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バカがつくほどお人好し

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「だから、私、何の迷いもなかったんです」
 リツは、澄んだ瞳で真っすぐあかねを見つめていた。

 感動とともにリツの話を聞いていたあかねだったが、ハッと我に返る。

「いや、アンタ、そこは迷わないとダメでしょ! 人生かかってんだから迷いなさいよ。断りなさいよ」
「リツが断ったらそもそもお前は存在しないが?」
 リツの話を黙って聞いていた死神が、そう口を挟んだ。

 あかねがキッと死神をにらんだ。
「死神! アンタもアンタよ。なんでひいお爺ちゃんが生まれたらすぐ、クソババアを連れて行かなかったの。アンタのせいよッ!」
「私はクソババアの前に何度か出向いた。その都度クソババアは私に泣いて懇願するのだ。『せめてこの子にたんとお乳を与えて元気で1歳の誕生日を迎えるまで』その次は『この子が3つになるまで』『この子が小学校に上がるまで』と…」

 死神は蔑むような視線をあかねに送り、頬をゆがめて嘲笑う。
「人間の強欲は凄まじい。どこまでも身勝手に、自身の幸せのみを追求する醜い生き物だ」

「そんなクソババアのわがままをずっと許したのかよ! クソたわけのクソ死神がぁ! 死神のくせに正しく人を殺せもしないで! アンタは出来損ないのクソ死神だわ! 役立たずのクソ死神なんか、とっとと死ねばいいのに!」
「く…くそとか言うな… くそとか…」
「クソがイヤならうんこ! うんこうんこうんこ死神!」
「うんこも言うな… クソとか、うんことか… 出来損ないとか… 役立たずとか… 死ねとか… お前、酷過ぎるぞ…」

 青白い顔をさらに青くして死神が固まり、思い詰めたように一点を見つめる。
「一丁前に傷ついてんじゃねーよ、ばぁか。それに死ねとか言われても、アンタ死神なら生きてないだろうが、ボケッ!」
 死神が口ごもりながらあかねに言い返そうと言葉を探す。

「わ… 私は… 仕事を… 私の仕事を… ババアを… リツが… ババアがリツが…」
「死神のくせに動揺してんじゃねーわ。こういう時、生きてる人間は深呼吸するんだよ。できるか? 息を吸ってぇ吐いてぇ…」

 死神があかねの言葉に合わせて吸って吐いてとやり出す。その度に、キィ~~キェ~~とすりガラスに爪を立てたような、凄まじい不快音が鳴り響く。
 あかねが両耳を手で塞ぐ。
「やめろ! バカッ、クソッ、ボケッ、うんこ!」
「ふむ… なんか知らんがもとに戻ったようだ」
 死神は落ち着きを取り戻し、平然と答える。

「私はババアだろうがリツだろうが、未完成な魂を一つ連れて帰ればよかった。だからこの写真にリツの魂を封じて、ババアの覚悟が決まったらこの写真を開くように。もし、リツを代わり人として差し出すなら、この写真を燃やすように」
「で、和紙で包まれ開かれることもなく、燃やされることもないまま、今までここに眠ってたわけだ」

 死神は多少の焦りを見せつつ威風堂々と胸を張る。
「バ、ババアのぉ! 悪だくみにぃ! まんまとぉ! 騙されたのだぁぁぁ!」
「そこ、威張り散らすとこじゃねーから。己の頭の悪さを悔いて懺悔するとこだから。マジでうんこ以下の死神だわ!」

 冷たくあかねに吐き捨てられ、動揺した死神が口をパクパクと動かす。
キィ~~~~~キェ~…
「深呼吸すなッ! カスッ! 今度やったらぶっ殺す!」
あかねの怒号に死神が、がっくりとうなだれた。

「いい加減にしてくださいッ!」
 リツの悲鳴に近い叫び声が響いた。
「二人して若奥様のことをババア、ババアって失礼過ぎます。若奥様はとても素敵な女性だったんです」

 あかねは深いため息をつく。
 そして、怒りも露わに顔をゆがませ、リツを睨み付けた。
「お人好しもいい加減にしなさいよッ!」
 蔵の中にあかねの怒号が響き渡った。
「何、いい人ぶってるの。あなた、そのババアに殺されたも同然なの! もっと怒りなさいよ。お腹の子ばかりかその曾孫ひまごまですくすく育ってんのよ。怒鳴り散らして罵倒しまくってよ!」

 あかねの激昂してブチ切れた顔に、どこか苦し気な表情が混じる。
 赤く血走った目は潤み始め、大粒の涙となって頬を伝う。
 あかねはリツの手を取ると、自分の首元へと持っていった。

「ほら… 首根っこ捕まえて、『お前なんか生きてる資格ない! 本当なら存在してもいなかったのに! 今すぐ死ね』って。そう言いなさいよ! もっと怒ってよ… お願い… そうじゃないと辛すぎるよ… 私…辛すぎる」
 あかねは床にへたり込むと、子供のように泣きじゃくっていた。
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