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40.桜庭組会議②

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 ガラステーブルを囲むようにして、強面の男たちが腕を組み、脚を組み、刻まれた眉間の皺を揉み、大きな溜息を漏らす。
 ここは、天下の黒龍会桜庭組の事務所であり、今は……ただの劇団の練習場だ。しかも大根役者だらけのへっぽこ劇団。

「クァーーーーット! カットカット!」

 咥えていたタバコの火を灰皿に押し付け、所沢が力なく首を振る。
 所沢の声に反応して、壁際に立っていたスーツ姿の二人の男が互いに距離を取った。その目の周りには疲労による隈が目立っている。

「何ですか、貴方たち! 愛し合う二人、惹かれ合う二人……意気投合して今からしけ込むんでしょうっ!」

 所沢の剣幕に怯む男たち。半土下座の姿勢で手を擦り合わせて懇願している。

「か、勘弁してください若頭、俺たちまずゲイじゃないし、それに、演技なんて、ガキの頃の木の役しか──」
「そ、そうっすよ、しかも俺、新婚なんで、危ない道に踏み込むわけには……」

 桜庭組の舎弟の仕事の一つに、最近はイチャつくゲイカップルを演じる仕事がある。もちろん、これらは全て京とゼロの恋が加速するようにというお節介だ。
 そのため、最近事務所に出向く際、多くの舎弟はストレス胃炎に悩まされている。
 どうにもならない。所沢の命令は絶対だ。

「最近、色気が出てきたって言われちまった……」
「俺なんか、しらねぇ奴に『同じなんですよね』って声掛けられちまった」
「俺、駅の階段で女の尻よりも男の尻に目がいっちまったんだ。なぁ、俺、大丈夫だよな? 大丈夫だって言ってくれよぉぉ……」

 事務所の入り口で順番を待つ舎弟の声が聞こえた。茨の道に共に突き進む仲間たちの声に頷くしかない。

 若頭である所沢が白を黒と言われれば黒、男を欲しがる男になれと言われれば、ノーマルな性癖を捨てなければならない。

 普通ってなんだろう。ノーマルってなんだろう。極道って、俺たちって……。壱也の懊悩は深みを増すばかりだ。
 桜庭組の所沢以下の若衆の心は一つだ──こんなことしてる場合じゃないッ。

「イチ、お手本を」
「う、ウッス……」

 さっきから嫌な予感がしていた。さっきから事務所内にいる団員(組員)から懇願するような視線を受けていたのだ。
 壱也はバレないように沈鬱な表情を浮かべた。隣にいたスケも腰を上げた。ただ、壱也と違って、隣の赤毛の馬鹿は嬉々とした表情をしているのだが。
 
「イチ……」

 スケが壱也の手を取り、指を絡ませて手を繋ぐ。同じ男だというのに、どうしてこんなにも手の大きさが違うのだろう。
 壱也がぼうっとしていると、スケは捕らえた手を壁に押し当て壱也を閉じ込めた。

 ──ん?

 壱也の意識が浮上した時には、壱也の両手首はスケの左手に軽々と拘束され頭上にあった。何を思ったか、女を口説くようにスケの体がピッタリと自分に寄り添っている。当たる互いの靴と、ベルトの金具、息を吸い込む気配すら感じられる。
 手に触れたのが、約三秒前……あまりの早い展開に唖然とスケを見上げることしか出来ない。

「な、なん──」
「しっ。演技中だよ。──君、すごく可愛いね」
「……はぁ? ど、ドウモ……」

 そうだった。出会った相手を口説く演技中だった。にしても、甘い声で囁くの上手すぎだと思う。スケが口説く時ってこんな感じなわけね。

「そうそう、良いね、良いよ。続けてみよう」

 どこぞのエロ監督でしょうか若頭。ってか、さっきからカクさん、カメラ小僧っぷりひどいっす。

 満足気に拳を握る所沢と、無言でカメラのシャッターを切るカク。二人の表情を見逃さないとばかりにシャッター音が響く。
 心のシャッターも切れる、一期一会の瞬間を切り取るのが俺の仕事、と一人呟いている。ドン引きに拍車がかかる。
 最近、カクさんのキャラが壊れている。渋い武闘派だったのに、どうしてしまったのかと壱也は遠い目で見つめた。

 画像データを確認しては所沢に見せに行き、二人でにんまりと微笑んでいるのも怖い。
 さっきも、さりげなくスケの右手を誘導して、壱也のシャツを捲り上げ、服の中に手を入れさせていた。いいねぇ! と素早くシャッターを切るカクに残念な視線を送った。
 最近、ふとした瞬間に思うことがある。俺、ほんと何してんだろって。

 シャツの中に入れていた手が動き始める。スケの手はあろうことか壱也の胸の飾りへと到達し、スイッチを押すように押し込む。
 もちろん、胸は性感帯はないので、壱也は身を捩ってスケを睨みつける。いやな悪戯だ。

「ん、やめろって。冗談きついって」
「そう。……じゃ、なんでこんなシコってんの?」
「っ! それ、は……お前がしつこく触るからっ」

 誰にも聞こえないように耳元で囁かれる。スケの言葉に顔が熱くなってしまう。
 確かにスケの手に反応するように乳首が硬い。それだけじゃなく、腰の奥にじんと響く感覚がある。
 事あるごとにスケに弄られるようになったせいか、壱也の身体はスケの手にいとも簡単に反応する。そこに壱也の意思は全くないのだがいかんせん、快楽に弱い男の本能だ。

「うーん、やっぱエースは違いますね、若頭。これ、売れますね。腐っている人間は多いですし」
「二人はさすがですね。良いですか、攻め役も受け役もこんな感じで。攻めは色欲獣のように、受けは淫乱な処女のように演じなさい」
「「…………はい」」

 突っ込みどころが多い。
 俺は淫乱な処女を演じた覚えはないっすよ、所沢さん!

 皆の意識が所沢の方へ向き、ようやく壱也とスケは離れた。触れ合っていた部分が離れ、寒いような足りないような感覚。
 決して、寂しいとか、物足りないとかではない。そう、ようやく終わった、それだけだ。

 壱也が火照った顔を手で仰いでいると、スケが壱也のシャツの前襟を掴んだ。乱れた服を直してくれるのかと思い、礼を言おうと壱也が顔を上げると、スケの真剣な顔がそこにあった。
 すると、突然スケが壱也の唇に柔らかいものを押し付けた。一瞬で離れると、スケは何事もなかったかのように背伸びをして元いた位置に腰を据えた。

……………………は?

 象牙のような滑らかな感触と、離れる時に微かに聞こえたリップ音……。

 ──き、き、きき、えぇ⁉︎

 数秒後。壱也は頬を真っ赤に染めて、意味不明な言葉を叫びながら、事務所を飛び出した。
 その日一日、壱也はスケを完全無視した。

 深夜──京の玄関先で五体投地の姿勢のまま動かないスケと、鬼の表情で仁王立ちする壱也の姿があった。
 ちなみに、カクが撮った二人の写真は反響が良く、高額で売れた。
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