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8.可愛い肉
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玄関に置かれた京の靴に挟まるようににはクリーム色の物体がある。
その物体は生きており、ハッハと荒い呼吸を繰り返している。京は憮然としながら玄関の三和土に座る物体を指さしてゼロに問うた。
「これは、なんや?」
「……【肉】だ」
「ふっざけんな! 何が肉や! パグの肉なんか食えるわけないやろっ!」
ゼロは肉──もといパグをお持ち帰りした。
子犬なのだろう。頭は拳ほどしかない。京の怒号にゼロは眉を顰め、さっと目を転じた。
パグは無邪気に京の足元まで擦り寄ると、短い尾をぶんぶんと振る。真っ黒な顔に、黒曜石が埋め込まれたような瞳。ギャザーたっぷりの顔に上がった口角が笑っているように見える……可愛い、正直めっちゃ可愛いけれど今はそれどころじゃない。
京は目の前の朴念仁を一瞥する。
「なんや、コイツをどうする気や、ってか、パグって血統書付きの犬やろ! どこから盗んできたんや!」
「盗んでない。主がいなくなったから連れて帰ってきただけだ」
「死んだってことか?」
「それに近い」
「え? 生きてんの?」
「恐らく。今頃死んだかも知れない」
話が通じない。そして意味が分からない。
今頃死んだって……危篤状態だったから、その前に譲渡されて連れて帰ってきたにしても理解不能だ。危篤なら病院に最後まで付き添うべきだし、そもそも京の元へと連れ帰るのもおかしい。全てがおかしい。
「逃げた」
「え? 夜逃げ?」
「夜逃げ……あぁ、そうだな夜に逃げた」
はい? 夜逃げをした──なるほど、社会的抹殺、社会的な死を迎えたんか? こんな子犬を家に置いたまま夜逃げするなんて……ひどい飼い主め。血も涙もない。
パグの輝く瞳を見つめていると、感情が昂り、涙腺が緩みそうになる京。
そんな中、パグはキュルルンな瞳を更に煌めかせ、立ち尽くす二人を相手に媚を売る。健気すぎる姿に京は目元を押さえた。
「で、どうすんの。お前、こいつ飼えんの? 今住んでるとこって、ペット可賃貸?」
「……これを」
ゼロは徐ろに上着の内ポケットに手を突っ込むと、京の胸に重く分厚いものを押し付けた。それは所々折れ曲がっているが、正真正銘帯付きの札束だった。帯付きということはすなわち、百万円だ。
驚愕のあまり声も出ない。はくはくと鯉が餌をねだるように唇を上下するしかない。
どこからどう見ても本物の一万円の新札が束になっている。初めて見た札束に視界が揺れ、揺蕩う。
説明を求める視線に気付いたのか、ゼロが難しい表情のまま答えた。
「肉を買う方法が分からなかったからとりあえず、適当に金を持ってきた。ついでに犬も肉の一種だから連れてきた」
「んん? あー……お前、この金は、ほんまに大丈夫なやつなんか?」
「大丈夫……? あぁ、もちろん偽札精査は済んでいる」
話を聞くと、パグを捨てて夜逃げした男の金らしい。だからどう使おうと問題ないとゼロから説明を受けたものの、納得はできない。
「あー……うん、アリガトネ」
ツッコミどころが多すぎ。何で俺が感謝せなあかんねん!
肉の買い方を知らない男なんてあり得ない。犬が肉の仲間に属しているのもアンビリバボーだ。いや、とある国では犬を食うらしいけど、日本は犬は家族の一員だから! ってか、札束帯付きを適当に持って来れる人間に碌な奴はいないって昔から相場は決まってるわ!
唖然としている京を見て、少し不安げに見つめるゼロ。
京の質問に対して正直に答えているのは伝わるが、少しピントがずれている。
京は琵琶湖ほどの包容力がある男だと自分を鼓舞した。全てを包み込もうと大きく深呼吸をした。
「あぁ……もうええ。ここで、面倒見る。この部屋、分譲やから俺のやし。あー餌代とか病院代とかをこのお金から払うってことでええか?」
「助かった」
「そういう時には、ありがとうでええねん」
ゼロは少し驚いていたが、小さな声で「ありがとう」と呟いた。照れているのか、少し耳が赤い気がした。
とりあえず、今晩は動く【肉】を二キロ獲得した。皺だらけで荒い息がうるさいけれど。
食費は嵩み続けるが仕方がない。ただ、もうゼロに【肉】の買い出しは頼まないようにしようと京は思った。
その物体は生きており、ハッハと荒い呼吸を繰り返している。京は憮然としながら玄関の三和土に座る物体を指さしてゼロに問うた。
「これは、なんや?」
「……【肉】だ」
「ふっざけんな! 何が肉や! パグの肉なんか食えるわけないやろっ!」
ゼロは肉──もといパグをお持ち帰りした。
子犬なのだろう。頭は拳ほどしかない。京の怒号にゼロは眉を顰め、さっと目を転じた。
パグは無邪気に京の足元まで擦り寄ると、短い尾をぶんぶんと振る。真っ黒な顔に、黒曜石が埋め込まれたような瞳。ギャザーたっぷりの顔に上がった口角が笑っているように見える……可愛い、正直めっちゃ可愛いけれど今はそれどころじゃない。
京は目の前の朴念仁を一瞥する。
「なんや、コイツをどうする気や、ってか、パグって血統書付きの犬やろ! どこから盗んできたんや!」
「盗んでない。主がいなくなったから連れて帰ってきただけだ」
「死んだってことか?」
「それに近い」
「え? 生きてんの?」
「恐らく。今頃死んだかも知れない」
話が通じない。そして意味が分からない。
今頃死んだって……危篤状態だったから、その前に譲渡されて連れて帰ってきたにしても理解不能だ。危篤なら病院に最後まで付き添うべきだし、そもそも京の元へと連れ帰るのもおかしい。全てがおかしい。
「逃げた」
「え? 夜逃げ?」
「夜逃げ……あぁ、そうだな夜に逃げた」
はい? 夜逃げをした──なるほど、社会的抹殺、社会的な死を迎えたんか? こんな子犬を家に置いたまま夜逃げするなんて……ひどい飼い主め。血も涙もない。
パグの輝く瞳を見つめていると、感情が昂り、涙腺が緩みそうになる京。
そんな中、パグはキュルルンな瞳を更に煌めかせ、立ち尽くす二人を相手に媚を売る。健気すぎる姿に京は目元を押さえた。
「で、どうすんの。お前、こいつ飼えんの? 今住んでるとこって、ペット可賃貸?」
「……これを」
ゼロは徐ろに上着の内ポケットに手を突っ込むと、京の胸に重く分厚いものを押し付けた。それは所々折れ曲がっているが、正真正銘帯付きの札束だった。帯付きということはすなわち、百万円だ。
驚愕のあまり声も出ない。はくはくと鯉が餌をねだるように唇を上下するしかない。
どこからどう見ても本物の一万円の新札が束になっている。初めて見た札束に視界が揺れ、揺蕩う。
説明を求める視線に気付いたのか、ゼロが難しい表情のまま答えた。
「肉を買う方法が分からなかったからとりあえず、適当に金を持ってきた。ついでに犬も肉の一種だから連れてきた」
「んん? あー……お前、この金は、ほんまに大丈夫なやつなんか?」
「大丈夫……? あぁ、もちろん偽札精査は済んでいる」
話を聞くと、パグを捨てて夜逃げした男の金らしい。だからどう使おうと問題ないとゼロから説明を受けたものの、納得はできない。
「あー……うん、アリガトネ」
ツッコミどころが多すぎ。何で俺が感謝せなあかんねん!
肉の買い方を知らない男なんてあり得ない。犬が肉の仲間に属しているのもアンビリバボーだ。いや、とある国では犬を食うらしいけど、日本は犬は家族の一員だから! ってか、札束帯付きを適当に持って来れる人間に碌な奴はいないって昔から相場は決まってるわ!
唖然としている京を見て、少し不安げに見つめるゼロ。
京の質問に対して正直に答えているのは伝わるが、少しピントがずれている。
京は琵琶湖ほどの包容力がある男だと自分を鼓舞した。全てを包み込もうと大きく深呼吸をした。
「あぁ……もうええ。ここで、面倒見る。この部屋、分譲やから俺のやし。あー餌代とか病院代とかをこのお金から払うってことでええか?」
「助かった」
「そういう時には、ありがとうでええねん」
ゼロは少し驚いていたが、小さな声で「ありがとう」と呟いた。照れているのか、少し耳が赤い気がした。
とりあえず、今晩は動く【肉】を二キロ獲得した。皺だらけで荒い息がうるさいけれど。
食費は嵩み続けるが仕方がない。ただ、もうゼロに【肉】の買い出しは頼まないようにしようと京は思った。
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