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最終章 慶雲の下に

第154話 空の帰還

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 それから約1ヶ月後の3月2日。

 僕は朝からそわそわと落ち着かなかった。そんな僕を見たからなのか、シエロの方も落ち着かず馬術の練習にも全然集中できていない様子だった。

 聞きなれたガタガタという騒々しい音が聞こえてくると僕はシェアトの正門に飛び出した。伊田さんが運転する緑色の塗装も剥げかかった骨董品の360㏄軽トラがやってくる。後ろに乾さんが運転する四人乗りの軽トラを従えている。助手席には七恵さんが乗っているようだ。僕は厩舎から飛び出しその音のする方を見る。まだ遠くて中の人はよく見えない。

 と、後ろの軽トラの後部座席から手を出して振る人が見えた。2台の軽トラは僕のすぐそばに止まり、後ろの4人乗り軽トラから1人の人影が飛び出してくる。相変わらずひどい痩身でベリーショートから約8センチほど伸ばしっぱなしなショートの彼女。

 一目でわかった。空だ。僕は首根っこに飛びつかれてバランスを崩しそうになった。良かった、元気な空を身体で感じ僕は本当に嬉しくなった。嬉しくて嬉しくて空をきつく抱き締めくるくる回転する。歓声をあげる空。僕が空を離すと、空は笑顔でこう言った。

「ただいま、ひろ」

 僕も笑顔で答えた。

「お帰り、空」

 空はきびすを返すと後部座席のベビーシートから小さな赤ちゃんを下ろして僕に見せる。

「はあい、彩佳あやかですよー。こんなにおっきくなりましたよー」

 空はおどけた子供っぽい声を出す。

「こんにちは、彩佳あやかちゃん。これからよろしくね」

 僕はそう言って小さな手に触れると、彩佳あやかちゃんは僕の指をきゅっと握る。目を丸くして僕の顔を見る。そして泣き出した。それを見て空が笑いだす。僕は苦笑いをして、空を本館の部屋に案内した。

 一部屋は四畳半一間の小さな部屋。僕たちの住んでいた部屋には小さな箪笥と文机と大学時代に使っていた登山道具や布団があるばかりだ。

「はい、僕たちの新新居です」

「あれっ? 私のパソコンと画材は? スキャナーも」

「そんな空に見ていただきたいものが。こちらにどうぞ」

「なに?」

 僕は隣の部屋の扉の前に空を案内し扉を勢い良く開ける。

「特別にこちらの部屋も使ってもいいそうでーす」

「ええっ、いいの?」

「うん。ムネさんに許可をもらった。もともとずっと前から空き部屋だったんだよね」

 その部屋は隣の部屋と同じ四畳半だったが、角部屋で窓が2面ある。これで空の仕事環境は大幅に改善するだろう。


【次回】
最終話 僕はもう春を怖れない
あとがき
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