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聖域(2)
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草壁は、浅いため息を一つ吐く。
「まあ、一言で言うならホストはお前みたいな律儀な人間には向かないってことだな。酒も弱いし… 昨日なんか紅茶にブランデー混ぜたらあっという間に昇天した」
おどけた口調で片頬をゆがめる草壁を、早翔が目を丸くして見つめる。
「紅茶にブランデー… 全然気が付かなかった」
「お前の究極の舌がアホになるくらい、辛い仕打ちを受けたってことだろ。ったく、向井のやろう、許せんわ」
草壁が眉根を寄せて顔をしかめる。
しばらく沈黙した後、静かに口を開く。
「子供はどうするの。父親になれるのか?」
早翔は大きく頭を振った。
「蘭子さんと結婚して家庭を作るなんて考えられない… 俺はゲイだよ。この先も自分にウソをついて… 自分を殺して生活するなんて… 気が狂いそうだ」
早翔はうなだれ頭を抱える。
「お前の中に、本当に蘭子に対する愛情はなかったのか?」
「ない」
「夫婦のゴタゴタにまで関わって、蘭子の幸せを考えたのにそこに愛はないと?」
「ない」
草壁がソファの背もたれに仰け反った。
「10年近く関係を持っても何の情もわかないか…」
「情はある… でも、あるとすれば、友情だ。直に対するのと同じような友達としての情… それ以上でも以下でもない」
「いきなり蘭子を俺と同じレベルまで引き上げるか… 少し嫉妬するわ」
その、ふざけた口調で吐かれた言葉を、早翔がフンと鼻で笑う。
「そんな不毛な嫉妬」
二人は、お互い顔を見合わせ笑い合う。
早翔が視線を逸らし、ゆっくりと真顔に戻る。
「笑わないで聞いてくれるか… 俺は恋がしたい。身体に衝撃が走るような恋… 好きになった相手が、俺のことも好きになってくれて、ちゃんと愛し合って… そんな出逢いがあれば…」
ふっと草壁が笑いを漏らす。
早翔が不満げに草壁を一瞥する。
「笑うなって言ったのに…」
「すまん。だけど、ガキの頃はそんなこともあるのかなあと思ってたけど、現実は、そうそう夢のような出逢いなんてないぞ」
「現実の生々しい世界で生きているから夢を見る。きっとこの先、素敵な出会いがあるかも知れない…なんてね」
恥ずかしそうな笑みをこぼすと、草壁が「ガキだな」と笑う。
「それに、お前に言わせれば、まるで互いのインスピレーションを感じた一目惚れだけが、純粋な愛とでも言いたげだ」
草壁が冷めた目で、大人びた笑みを浮かべる。
「愛にも、色々な形がある。突然芽生えるもんもあれば、付き合ってくうちに育む愛もある。様々な打算とも絡み合って出来上がる。それが現実だ」
早翔に視線を向けると、その整った横顔の無垢な瞳が宙を見つめていた。
その肩に優しく手を乗せる。
「蘭子も向井も、お前が身体だけだと思ってるだけで、あっちは十分に愛を感じてたんだろうな」
「俺にはない… あるとすれば…」
「友情」と、早翔が発するのと同時に、草壁も同じ言葉を重ねる。
「向井も俺と同レベルかよ」
草壁が呆れ顔で笑うと、早翔は首を横に振りながら笑い返す。
「さて、そろそろ行くか」
おもむろに草壁が立ち上がり、早翔を見下ろす。
「行くってどこへ」
「蘭子のところに決まってるだろ。父親になる気はないから堕ろしてくれって言いに行く」
早翔の眉間に皺が寄り「無理だ…」と言葉が漏れる。
「ほら、行くぞ。お前の人生、あいつらのいいように振り回されるくらいなら、とことん抵抗してやろうぜ」
草壁がはじけるような笑顔で笑った。
「まあ、一言で言うならホストはお前みたいな律儀な人間には向かないってことだな。酒も弱いし… 昨日なんか紅茶にブランデー混ぜたらあっという間に昇天した」
おどけた口調で片頬をゆがめる草壁を、早翔が目を丸くして見つめる。
「紅茶にブランデー… 全然気が付かなかった」
「お前の究極の舌がアホになるくらい、辛い仕打ちを受けたってことだろ。ったく、向井のやろう、許せんわ」
草壁が眉根を寄せて顔をしかめる。
しばらく沈黙した後、静かに口を開く。
「子供はどうするの。父親になれるのか?」
早翔は大きく頭を振った。
「蘭子さんと結婚して家庭を作るなんて考えられない… 俺はゲイだよ。この先も自分にウソをついて… 自分を殺して生活するなんて… 気が狂いそうだ」
早翔はうなだれ頭を抱える。
「お前の中に、本当に蘭子に対する愛情はなかったのか?」
「ない」
「夫婦のゴタゴタにまで関わって、蘭子の幸せを考えたのにそこに愛はないと?」
「ない」
草壁がソファの背もたれに仰け反った。
「10年近く関係を持っても何の情もわかないか…」
「情はある… でも、あるとすれば、友情だ。直に対するのと同じような友達としての情… それ以上でも以下でもない」
「いきなり蘭子を俺と同じレベルまで引き上げるか… 少し嫉妬するわ」
その、ふざけた口調で吐かれた言葉を、早翔がフンと鼻で笑う。
「そんな不毛な嫉妬」
二人は、お互い顔を見合わせ笑い合う。
早翔が視線を逸らし、ゆっくりと真顔に戻る。
「笑わないで聞いてくれるか… 俺は恋がしたい。身体に衝撃が走るような恋… 好きになった相手が、俺のことも好きになってくれて、ちゃんと愛し合って… そんな出逢いがあれば…」
ふっと草壁が笑いを漏らす。
早翔が不満げに草壁を一瞥する。
「笑うなって言ったのに…」
「すまん。だけど、ガキの頃はそんなこともあるのかなあと思ってたけど、現実は、そうそう夢のような出逢いなんてないぞ」
「現実の生々しい世界で生きているから夢を見る。きっとこの先、素敵な出会いがあるかも知れない…なんてね」
恥ずかしそうな笑みをこぼすと、草壁が「ガキだな」と笑う。
「それに、お前に言わせれば、まるで互いのインスピレーションを感じた一目惚れだけが、純粋な愛とでも言いたげだ」
草壁が冷めた目で、大人びた笑みを浮かべる。
「愛にも、色々な形がある。突然芽生えるもんもあれば、付き合ってくうちに育む愛もある。様々な打算とも絡み合って出来上がる。それが現実だ」
早翔に視線を向けると、その整った横顔の無垢な瞳が宙を見つめていた。
その肩に優しく手を乗せる。
「蘭子も向井も、お前が身体だけだと思ってるだけで、あっちは十分に愛を感じてたんだろうな」
「俺にはない… あるとすれば…」
「友情」と、早翔が発するのと同時に、草壁も同じ言葉を重ねる。
「向井も俺と同レベルかよ」
草壁が呆れ顔で笑うと、早翔は首を横に振りながら笑い返す。
「さて、そろそろ行くか」
おもむろに草壁が立ち上がり、早翔を見下ろす。
「行くってどこへ」
「蘭子のところに決まってるだろ。父親になる気はないから堕ろしてくれって言いに行く」
早翔の眉間に皺が寄り「無理だ…」と言葉が漏れる。
「ほら、行くぞ。お前の人生、あいつらのいいように振り回されるくらいなら、とことん抵抗してやろうぜ」
草壁がはじけるような笑顔で笑った。
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