溜息をつき、項垂れた。
ゼロや桜庭組のみんなに謝りたい。土下座したい。
後悔の深淵で燻っていると、部屋の外から物音が聞こえた。数人の足音と話し声。思わず扉の前に近づくと扉が開かれた。
開いた瞬間弾丸のように飛び出してきた真っ白なものに包まれる。
「あぁ! やっと、やっと会えたわ! 京くぅんッ!」
「うぐ……え、え、あ、……みちる、ちゃん?」
フローラルな香りと、甘えた声でわかった。みちる本人だ。
首元に抱きつかれ、視界はみちるの茶色の髪でいっぱいでよく見えないが、みちるの後に若い、ガラの悪い男たちが部屋に入ってきた。チンピラ丸出しの下品な服に、派手な髪色、思わず耳を押さえたくなるほど穴の空いた耳朶。みちるが白い清純そうな装いのため、男たちの奇抜さに思わず後退する。
部屋に入ってきたのは三人。もしかしたら部屋の外にも何人かいるかもしれない。
「お目覚めですか、お姫様」
「なんやねん、お前ら……」
「聞いた? 関西弁のギャップ! いいねー」
男たちは何が面白いのか京を指差して笑う。ファッションセンスを失ったときに笑いのツボも埋没したらしい。全くもって不愉快だ。
目の前には低い天井に不似合いな煌びやかなシャンデリア。痛む後頭部を摩りながら身体を起こすと、そこはホテルの一室のようだった。京が寝ていたシングルベッドの向かいには鏡台が置かれており、締め切られたカーテンの隙間からは太陽の光が漏れている。
ここはどこで、どうして自分が寝ていたのか記憶にない。
確か、今日は、仕事で、カクさんに電話が……カク──カクさん! 雷太!
ぼんやりとしていた頭に記憶が押し込まれる。京はベッドから転がるように這い出ると出口と思われる扉を押した。扉は外側から鍵がかけられており、押しても引いても、体当たりをしても開かない。
「出して! ちょっと! 誰か!」
何度も扉を叩くが反応はない。壁に聞き耳を立ててみたが、物音一つしない。どうやら部屋の外に誰もいないようだ。どれほど京が暴れてもそれを止める声もない。カーテンを開けると窓の外に足場もない。マンションを見下ろせるほどの超高層ビルの一室に閉じ込められているらしい。駅が近いのか線路が見える。こんな状況でなければ、夜景を楽しめたり、ジオラマを見て発着する電車を眺めていられただろう。
ただ、絶望だ。
逃げられない。
靴もない。携帯電話もない。胸に抱いていた雷太もいない。
「やって、もうた……」
あまりのショックでその場に崩れ落ちる。悔しくて太腿を思いっきり殴りつけた。
あの時、カクにも、ゼロにも決して動かないようにと言われていた。もちろんそのつもりだった。梃子でも動かないつもりだったのだが、あっけなく騙されてしまった。
あの時、カクが出ていったあと、部屋の中で靴を履き、雷太と身を潜めていた。するとカクから連絡があった。おかしいと思ったが、慌てていたカクの姿を思い出し、何かあったのかと慌てて電話に出た。
カクはひどく息が上がっていた。声が掠れていた。
『今すぐ逃げてください! 早く階段に!』
「え⁉︎ 逃げるの⁉︎」
『下で待っていますから! 早く一階へ!』
「分りました……っ」
どうやらこの場所は危険らしい。京は慌ててエスカレーターに背をむけ階段を駆け下りた。心配性な性格か、急いでいるのに鍵を律儀にかけた。オンボロ家電でも破壊されたらたったもんじゃない。貧乏人のサガだ。
雷太を抱えて一心不乱に階段を下りた。目が回りそうになりながら一階に到着した。エントランスへ通づる扉を開けた瞬間、誰かとぶつかりそうになったところまでは覚えている。
きっとその時に後頭部を殴られたのだ。
微かに膨れた後頭部。たんこぶなんて小学生ぶりのことだ。
──手加減なしで殴りよってからに、腹立つわ……。めっちゃくちゃ脳細胞死んでもうたやんけ。
冷静になった今、カクからの連絡だと思い込んでいたけれど不審な点が幾つかあった。
まず、カクは京に敬語を使わない。あそこまで掠れ声ではない。
それに、カクは下で待っているような人じゃない。いつだって自分を迎えに来てくれた。それこそ、買い出しの時にトイレの扉の前までついてくるし、マンションの一階で忘れ物がある時もちゃんと部屋までついて来てくれる人だ。
「あぁー! 俺のアホ! まんまと騙された!」
カクさんは携帯電話を奪われたに違いない。無事だろうか。雷太はあのままマンションのどこかで彷徨っているのだろうか。道路に出て、車に轢かれていないだろうか。可愛いからそのまま連れ去られてたりとか……いや、俺みたいにアホじゃないから大丈夫だと信じたい。
京は大きく溜息をつき、項垂れた。
ゼロや桜庭組のみんなに謝りたい。土下座したい。
後悔の深淵で燻っていると、部屋の外から物音が聞こえた。数人の足音と話し声。思わず扉の前に近づくと扉が開かれた。
開いた瞬間弾丸のように飛び出してきた真っ白なものに包まれる。
「あぁ! やっと、やっと会えたわ! 京くぅんッ!」
「うぐ……え、え、あ、……みちる、ちゃん?」
フローラルな香りと、甘えた声でわかった。みちる本人だ。
首元に抱きつかれ、視界はみちるの茶色の髪でいっぱいでよく見えないが、みちるの後に若い、ガラの悪い男たちが部屋に入ってきた。チンピラ丸出しの下品な服に、派手な髪色、思わず耳を押さえたくなるほど穴の空いた耳朶。みちるが白い清純そうな装いのため、男たちの奇抜さに思わず後退する。
部屋に入ってきたのは三人。もしかしたら部屋の外にも何人かいるかもしれない。
「お目覚めですか、お姫様」
「なんやねん、お前ら……」
「聞いた? 関西弁のギャップ! いいねー」
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