3 / 69
卒業(2)
しおりを挟む
通された部屋には、女性雑誌にファッション誌、小説、新聞と足の踏み場もない。
「床にあるやつ全部捨てていいから」
龍登が散らかった部屋を片付け始める。
ホストは誰もがトップを目指すと思っていたが、龍登は違っていた。4位から6位を行ったり来たり。その理由が、この寮を出て行かなくていいことだと言う。
「寝に帰るだけに何十万も払えるか。追い出されるまでいる。それに嫌だろ。入口にあんなどデカい顔のアップ貼られて。適当なところを行ったり来たりが居心地いいの」
そう言って、屈託のない笑顔を見せる。
部屋で龍登は、暇さえあれば客に電話をしていた。
「今月はいいよ。無理するな。その代わり来月は派手に遊ぼうぜ。楽しみだな」
そんな調子で売り上げの調整をしたり、
「おはよう。龍登だよ。起きて~」と、自分は2、3時間ほどしか寝ていないのに、モーニングコールを掛ける。さらに2、3時間の仮眠の後に再び電話を掛けまくり、同伴出勤の予定を立てる。
同居する他の二人が、ほぼ何もせずだらだらと過ごしているのとは対照的だった。
店でも金魚のフンのごとく龍登の後に付いて回り、緩急織り交ぜた会話に客が心地良く和んでいったり、客の気分の高揚を読み取って、さらに盛り上げていく技術を学んでいった。
時には強引に酒を飲まされそうになったが、龍登がすかさず間に入る。
「こいつ、未成年なの。飲ませたら俺がクビになるから代わりに飲むね」
そう言って、客のメンツも潰さず穏やかに切り抜ける。
早翔がそれまで経験したことのない、凄まじい早さで1か月が過ぎていき、寮を出て行く日になった。
「ホストの入門講座終了だな。お前のせいで俺、張り切り過ぎて来月はデカい写真にされて、ここ追い出されるかもな」
龍登の軽口に早翔が「すみません」と頭を下げる。
「お前はお坊ちゃんだから心配だけど、まあホストクラブなんて、どこ行っても似たようなもんだから頑張れよ」
龍登は、少し寂しさを滲ませた笑顔で早翔を見送った。
9月に入り、始業式を無断欠席して学校に行くと、小島に誰もいない理科準備室に呼び出された。
その顔には、やり場のない怒りを滲ませている。
「お前、無断で休むわ髪染めるわ、優等生がここにきて問題起こしてどうする」
早翔は冷めた目で小島を睨みつける。
「俺、高校中退するから。もう、毎日、学校通ってる時間がかったるくて。進学しないならこの学校に居る意味もないし」
言い終わる前に、小島の拳が早翔めがけて飛んできた。なおも両手で早翔の襟首をつかんで締め上げる。
「私は君に何もできない。教師として偉そうなことを毎日言ってきたが、君の苦境を助けることもできない。ただただ無力だ。だから、私が最後にしてやれることは、君をこの高校から卒業させることだけだ。絶対に、ここを卒業させるから」
小島の血走った目が潤み、涙がこぼれる。それを隠すように早翔から手を離すと、背を向けて顔を拭った。小島が荒い息を整え「ここに座れ」と椅子を指す。
早翔が素直に座ると、バリカンを手にしている。
「先生、坊主はカンベンしてよ」
「1センチ残すか」
「せめて3センチ」
「間を取って2センチだな」
「トップは3センチから5センチがいい」
「私は美容師ではない。無茶言うな」
小島が笑い、早翔もつられて笑う。
「先生、俺、ホストになる。何とかやっていけそうな気がするんだ」
「そうか。どんな世界も、そんなに甘いもんじゃないぞ。頑張れるだけ頑張れ」
しばらく沈黙した後、小島が早翔の肩をつかんだ。
小島の指頭が、痛いほど早翔の肩に食い込んでいる。
「だけど、無理はするな。どうしても辛かったら、何もかも投げ出して逃げるんだ。逃げるのは悪じゃない。少し間を置いて、また頑張ればいい。だから、辛い時は迷わず逃げろ」
早翔の唇が震え、ようやく「はい… 頑張ります」と絞り出す。
小島が早翔の肩をぽんぽんと叩くと、理科準備室にバリカンの音を響かせた。
「床にあるやつ全部捨てていいから」
龍登が散らかった部屋を片付け始める。
ホストは誰もがトップを目指すと思っていたが、龍登は違っていた。4位から6位を行ったり来たり。その理由が、この寮を出て行かなくていいことだと言う。
「寝に帰るだけに何十万も払えるか。追い出されるまでいる。それに嫌だろ。入口にあんなどデカい顔のアップ貼られて。適当なところを行ったり来たりが居心地いいの」
そう言って、屈託のない笑顔を見せる。
部屋で龍登は、暇さえあれば客に電話をしていた。
「今月はいいよ。無理するな。その代わり来月は派手に遊ぼうぜ。楽しみだな」
そんな調子で売り上げの調整をしたり、
「おはよう。龍登だよ。起きて~」と、自分は2、3時間ほどしか寝ていないのに、モーニングコールを掛ける。さらに2、3時間の仮眠の後に再び電話を掛けまくり、同伴出勤の予定を立てる。
同居する他の二人が、ほぼ何もせずだらだらと過ごしているのとは対照的だった。
店でも金魚のフンのごとく龍登の後に付いて回り、緩急織り交ぜた会話に客が心地良く和んでいったり、客の気分の高揚を読み取って、さらに盛り上げていく技術を学んでいった。
時には強引に酒を飲まされそうになったが、龍登がすかさず間に入る。
「こいつ、未成年なの。飲ませたら俺がクビになるから代わりに飲むね」
そう言って、客のメンツも潰さず穏やかに切り抜ける。
早翔がそれまで経験したことのない、凄まじい早さで1か月が過ぎていき、寮を出て行く日になった。
「ホストの入門講座終了だな。お前のせいで俺、張り切り過ぎて来月はデカい写真にされて、ここ追い出されるかもな」
龍登の軽口に早翔が「すみません」と頭を下げる。
「お前はお坊ちゃんだから心配だけど、まあホストクラブなんて、どこ行っても似たようなもんだから頑張れよ」
龍登は、少し寂しさを滲ませた笑顔で早翔を見送った。
9月に入り、始業式を無断欠席して学校に行くと、小島に誰もいない理科準備室に呼び出された。
その顔には、やり場のない怒りを滲ませている。
「お前、無断で休むわ髪染めるわ、優等生がここにきて問題起こしてどうする」
早翔は冷めた目で小島を睨みつける。
「俺、高校中退するから。もう、毎日、学校通ってる時間がかったるくて。進学しないならこの学校に居る意味もないし」
言い終わる前に、小島の拳が早翔めがけて飛んできた。なおも両手で早翔の襟首をつかんで締め上げる。
「私は君に何もできない。教師として偉そうなことを毎日言ってきたが、君の苦境を助けることもできない。ただただ無力だ。だから、私が最後にしてやれることは、君をこの高校から卒業させることだけだ。絶対に、ここを卒業させるから」
小島の血走った目が潤み、涙がこぼれる。それを隠すように早翔から手を離すと、背を向けて顔を拭った。小島が荒い息を整え「ここに座れ」と椅子を指す。
早翔が素直に座ると、バリカンを手にしている。
「先生、坊主はカンベンしてよ」
「1センチ残すか」
「せめて3センチ」
「間を取って2センチだな」
「トップは3センチから5センチがいい」
「私は美容師ではない。無茶言うな」
小島が笑い、早翔もつられて笑う。
「先生、俺、ホストになる。何とかやっていけそうな気がするんだ」
「そうか。どんな世界も、そんなに甘いもんじゃないぞ。頑張れるだけ頑張れ」
しばらく沈黙した後、小島が早翔の肩をつかんだ。
小島の指頭が、痛いほど早翔の肩に食い込んでいる。
「だけど、無理はするな。どうしても辛かったら、何もかも投げ出して逃げるんだ。逃げるのは悪じゃない。少し間を置いて、また頑張ればいい。だから、辛い時は迷わず逃げろ」
早翔の唇が震え、ようやく「はい… 頑張ります」と絞り出す。
小島が早翔の肩をぽんぽんと叩くと、理科準備室にバリカンの音を響かせた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
蘭 子ーRANKOー(旧題:青蒼の頃)
ひろり
現代文学
大人の事情に翻弄されながら、幼い私が自分の居場所を探し求め手に入れた家族。そのカタチは少々歪ではあったが…
《あらすじ》
ある日、私は母から父のもとへと引き渡された。そこには、私を引き取ることを頑なに拒否する父の妻がいた。
どうやら、私はこの家の一人息子が亡くなったので引き取られたスペアらしい。
その上、父の妻にとっては彼女の甥を養子に迎えるはずが、それを阻んだ邪魔者でしかなかった。
★「三人家族」から乳がんの話が出てきます。苦手は方は読まないで下さい。
★会話の中に差別用語が出てきますが当時使われた言葉としてそのまま載せます。
★この物語はフィクションです。実在の地名、人物、団体などとは関係ありません。
*凛とした美しさの中に色香も漂う麗しい女性の表紙はエブリスタで活躍中のイラストレーターGiovanniさん(https://estar.jp/users/153009299)からお借りしています。 表紙変更を機にタイトルも変更しました。 (「早翔」に合わせただけやん(^◇^;)ニャハ…28歳くらいの蘭子をイメージしてます。早翔を襲った時くらいですかね(^^;))
*本文中のイラストは全てPicrew街の女の子メーカー、わたしのあの子メーカーで作ったものです
Picrewで遊び過ぎて、本文中に色々なイラストを載せたので、物語の余韻をかなり邪魔してます。余計なものを載せるな!と思われたらそっとじしてくださいm(._.)m
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サイキック・ガール!
スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』
そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。
どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない!
車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ!
※
無断転載転用禁止
Do not repost.
ロングマフラー
ひろり
現代文学
~あれから二十年…時は流れても、お婆ちゃんの心にはいつまでも生きている~
《あらすじ》
老人介護施設に入居してきた麻子は、サックスブルーの長い手編みのマフラーをぐるぐると首に巻いていた。
何とか麻子から取り上げようとするが、麻子は強く拒否して離さない。
それは亡くなった孫の形見の品だった。
*表紙はpicrewあまあま男子メーカー、背景は悦さんのフリー素材「沈丁花」を使用させていただきました。
*****
沈丁花サイドストーリー
沈丁花から20年近く時が経った頃の、蒼葉くんのことを一番理解していたお婆ちゃんの物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる