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ババアの悪だくみ

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「金目のものが見つかったら売って、蔵つぶしてあかねの家を建てる資金にしよう」
 あかねの中で、佑利ゆうりが言ったそんな言葉がぐるぐる回っていた。

「いきなり蔵の片付けなんて言い出したのはそういうことか…」
 薄暗い蔵の中で、あかねは長持ながもちの上に腰掛け、すっかりやる気を失っていた。

「そんなため息ばかりついていると、死神に取りつかれるぞ」

 声のほうを振り向くと死神がいた。
 その容姿と合わない声にあかねが思わず笑いを漏らすと、死神の頬が緩み優しい笑顔を見せた。
 初めて見る死神の笑顔に、あかねの顔から笑いが薄らぐ。

「あなたは喋らなければ本当にタイプなんだけど…」
「それは残念だ。お前は私のタイプではない」
「何よ、気分悪い」
 あかねは不機嫌そうに立ち上がった。

「いたわよ、楠木幸子。私の曾々ひいひいお婆ちゃん。もうずいぶん前に85か6で死んでます」
「若奥さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 背後で悲痛な声を上げうずくまっているのはリツだった。

「いや、なんで?」
 あかねが顔を引きつらせて唇をゆがめる。
「普通に考えたら死んでて当然でしょ。なんで泣くかなあ…」
「まあ仕方ない。彼女にしてみたら夜寝て朝起きた感覚だ。お前たち人間と同じ時間軸ではないから」
 死神が平然と答える。
 あかねは泣きじゃくるリツを抱き起し、長持に座らせた。

「リツさん、あなたが仕えた私の曾々ひいひいお婆ちゃんは、子供や孫たちに囲まれて天寿を全うして幸せに死んだの。悲しむことなんか1つもないの」
 あかねは死神をにらみつけた。
「アンタの目的の楠木幸子は大昔に死んでるの。さっさと彼女を開放しなさいよね」

 死神が唇の端に不敵な笑みを湛えて、堂々と胸を張る。
「知っているぅ! 私はぁ! 全ての死を見通せるぅ! 死神なのだからぁ!」
 死神は威厳を漂わせながら、ゆっくりと発した甲高い声が蔵の中に響く。

 あかねの唇はむずむずと震え出す。それを死神がチラッと横目で見た。
「いいのか。ここで笑うと話が進まんぞ」
 あかねはキュッと唇を固くして首を横に振る。

「リツは楠木幸子の未熟な魂、その代わりとして預かった。幸子が天寿を生き尽くして死んだとしても、以前未完成な死は一つ足りないままだ」
「訳わかんない。未完成だろうが完成だろうが死は死でしょ」
「あいにく天寿を全うした死は私の範疇ではない。私の担当はあくまで未完成。未熟な魂だ」
「アンタ、鬼でしょ!」
「死神だぁぁ!」
「悪魔ッ!」
「死神だぁぁぁ!」
「この人でなしがぁッ!」
「しにが… そ、その通りだ… 人ではない」
「やめてください!」

 リツが目を真っ赤にして立っていた。
「私は死神様とともに参ります。大好きな若奥様とも会えない。親弟妹おやきょうだいとも… 生きていても仕方がありませんから」
「バカなこと言わないでよッ!」
 あかねが声を張り上げた。

「あなたの人生はこれからなのよ。曾々ひいひいお婆ちゃんに滅茶苦茶にされたんだから、生き直さないとダメでしょ。たとえご家族に会えなかったとしても、その曾孫ひまご曾々孫ひひまごがきっといる。そして、これからあなた自身が人生を取り戻すの。クソ曾々ひいひいババアによって狂わされた人生を」

 必死な形相のあかねに、温かな微笑みをたたえたリツが首を横に振った。
「そんなふうに若奥様のことを言わないで。お一人目のお子様は流産、お二人目は死産、やっと元気にお生まれになった剛志つよし様は、2歳でお亡くなりになられて。『たんりんしゃ、たんりんしゃ』と三輪車を欲しがられて、その度に、もっと大きくなったらねと諭されていらっしゃいました」

 あかねは父、佑利から聞いたことがあった。
 楠木家は、子供が生まれるとすぐに、祝いの品として三輪車が買い与えられる。
 悦子が生まれた時もすぐに買い与えられた。が、悦子がそれで遊ぶ頃には所々錆びて、嬉しくない代物になっていた。
 4歳下に佑利が生まれた時も、やはり慣例どおり三輪車を買うことになるが、悦子は自分好みのピンクの三輪車を買うようせがんだ。散々乗り回して、玄関で雨ざらしになり、佑利が乗る頃には、すっかり錆びだらけの中古品になっていた。
 その悲しいエピソードの大元は、亡くなった子供に対する、大人たちの後悔と懺悔の表れから始まっていたのだ。

「ずっとお側で見て来たから、若奥様から四度目にお腹に宿したお子様を、どうしても元気に生んでやりたいという気持ちが痛いほどわかりました。だから、私、何の迷いもなかったんです」
 リツは澄んだ瞳で真っすぐにあかねを見つめていた。
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