上 下
27 / 27

家族

しおりを挟む
「お父様、天に召されるお母様をお見送りしましょう」

 火葬場の親族控室で、父は親族一人ひとりに挨拶に回っていた。一通り終わって息をついている父を会場の外に誘った。
 見上げると高い煙突の先から白い煙が立ち上り青空へと同化していく。

「お母様は隆太郎お兄様に会えたかしら」
「もうとっくに会ってるよ」
 父がふっと息を漏らして笑う。
「随分と老けたから、隆太郎が自分のことをわかるかしらと心配していたよ。変わらず綺麗だよと言ったら、真顔でからかうなと怒るんだ…」
 最後は涙声が震えていた。
「本当に涙って尽きないわね。泣くだけ泣いたのにまだ出てくる」
 涙を滲ませながら笑って父を見る。

 通夜の夜は交代で母に寄り添った。
「隆太郎様が亡くなられた時は、一緒に嘆き悲しんでくれる奥様がいらした。奥様が亡くなられた今は一人切りで、悲しみに耐えられる自信がないと仰られていました。どうかできる限り旦那様に寄り添って差し上げて下さい」
 父と共に母に寄り添っていた永井に、ぽろりと本音がこぼれたのだろう。
 葬儀の前に永井からそう伝えられた時は、私がいるのにと少し不満を覚えた。

 しかし、家族とは言え別個の人間なのだから仕方がないとも思う。
 私がどんなに父の気持ちを理解し心から共に悲しみ、寄り添っていると信じていても、完全に父の孤独を癒すことは無理なのだろう。
 それは父も私の感情に100%寄り添うことなどできないのと同じように。
 そうやって人の心はすれ違うものなのだろう。

「たまには私のことを娘ではなく、お母様だと思って泣いてくれて構わないわ」
 おもむろにそう言うと、いきなり何だよと笑う。
「無理だよ。蘭子は可愛い娘だ」
「それならそれでいいわ。私の前で子供みたいにわんわん泣いて構わないから」
「ありがとう。覚えておこう」

 しばらく間を置いて父が口を開く。
「お前はどうなんだ? 庸一郎君のことは…」
「自分でもよくわからないの。もう長いこと一緒に居過ぎてこの思いが愛なのか情なのか…だから保留よ。ずっと保留」
 いつまで保留なの?と自身に問いかける。
 いつの日か私の人生から庸一郎を切り捨てられる日が来るのだろうか。
 息子を見るような目で彼を見る父が死ぬまでか、あるいは同じように兄を追い求めてきた私自身が死ぬまで切り捨てられないのか。

「彼はお前に認めてもらおうと必死だぞ。健気に頑張ってる姿を見ると可哀相になるよ。まあ、一緒に過ごしたら、また違った局面になるかも知れないしな。よく考えたらいい」

 つまり父は庸一郎と別れて欲しくないと言っているのだろう。
 妬けるわねと呟く。
 何?と父が訊き返す。
 何でもないと素っ気なく返した。

「お父様、少し現実的なお話をしていい?」
 思い切って切り出した。
 父は悠然と何だ?と微笑む。
「私が自由にできる財産はどのくらいあるの?」
「何か欲しい物でもあるのか?」
「何だか憂さ晴らしがしたいの。何もかも忘れて……気持ちの整理が付いたら子供のことも考えようかしら」

 私は無邪気な笑顔を作って父を見た。
「庸一郎さんと分けるのだから使い過ぎてもダメでしょう?」
「庸一郎君? なぜ?」
「だって以前、養子縁組するって言ってたわ」
 父が、蘭子はお人好しだねと苦笑する。
「絶対に庸一郎君と養子縁組はしないようにとお母様に遺言されてる。杏紗と言いお袋と言い、女はそういうところだけはしっかりしているよな」

 数年前に亡くなった祖母は、祖父から引き継いだ財産全てを私に残すよう遺言した。祖母にとって最愛の息子も、自分より嫁とその家族を大事にする面白くない息子になっていたようだった。
 子供の頃、庸一郎家族と旅行に行った話を祖母に楽しそうにすると、
「全く、晋太郎は私を旅行一つ連れて行かないで、あちらさんばかりを大事にする。息子なんて生んでも良いことなんてありゃしない」
 と、父に対する不平不満が口を衝いて出る。

 父に、祖母を旅行に連れて行こうと提案すると、
「伯母様達が寄ってたかって連れ出してるからいいんだよ。結局、金はこっちが出してるんだから、蘭子は何も心配しなくていいよ。蘭子だって、お婆様とお母様の間で辛い思いをしたくないだろう?」
 どうやら、二人の間に立つのは辛いことのようだった。

 そして、長年の確執が全財産を孫に引き渡し、嫁に渡る可能性を潰すことで祖母は溜まった鬱憤を晴らしたのだろう。
 父は3人の姉の遺留分相続手続きが面倒だったとぼやいていたが、相続人を私一人にされたことについては、
「そんなことされても痛くも痒くもない。むしろありがとうと感謝したいね」と豪快に笑い飛ばしていた。
 母も、ゆくゆくは庸一郎の子供に財産が渡ることを阻止しようとしたのだろうか。
 この半年間の母への献身を見てきただけに、彼が気の毒になった。

 私が思う以上に母は私を愛してくれていたのかも知れない。
 なぜ私は母の愛を信じられず、私より庸一郎のほうが大事なんだと思い込んでいたのだろう。勝手に孤独を感じ傷つきながら、必死に愛されたいと願い求め続けた。もうすでに手の中にあるのも気付かずに。

「お父様、庸一郎さんと養子縁組しても構わないわよ」
 いや、と急に社長の顔にもどって冷徹な表情を見せる。
「お母様の言う通りだ。必要ない。蘭子は子供を作って庸一郎君よりも長生きすることだな」
「お父様はお母様の分も長生きしてくださいね」
「いいのか? 長く生きると再婚するかも知れんぞ?」
 そう言って父は冗談めかして笑った。
「構わないわよ、お父様が幸せなら。再婚相手が気に入らない女でも、悪口言ったり喧嘩しながらそれなりにやってくわ。きっと伯母様達は私の味方になってくれるだろうし…」
 うへぇと父の顔がゆがむ。
 私が声を出して笑うと父もつられて笑った。

「お、庸一郎君だ」
 見ると庸一郎がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
 少し不満げな顔が、誘ってくれないなんてと疎外感を滲ませていた。
「いつの間にか姿が見えなくなってて焦ったよ」
「ごめんなさい。ほら、見て。お母様が天に昇って行くわ」

 見上げた庸一郎の瞳は、彼方に母を見ているような切なくも優しい笑みを含んでいた。
 ふっと深い息を吐く。
「これでやっと本物の隆太郎君に会えたね」
 誰に言うともなくぽつんと呟く。

 それは父と私に、天の母と隆太郎に、あるいは彼自身に向けられた温かい呟きだった。
 父や母、私だけではなかった。
 彼もまた、10歳、仲が良かった従弟を亡くしたその時から、庸一郎であり隆太郎である自分を演じ、駆け抜けてきた。

 私は思わず彼の手をとった。
「あなたはずっと本物だったわ。本物の庸一郎さん以外の何者でもなかった。母にとってもね」
 父もそうだなと応じる。
 父と庸一郎、私はいつまでも空を眺めていた。


終わり

最後まで読んでいただきありがとうございました。
心から感謝いたします。








余韻を無くすイラストです。
適当なエピソードが無く、だったら載せるなと言われそうですが…載せます(^◇^;)
picrewのお遊びです。



桜を見る会でサチさんにリボンを結んでもらったけど「こんなのヤダ」と言ってやり直し。。。



じゃあ、ポニーテールは?となって「ヤダッ!」
そして、アップにしてピンクのお花を付けてもらってご機嫌になります。(庭の記憶)
サチ「お花をつけて欲しいなら、最初から仰ればいいのに」




中学1年くらい。




高校生ですかね。




高校生だからこんな髪型も可愛い(≧▽≦)




高校の制服姿です。




「お母様、クリスマスツリーに幸せの青い鳥を飾ってもいい?」て感じをイメージ。




旧表紙


picrewのお遊びに最後までお付き合いいただきありがとうございました。
物語の余韻を台無しにしてしまってすみません。
それでも載せたいと思ってしまうのは、絵が描けないのにプロ級のイラストが仕上がるpicrew作家様のお陰です。ありがとうございましたm(._.)m

ユウナ様
https://twitter.com/yuna_mugiko
aco_pbw様
https://twitter.com/aco_pbw_picrew

                             
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

三限目の国語

理科準備室
BL
昭和の4年生の男の子の「ぼく」は学校で授業中にうんこしたくなります。学校の授業中にこれまで入学以来これまで無事に家までガマンできたのですが、今回ばかりはまだ4限目の国語の授業で、給食もあるのでもう家までガマンできそうもなく、「ぼく」は授業をこっそり抜け出して初めての学校のトイレでうんこすることを決意します。でも初めての学校でのうんこは不安がいっぱい・・・それを一つ一つ乗り越えていてうんこするまでの姿を描いていきます。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

学校の脇の図書館

理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

〜紅桜の誓い〜

古波蔵くう
恋愛
岩田明彦は痩せっぽちながらも、好きなさくらのために献血を決意。条件を満たせず苦悩するも、体重を増やし成功。さくらの治療が成功し、癌がなくなるが、彼女は岩田を振り、新たな彼氏ができてしまう。岩田は減量に励むが、失意の底でヤケ炭酸の下で自分と向き合う。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...