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久しぶりに店を訪れた蘭子は、向井とは対照的に上機嫌だった。
「弟が医者になりたいなんて、まだまだ苦労が絶えないわね」
「蘭子さん、やけに嬉しそうだね。頑張って試験受かったのに、全然連絡してくれないし… おめでとうの一言もない。もっと喜んでもらえると思ってたのにな」
多少嫌味を込めた言葉に、蘭子が真顔になって煙草を取り出す。
早翔が火を点けると、肩にしなだれかかりながら、その煙草を浅く唇に挟んでゆっくりと吹かす。
「だって、めでたくないもの… 借金もなくなって、試験も合格したらあなたはこの店を辞めるでしょ。その時、あなたはいとも簡単に、私からも離れていくことに気が付いてしまったの」
蘭子は上目遣いで唇の端に笑みを乗せて、早翔に妖艶な視線を送る。
「それとも、このまま永遠に付き合ってくれる?」
「永遠にって… 重いなあ…」
早翔が頬をゆがめて苦笑する。
蘭子の顔から表情が消え、しばらく黙したまま煙草をふかしている。
二口、三口吸ったところで、身体を起こし立ち上がった。
「今夜は疲れたから帰るわ」
「さっき来たばかりなのに、もう?」
早翔が立ち上がると、蘭子がニヤッと笑う。
「客が金も落とさずに帰るなんて言ったら普通は焦るのに、涼しい顔して早翔は平然としてるのね」
「蘭子さんの気まぐれには慣れてるから… それに蘭子さん、客だと思ってないし」
半笑いを浮かべながら視線を蘭子に向ける。
「それとも少し焦りを見せたほうが良かった?」
「嫌な子ね。あなたはさっさと指名客のもとにでも行きなさい。私は彼に送ってもらうから」
そう言うと、隣に立っていたヘルプのホストに腕を絡ませ背を向けた。
早翔が頼むとヘルプに目配せして、ふうと一息つく。
「早翔さん、ニブいですね」
テーブルを片付けながら別のヘルプが笑う。
「蘭子さん、早翔さんにプロポーズしたのに、軽くいなされて気分害したんですよ」
「プロポーズ?」と口にしたまま、早翔が固まる。
「永遠に付き合えって結婚しようってことでしょ。俺ならどこまでも付いて行くって言っちゃいますよ」
早翔は少しの間、言葉を詰まらせたが、すぐに「いや、違うよ」と返した。
「蘭子さんがそんな深い意味を、こんな場所で簡単に口にするわけない。それに、蘭子さんが気分を害する時はあんなもんじゃない。このテーブルの上のもの一切合切破壊される」
自分を納得させるように次々と言葉を並べて、わずかに感じていた焦りをごまかす。
「プロポーズが断られたからって、そんな暴れ方したら余計惨めでしょ。そりゃ、黙って帰るしかないですよ」
ヘルプが嘲るように笑う。
「君は蘭子さんのことを何も知らないのに、幼稚な憶測で大人の会話を曲解するな」
滅多に聞いたことのない怒りを含んだ早翔の口調に、彼は肩をすくめてすみませんと返した。
早翔は落ち着きを取り戻して、蘭子の言葉を思い出す。
「それとも、このまま永遠に付き合ってくれる?」
そんな深い意味があるなら、こんな聞き耳を立てれば他の人間にも聞こえてしまうような場で言うはずがない。ただのジョークだ。
早翔はもう一度自分に言い聞かせた。
「弟が医者になりたいなんて、まだまだ苦労が絶えないわね」
「蘭子さん、やけに嬉しそうだね。頑張って試験受かったのに、全然連絡してくれないし… おめでとうの一言もない。もっと喜んでもらえると思ってたのにな」
多少嫌味を込めた言葉に、蘭子が真顔になって煙草を取り出す。
早翔が火を点けると、肩にしなだれかかりながら、その煙草を浅く唇に挟んでゆっくりと吹かす。
「だって、めでたくないもの… 借金もなくなって、試験も合格したらあなたはこの店を辞めるでしょ。その時、あなたはいとも簡単に、私からも離れていくことに気が付いてしまったの」
蘭子は上目遣いで唇の端に笑みを乗せて、早翔に妖艶な視線を送る。
「それとも、このまま永遠に付き合ってくれる?」
「永遠にって… 重いなあ…」
早翔が頬をゆがめて苦笑する。
蘭子の顔から表情が消え、しばらく黙したまま煙草をふかしている。
二口、三口吸ったところで、身体を起こし立ち上がった。
「今夜は疲れたから帰るわ」
「さっき来たばかりなのに、もう?」
早翔が立ち上がると、蘭子がニヤッと笑う。
「客が金も落とさずに帰るなんて言ったら普通は焦るのに、涼しい顔して早翔は平然としてるのね」
「蘭子さんの気まぐれには慣れてるから… それに蘭子さん、客だと思ってないし」
半笑いを浮かべながら視線を蘭子に向ける。
「それとも少し焦りを見せたほうが良かった?」
「嫌な子ね。あなたはさっさと指名客のもとにでも行きなさい。私は彼に送ってもらうから」
そう言うと、隣に立っていたヘルプのホストに腕を絡ませ背を向けた。
早翔が頼むとヘルプに目配せして、ふうと一息つく。
「早翔さん、ニブいですね」
テーブルを片付けながら別のヘルプが笑う。
「蘭子さん、早翔さんにプロポーズしたのに、軽くいなされて気分害したんですよ」
「プロポーズ?」と口にしたまま、早翔が固まる。
「永遠に付き合えって結婚しようってことでしょ。俺ならどこまでも付いて行くって言っちゃいますよ」
早翔は少しの間、言葉を詰まらせたが、すぐに「いや、違うよ」と返した。
「蘭子さんがそんな深い意味を、こんな場所で簡単に口にするわけない。それに、蘭子さんが気分を害する時はあんなもんじゃない。このテーブルの上のもの一切合切破壊される」
自分を納得させるように次々と言葉を並べて、わずかに感じていた焦りをごまかす。
「プロポーズが断られたからって、そんな暴れ方したら余計惨めでしょ。そりゃ、黙って帰るしかないですよ」
ヘルプが嘲るように笑う。
「君は蘭子さんのことを何も知らないのに、幼稚な憶測で大人の会話を曲解するな」
滅多に聞いたことのない怒りを含んだ早翔の口調に、彼は肩をすくめてすみませんと返した。
早翔は落ち着きを取り戻して、蘭子の言葉を思い出す。
「それとも、このまま永遠に付き合ってくれる?」
そんな深い意味があるなら、こんな聞き耳を立てれば他の人間にも聞こえてしまうような場で言うはずがない。ただのジョークだ。
早翔はもう一度自分に言い聞かせた。
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