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起動(2)
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元の店は、クリーム色の壁にライトブラウン系の床やカウンターで、バーにしては明るめの開放的な雰囲気だったが、セブン・アールはブラウンと黒を基調にして、間接照明を使った落ち着きのある内装にした。一瞬躊躇するような入りにくさを漂わせてもいたが、それが客を選んでもいた。
その少しばかりの高級感と、まったりとくつろげる空間は、前の店が閉店したことを残念がっていた常連客達も満足させ、そこそこの客入りになっていた。
当初、早翔が考えていた、酒好きが集う入りやすい小洒落た店というコンセプトからは若干ズレてはいたが、一人だけで営業するという点では、ちょうどいいゆったりとした静かな営業ができていた。
そして、週のうち半分は、草壁が開店と同時に訪れ、カウンター席に陣取る。
「可愛いだろう。もうたまらん。見てると食ってしまいたくなる」
カウンターの上に数枚の写真を広げて早翔に見せている。
「食うなよ」
早翔が、笑っているのかいないのか、曖昧な顔で写真を眺めている。
早翔に似た色素の薄い白い肌が、ふくよかな頬っぺたの赤みを目立たせ、愛くるしい笑顔で笑う二人の赤ん坊の姿が写っていた。
蘭子から、電話で二人が生まれたことを知らされ、女の子を「七奈子」男の子を「七翔」と名付けたと言われた時は、縛られていたロープが一本増えたような息苦しさを感じて気が遠くなった。喜んでもらえると信じて疑わない蘭子に、大袈裟に嬉しいよと言ってはみたものの、嬉しさどころか負担が増えたような気の重い心境に、やっぱり父親の資格はないと自覚した。
そんな気持ちを察してか、子供達の顔を見に来てとは言われなかった。
重圧を与えたくないという思いからか、蘭子は直接連絡をしてこなくなった。その代わりに、ちょっとしたことでも草壁を呼び出す。
「俺、七瀬の代わりにはなれねーけど、何かあったら呼んでくれ。できる限りの協力はするから」
そんな約束を律儀に守って、草壁は蘭子の呼び出しに応じていた。
そうして、撮ってきた二人の写真や動画を早翔に見せに来る。
実際に見せられると、気が重いと感じる一方で、自然に子供として受け入れている別の自分がいて、それが不思議でならない。
じっと写真に見入っていると、早翔の口元が自然にほころびかける。が、無意識のうちに働く自制の心が、緩みかけた唇を固くさせる。
そのぷるぷると震えているような口元のせめぎ合いを、草壁が横目で見ながら満足そうに微笑む。
これがお手本だと言わんばかりに、我が子を見るような愛おしい目で写真に見入り、柔らかく微笑む。
「七奈子ちゃんのほうが、もうママ、ママって連呼してた」
「へえ」
「会いにいかねーの」
その武骨で軽い口調が、早翔に余計な負担を感じさせないよう気遣っていた。
早翔が「うん…」と頷くと、草壁は,それ以上、何も言わない。
「明日は高級マンションの壁に穴あけてくる。ナナちゃん達が落書きしてもいいようにボード貼ってくるのさ」
優しい笑みを浮かべ、ウィスキーを一口飲んで、早翔の顔を覗き込むように見つめる。
もう一度、言おうとした「会いにいかねーの」という言葉を飲み込んだような気がして、早翔は目を伏せた。
「どんな顔すればいいかわからないんだよね」
黙って見つめる草壁に自嘲の笑みを返す。
その少しばかりの高級感と、まったりとくつろげる空間は、前の店が閉店したことを残念がっていた常連客達も満足させ、そこそこの客入りになっていた。
当初、早翔が考えていた、酒好きが集う入りやすい小洒落た店というコンセプトからは若干ズレてはいたが、一人だけで営業するという点では、ちょうどいいゆったりとした静かな営業ができていた。
そして、週のうち半分は、草壁が開店と同時に訪れ、カウンター席に陣取る。
「可愛いだろう。もうたまらん。見てると食ってしまいたくなる」
カウンターの上に数枚の写真を広げて早翔に見せている。
「食うなよ」
早翔が、笑っているのかいないのか、曖昧な顔で写真を眺めている。
早翔に似た色素の薄い白い肌が、ふくよかな頬っぺたの赤みを目立たせ、愛くるしい笑顔で笑う二人の赤ん坊の姿が写っていた。
蘭子から、電話で二人が生まれたことを知らされ、女の子を「七奈子」男の子を「七翔」と名付けたと言われた時は、縛られていたロープが一本増えたような息苦しさを感じて気が遠くなった。喜んでもらえると信じて疑わない蘭子に、大袈裟に嬉しいよと言ってはみたものの、嬉しさどころか負担が増えたような気の重い心境に、やっぱり父親の資格はないと自覚した。
そんな気持ちを察してか、子供達の顔を見に来てとは言われなかった。
重圧を与えたくないという思いからか、蘭子は直接連絡をしてこなくなった。その代わりに、ちょっとしたことでも草壁を呼び出す。
「俺、七瀬の代わりにはなれねーけど、何かあったら呼んでくれ。できる限りの協力はするから」
そんな約束を律儀に守って、草壁は蘭子の呼び出しに応じていた。
そうして、撮ってきた二人の写真や動画を早翔に見せに来る。
実際に見せられると、気が重いと感じる一方で、自然に子供として受け入れている別の自分がいて、それが不思議でならない。
じっと写真に見入っていると、早翔の口元が自然にほころびかける。が、無意識のうちに働く自制の心が、緩みかけた唇を固くさせる。
そのぷるぷると震えているような口元のせめぎ合いを、草壁が横目で見ながら満足そうに微笑む。
これがお手本だと言わんばかりに、我が子を見るような愛おしい目で写真に見入り、柔らかく微笑む。
「七奈子ちゃんのほうが、もうママ、ママって連呼してた」
「へえ」
「会いにいかねーの」
その武骨で軽い口調が、早翔に余計な負担を感じさせないよう気遣っていた。
早翔が「うん…」と頷くと、草壁は,それ以上、何も言わない。
「明日は高級マンションの壁に穴あけてくる。ナナちゃん達が落書きしてもいいようにボード貼ってくるのさ」
優しい笑みを浮かべ、ウィスキーを一口飲んで、早翔の顔を覗き込むように見つめる。
もう一度、言おうとした「会いにいかねーの」という言葉を飲み込んだような気がして、早翔は目を伏せた。
「どんな顔すればいいかわからないんだよね」
黙って見つめる草壁に自嘲の笑みを返す。
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