3 / 4
消えない執着
しおりを挟む
オレは白井が契約したアパートで、一人暮らしを始めた。
時々、白井の秘書の草壁と名乗る、神経質そうな男が様子を見に来た。
進学の際の三者面談も「社長が多忙なため私が」と言って同席した。
驚いたことに、何度かオレの部屋に来ただけで大体の成績を把握し、教師に対して寮のある私立高校を提示し、合格の可能性を分析して意見を求めるので、教師もたじろいでいた。
高校に合格し、アパートを引き払うことになると、いつもスーツで決めている草壁が、ラフな格好で手伝いに来てくれた。
「寮には机もベッドもあるから、身の回りのものだけ段ボールに詰めて、あとは会社のトランクルームに預かるようにするよ」
「すみません」
「そうだな…」と草壁が部屋を見回す。
「君が選んだ机とベッド以外は全部処分していいんじゃないか? どうしても保管しておきたいものある?」
このアパートに入る時に新しく購入したものは机とベッドで、他は母と暮らしたマンションから、使える家具や日用品を持ち出して使用していた。
部屋の中を見回して、何を保管しておくか物色していると、草壁が「全部処分したほうがいいよ」と言った。
「次に君が新生活を始める場所では、何もかも新しくして、過去のしがらみから解き放ったほうがいい」
「過去のしがらみ…」
「そう、例えば親。子供はいずれ親とは別れる。それが早いか遅いかでそれほど違いはない。ただ、とっとと捨てたほうが、自分の人生を自分のためだけに始められる」
オレは多分、未練たらしい顔をしていたのだろう。
心のどこかで、いつか母の新しい家族の中に迎えられる日が来るのではないかと、淡い期待を抱いていたのだろうか。
草壁が、メモに何か書いて、オレの前に差し出した。
「社長の家の電話番号だ… かけてみたら」
オレは受話器を取り、その番号にかけた。
呼び出し音の後、すぐに女性の声がした。
「白井でございます」
久しぶりに聞く母の声は、少し上品ぶった高めの声だった。
「…あの… ママ」
しばらく沈黙した後、「何よ?」とオレを罵倒した時と同じ低音に戻っていた。
「オレ、中学卒業して今度、高校に行くから… その… 今まで…」
母の大きなため息が、オレの言葉をさえぎった。
「一体、誰のおかげでそんな暮らしができると思ってんの。自分独りで大きくなったとでも思ってるの?」
「そんなこと思ってないよ」
「だったら、もう二度と電話かけてこないで。私の生活を邪魔しないでください!」
電話は一方的に切れた。
草壁は、呆然と立ち尽くすオレの手から受話器を取って、元に戻した。
オレはうなだれたまま「バケモノ…」とつぶやいた。
「バケモノ? 自分の幸せを追求する普通の人間だよ。リスタートのためなら、自身の子供の排除もやむを得ない。そう考えるヤツは昔も今も、男女関係なく普通に存在するよ。自分を不幸だと思わないほうがいい。むしろ、まとわりつかれる親が居なくてラッキーだったと思うほうが…」
「勝手なこと言うなよ!」
オレは初めて草壁に逆らった。
「オレの気も知らないくせに…」
完全な八つ当たりだとわかっていたが、言わずにはいられなかった。
「気持ちはわかるさ。私も母子家庭で母親が再婚したから」
草壁は片方の口角を上げて苦笑する。
「私の母は、再婚相手の顔色ばかりうかがう女でね、それを私にも強いた。新しい父親には理不尽なことでよく殴られたよ。弟と妹ができたけど、彼にしたら私だけ異分子だったんだろうね。母は一度もかばってはくれなかった。ようやく独立できたと思ったら、あいつは脳梗塞で倒れやがった。そしたら『長男だろ』『誰のお蔭で大きくなったと思ってる』と… 全く煩わしい」
草壁は、白い歯を見せてオレを見た。
「幸、不幸は自分で決められる。ならラッキーだと思ったほうがいい… まあ、不幸だと思いたければ思えばいいけどね」
「すみません… 生意気なこと言って」
草壁の落ち着いた口調に、オレは素直に頭を下げた。
草壁は首を横にふると、軽く息を吐いた。
「さて、どうする。どれをトランクルームに入れる?」
「全部捨ててください。机もベッドも全部」
オレは、今まで目の前にかかっていた靄が、晴れていくような気がした。
「そうだな、それがいいよ」
草壁が安心したように目を細めて笑った。
時々、白井の秘書の草壁と名乗る、神経質そうな男が様子を見に来た。
進学の際の三者面談も「社長が多忙なため私が」と言って同席した。
驚いたことに、何度かオレの部屋に来ただけで大体の成績を把握し、教師に対して寮のある私立高校を提示し、合格の可能性を分析して意見を求めるので、教師もたじろいでいた。
高校に合格し、アパートを引き払うことになると、いつもスーツで決めている草壁が、ラフな格好で手伝いに来てくれた。
「寮には机もベッドもあるから、身の回りのものだけ段ボールに詰めて、あとは会社のトランクルームに預かるようにするよ」
「すみません」
「そうだな…」と草壁が部屋を見回す。
「君が選んだ机とベッド以外は全部処分していいんじゃないか? どうしても保管しておきたいものある?」
このアパートに入る時に新しく購入したものは机とベッドで、他は母と暮らしたマンションから、使える家具や日用品を持ち出して使用していた。
部屋の中を見回して、何を保管しておくか物色していると、草壁が「全部処分したほうがいいよ」と言った。
「次に君が新生活を始める場所では、何もかも新しくして、過去のしがらみから解き放ったほうがいい」
「過去のしがらみ…」
「そう、例えば親。子供はいずれ親とは別れる。それが早いか遅いかでそれほど違いはない。ただ、とっとと捨てたほうが、自分の人生を自分のためだけに始められる」
オレは多分、未練たらしい顔をしていたのだろう。
心のどこかで、いつか母の新しい家族の中に迎えられる日が来るのではないかと、淡い期待を抱いていたのだろうか。
草壁が、メモに何か書いて、オレの前に差し出した。
「社長の家の電話番号だ… かけてみたら」
オレは受話器を取り、その番号にかけた。
呼び出し音の後、すぐに女性の声がした。
「白井でございます」
久しぶりに聞く母の声は、少し上品ぶった高めの声だった。
「…あの… ママ」
しばらく沈黙した後、「何よ?」とオレを罵倒した時と同じ低音に戻っていた。
「オレ、中学卒業して今度、高校に行くから… その… 今まで…」
母の大きなため息が、オレの言葉をさえぎった。
「一体、誰のおかげでそんな暮らしができると思ってんの。自分独りで大きくなったとでも思ってるの?」
「そんなこと思ってないよ」
「だったら、もう二度と電話かけてこないで。私の生活を邪魔しないでください!」
電話は一方的に切れた。
草壁は、呆然と立ち尽くすオレの手から受話器を取って、元に戻した。
オレはうなだれたまま「バケモノ…」とつぶやいた。
「バケモノ? 自分の幸せを追求する普通の人間だよ。リスタートのためなら、自身の子供の排除もやむを得ない。そう考えるヤツは昔も今も、男女関係なく普通に存在するよ。自分を不幸だと思わないほうがいい。むしろ、まとわりつかれる親が居なくてラッキーだったと思うほうが…」
「勝手なこと言うなよ!」
オレは初めて草壁に逆らった。
「オレの気も知らないくせに…」
完全な八つ当たりだとわかっていたが、言わずにはいられなかった。
「気持ちはわかるさ。私も母子家庭で母親が再婚したから」
草壁は片方の口角を上げて苦笑する。
「私の母は、再婚相手の顔色ばかりうかがう女でね、それを私にも強いた。新しい父親には理不尽なことでよく殴られたよ。弟と妹ができたけど、彼にしたら私だけ異分子だったんだろうね。母は一度もかばってはくれなかった。ようやく独立できたと思ったら、あいつは脳梗塞で倒れやがった。そしたら『長男だろ』『誰のお蔭で大きくなったと思ってる』と… 全く煩わしい」
草壁は、白い歯を見せてオレを見た。
「幸、不幸は自分で決められる。ならラッキーだと思ったほうがいい… まあ、不幸だと思いたければ思えばいいけどね」
「すみません… 生意気なこと言って」
草壁の落ち着いた口調に、オレは素直に頭を下げた。
草壁は首を横にふると、軽く息を吐いた。
「さて、どうする。どれをトランクルームに入れる?」
「全部捨ててください。机もベッドも全部」
オレは、今まで目の前にかかっていた靄が、晴れていくような気がした。
「そうだな、それがいいよ」
草壁が安心したように目を細めて笑った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
遅ればせながら恋
ひろり
恋愛
~好きになったのは妻を亡くしたばかりの男…中年男女のほのぼの純情恋物語~
《あらすじ》
不動産会社で畑違いの営業部に異動になった橋本瑠美が、営業成績トップクラスの笹原晃に出会う。トップセールスマンを微塵も感じさせない風貌の笹原だったが、その背中を追い越そうとライバル心を燃やし瑠美はセールスに励む。
そんな時、笹原の妻が亡くなる。瑠美の心が揺れ動き始める。
*表紙はPicrew「lococo」で作りました。
表紙背景はアイビスペイントの既存画像を使っています。
***
「沈丁花サイドストーリー。
「沈丁花」に少しだけ出て来た亮一のお父さん、笹原晃と再婚相手の瑠美の恋物語。
当初はわりと打算的な結婚をした設定でしたが、瑠美が涙もろい可愛い人物に仕上がったので恋させてみました。
亮一くんが反抗して家を出て行く原因となる物語ですね。
気持ちはわかるよ、亮一くん。
順序立てて事を進めてくれたら素直になれたかもしれないのに、いきなり結婚すると言われてもね。でも大人にも色々事情があるの(^◇^;)
ロングマフラー
ひろり
現代文学
~あれから二十年…時は流れても、お婆ちゃんの心にはいつまでも生きている~
《あらすじ》
老人介護施設に入居してきた麻子は、サックスブルーの長い手編みのマフラーをぐるぐると首に巻いていた。
何とか麻子から取り上げようとするが、麻子は強く拒否して離さない。
それは亡くなった孫の形見の品だった。
*表紙はpicrewあまあま男子メーカー、背景は悦さんのフリー素材「沈丁花」を使用させていただきました。
*****
沈丁花サイドストーリー
沈丁花から20年近く時が経った頃の、蒼葉くんのことを一番理解していたお婆ちゃんの物語です。
おもかげ
ひろり
現代文学
~幼き日に抱かれて眠った酒とタバコの匂いをまとう母の胸。あの胸が恋しい…~
《あらすじ》
恋人にこっぴどく振られたオレは吉岡の経営するバーに行った。そこで記憶を無くして目覚めると、オレは吉岡のベッドで寝ていた。
母親に捨てられてもなお母の面影を求めてしまう。そんなオレに優しく寄り添ってくれる二人の男の物語。
*表紙はPicrew 「斜め後ろメーカー」で作りました。
***
沈丁花サイドストーリー。
「ママはバケモノ」の綾野健くんが大人になった、ある日々の出来事です。
「ママはバケモノ」の草壁直也、「沈丁花」の笹原亮一、吉岡七瀬が登場します。
「沈丁花」サイドストーリーですが、「沈丁花」とは全く別のお話です。
早翔-HAYATO-
ひろり
現代文学
〜人生狂った原因は何だろう… 父の死か、母の横暴か、自業自得か…〜
《あらすじ》
早翔が受験勉強に励んでいた高校3年の春、父親が急死した。
父親だけでもっていた会社はあっさり潰れ、後に残ったのは借金だった。 早翔が借金返済のために考えた職業はホスト。
彼の前に現れたのは超ド級の太客、蘭子だった。
ホストのために高級外車やマンションなんかをプレゼントしていた極太客がいた少し前の時代のホストの物語です。
★「卒業」では教師の暴力っぽいシーンあります。「玩具」では虐めシーン、軽い性的シーン、「浄化」以降、ちょいちょいBLっぽいシーン、また、前半部分は未成年飲酒シーンが出てきます。 苦手な方は読まないで下さい。
★公認会計士試験制度改正前の設定です。今は条件なく受けられるはずです。難易度超高い試験です。公認会計士の皆さま、目指してる皆さま、ご免なさい。
★この物語はフィクションです。実在の地名、人物、団体、事件などとは関係ありません。
☆ため息出るほど美し過ぎる表紙はエブリスタで活躍中の人気作家、雪華さん(https://estar.jp/users/349296150)からいただきました。
どの作品も繊細な心情描写、美しい情景描写が素晴らしく、サクサク読めて切なくきゅんきゅんするハピエンでお勧めです。
一推しは「されど御曹司は愛を知る」(BL)、二推しは「御伽噺のその先へ」(純愛ファンタジー)(受賞作品)、現在、「会いたいが情、見たいが病」(BL)連載中。
表紙は「沈丁花」の笹原亮一くんの成長した姿です。本作の最後のほうにちょろっと出す予定です。
「NANA」という作品で、早翔に溺愛されるのですが、表紙は「NANA」のために描いて下さったのにエタってます。
いつか続きを書きたいと、全然思えないほど本作以上の鬱々展開なので、このままエタる予定ですm(._.)mゴメンナサイ
***
途中放棄していた物語でしたが、中に出て来たお客さんの一人をメインに「青蒼の頃」を書いたので、こっちも仕上げようかなと重い腰を上げました(^◇^;)
沈丁花
ひろり
青春
母が死んで二年、父が見知らぬ女を連れてきて「彼女と結婚する」と言った。
いきなり赤の他人と同居などご免だと家を出て寮生活を送っていたある夜、帰省したはずの同級生、蒼葉が目の周りに絵にかいたような青あざを作って戻ってきた。「父さんに殴られた」と言って。
父の再婚が受け入れられず背を向けたオレと父親に殴られ逃げてきた蒼葉。そんな不器用なガキだったオレ達の高校1年の頃の物語。
鬱展開です。苦手な方は読まないでください。
*表紙はエブリスタで活躍中のイラストレーターGiovanniさん(https://estar.jp/users/153009299)からお借りしています。
軍服姿の麗しい青年を勝手にDK蒼葉くんにしてしまいました(^◇^;)
表紙が凄過ぎて、中身伴ってません。あしからず。
*本文中のイラストはpicrewあまあま男子メーカー、背景は、悦さんのフリー素材「沈丁花」、アイビスペイントの既存画像を使用させていただきました。
******
昔々に、書きっぱなしで終わることなく、放置されてた物語の主人公の旦那さん、笹原亮一という中年のおっさんの少年時代を書いてみたいと思い立って、書き始めました。
なので、やや昔の、携帯やスマホの無かった頃のお話です。
長編になってますが3万字弱の短編に近いものです。
蘭 子ーRANKOー(旧題:青蒼の頃)
ひろり
現代文学
大人の事情に翻弄されながら、幼い私が自分の居場所を探し求め手に入れた家族。そのカタチは少々歪ではあったが…
《あらすじ》
ある日、私は母から父のもとへと引き渡された。そこには、私を引き取ることを頑なに拒否する父の妻がいた。
どうやら、私はこの家の一人息子が亡くなったので引き取られたスペアらしい。
その上、父の妻にとっては彼女の甥を養子に迎えるはずが、それを阻んだ邪魔者でしかなかった。
★「三人家族」から乳がんの話が出てきます。苦手は方は読まないで下さい。
★会話の中に差別用語が出てきますが当時使われた言葉としてそのまま載せます。
★この物語はフィクションです。実在の地名、人物、団体などとは関係ありません。
*凛とした美しさの中に色香も漂う麗しい女性の表紙はエブリスタで活躍中のイラストレーターGiovanniさん(https://estar.jp/users/153009299)からお借りしています。 表紙変更を機にタイトルも変更しました。 (「早翔」に合わせただけやん(^◇^;)ニャハ…28歳くらいの蘭子をイメージしてます。早翔を襲った時くらいですかね(^^;))
*本文中のイラストは全てPicrew街の女の子メーカー、わたしのあの子メーカーで作ったものです
Picrewで遊び過ぎて、本文中に色々なイラストを載せたので、物語の余韻をかなり邪魔してます。余計なものを載せるな!と思われたらそっとじしてくださいm(._.)m
六華 snow crystal 4
なごみ
現代文学
雪の街、札幌で繰り広げられる、それぞれの愛のかたち。part 4
交通事故の後遺症に苦しむ谷の異常行動。谷のお世話を決意した有紀に、次々と襲いかかる試練。
ロサンゼルスへ研修に行っていた潤一が、急遽帰国した。その意図は? 曖昧な態度の彩矢に不安を覚える遼介。そんな遼介を諦めきれない北村は、、
わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。
からした火南
現代文学
◇主体性の剥奪への渇望こそがマゾヒストの本質だとかね……そういう話だよ。
「サキのタトゥー、好き……」
「可愛いでしょ。お気に入りなんだ」
たわれるように舞う二匹のジャコウアゲハ。一目で魅了されてしまった。蝶の羽を描いている繊細なグラデーションに、いつも目を奪われる。
「ワタシもタトゥー入れたいな。サキと同じヤツ」
「やめときな。痛いよ」
そう言った後で、サキは何かに思い至って吹き出した。
「あんた、タトゥーより痛そうなの、いっぱい入れてんじゃん」
この気づかいのなさが好きだ。思わずつられて笑ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる