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第25章 原沢の恋
第149話 原沢流のフラれ方
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空さんのいない夜の見回りは寂しい。だが空さんの代わりに原沢が見回りに強制的に付き合っていた。頼みもしないのに。
「あ、メイコーの桶もう割れそうっすセンパイ」
「あれっ、夜は平気に見えたんだけどな。交換しとくか」
「はい」
原沢はここ数日すっかりしおらしくなっていて僕としてはありがたい限りだ。変に絡んでくることもなくなった。
僕たちはやることを終え、僕は本館。原沢は分館へ帰ろうとする。
「じゃあな」
「センパイ」
僕の背中にかけてきた原沢の声に僕はどきりとした。今までの原沢にはない声の色合いだった。僕は振り向く。いつも通りに白い薄汚れたつなぎを着てそこに立つ原沢はどこかいつもの原沢ではなかった。
「センパイ。こないだあたしがセンパイに言ったこと覚えてるっすよね」
この間言ったこと? いつのことだ? 何のことだ?
「いや…… 何のことだ」
原沢は大きなため息を吐く。
「じゃあ、もう一回言うっす。今度はちゃんと聞いて下さいよ」
「あ、ああ……」
「あたし、センパイが好き」
「なっ!」
なんで僕はこんな大事な言葉を忘れていたんだろう。僕は我ながらの朴念仁《ぼくねんじん》ぶりに呆れ果てると同時に原沢に申し訳なくて仕方なかった。
「センパイの気持ちが知りたい」
僕を正面から見据えるその真剣な表情に僕はたじろいだ。
「あたし、ちゃんとセンパイにフラれたいっす」
今まで僕を兄のように慕ってきた妹のような、ようやっと大人のきざはしについたばかりの女の子。そのあどけない健気さが今にして思えばいじましい。そうだな、彼女のためにも、彼女のこれからのためにも、僕は原沢を盛大にフってやらなくてはならない義務がある。僕は深呼吸をした。
「原沢」
「今日話し合って僕は空さん、いや、高月美幸さんと正式にお付き合いすることになった」
じっと僕を見つめる原沢。
「僕は空さんを幸せにするつもりだ」
僕も真剣な眼で原沢を見つめ返した。感謝の意を込めて。
「だからもう僕は原沢と付き合うことはない」
僕の眼を睨むように見つめる原沢の眼が微かに潤んだような気がした。こんな僕を好きでいてくれた原沢に謝意を述べる。
「今までありがとう。楽しかった」
その言葉に必死に涙をこらえる原沢。しゃくりあげそうだ。
「ずるいっす…… センパイ今のそれずるいっすよ……」
「これからは普通に先輩後輩の仲になるとは思うが、どうかよろしく頼む」
「は、はいっす……」
すると、原沢は何かを決意した眼を僕に向け頭を下げた。
「こっ、こちらの方こそありがとうございましたっ! 明日からまたよろしくお願いしますっ!」
そう言うや否やくるりと踵を返し分館へ向かって全速力で帰って行った。
自室に帰ってまだ寝ている空さんの隣で横になる。これは自惚れかも知れないけれど、今頃あいつは布団を被って号泣しているに違いない。そういう奴なんだあいつは。そして明日にはけろりとして今までほどではないにしろ僕にちょっかいを出してくるに違いない。
止むを得ないとはいえ、ひとりの女性につらい思いをさせたことに胃が重くなる。胃のゴロゴロが抜けきらないまま僕は夜明けを迎えた。
【次回】
第150話 空、無事出産
「あ、メイコーの桶もう割れそうっすセンパイ」
「あれっ、夜は平気に見えたんだけどな。交換しとくか」
「はい」
原沢はここ数日すっかりしおらしくなっていて僕としてはありがたい限りだ。変に絡んでくることもなくなった。
僕たちはやることを終え、僕は本館。原沢は分館へ帰ろうとする。
「じゃあな」
「センパイ」
僕の背中にかけてきた原沢の声に僕はどきりとした。今までの原沢にはない声の色合いだった。僕は振り向く。いつも通りに白い薄汚れたつなぎを着てそこに立つ原沢はどこかいつもの原沢ではなかった。
「センパイ。こないだあたしがセンパイに言ったこと覚えてるっすよね」
この間言ったこと? いつのことだ? 何のことだ?
「いや…… 何のことだ」
原沢は大きなため息を吐く。
「じゃあ、もう一回言うっす。今度はちゃんと聞いて下さいよ」
「あ、ああ……」
「あたし、センパイが好き」
「なっ!」
なんで僕はこんな大事な言葉を忘れていたんだろう。僕は我ながらの朴念仁《ぼくねんじん》ぶりに呆れ果てると同時に原沢に申し訳なくて仕方なかった。
「センパイの気持ちが知りたい」
僕を正面から見据えるその真剣な表情に僕はたじろいだ。
「あたし、ちゃんとセンパイにフラれたいっす」
今まで僕を兄のように慕ってきた妹のような、ようやっと大人のきざはしについたばかりの女の子。そのあどけない健気さが今にして思えばいじましい。そうだな、彼女のためにも、彼女のこれからのためにも、僕は原沢を盛大にフってやらなくてはならない義務がある。僕は深呼吸をした。
「原沢」
「今日話し合って僕は空さん、いや、高月美幸さんと正式にお付き合いすることになった」
じっと僕を見つめる原沢。
「僕は空さんを幸せにするつもりだ」
僕も真剣な眼で原沢を見つめ返した。感謝の意を込めて。
「だからもう僕は原沢と付き合うことはない」
僕の眼を睨むように見つめる原沢の眼が微かに潤んだような気がした。こんな僕を好きでいてくれた原沢に謝意を述べる。
「今までありがとう。楽しかった」
その言葉に必死に涙をこらえる原沢。しゃくりあげそうだ。
「ずるいっす…… センパイ今のそれずるいっすよ……」
「これからは普通に先輩後輩の仲になるとは思うが、どうかよろしく頼む」
「は、はいっす……」
すると、原沢は何かを決意した眼を僕に向け頭を下げた。
「こっ、こちらの方こそありがとうございましたっ! 明日からまたよろしくお願いしますっ!」
そう言うや否やくるりと踵を返し分館へ向かって全速力で帰って行った。
自室に帰ってまだ寝ている空さんの隣で横になる。これは自惚れかも知れないけれど、今頃あいつは布団を被って号泣しているに違いない。そういう奴なんだあいつは。そして明日にはけろりとして今までほどではないにしろ僕にちょっかいを出してくるに違いない。
止むを得ないとはいえ、ひとりの女性につらい思いをさせたことに胃が重くなる。胃のゴロゴロが抜けきらないまま僕は夜明けを迎えた。
【次回】
第150話 空、無事出産
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