上 下
151 / 160
第25章 原沢の恋

第149話 原沢流のフラれ方

しおりを挟む
 空さんのいない夜の見回りは寂しい。だが空さんの代わりに原沢が見回りに強制的に付き合っていた。頼みもしないのに。

「あ、メイコーの桶もう割れそうっすセンパイ」

「あれっ、夜は平気に見えたんだけどな。交換しとくか」

「はい」

 原沢はここ数日すっかりしおらしくなっていて僕としてはありがたい限りだ。変に絡んでくることもなくなった。

 僕たちはやることを終え、僕は本館。原沢は分館へ帰ろうとする。

「じゃあな」


「センパイ」

 僕の背中にかけてきた原沢の声に僕はどきりとした。今までの原沢にはない声の色合いだった。僕は振り向く。いつも通りに白い薄汚れたつなぎを着てそこに立つ原沢はどこかいつもの原沢ではなかった。

「センパイ。こないだあたしがセンパイに言ったこと覚えてるっすよね」

 この間言ったこと? いつのことだ? 何のことだ?

「いや…… 何のことだ」

 原沢は大きなため息を吐く。

「じゃあ、もう一回言うっす。今度はちゃんと聞いて下さいよ」

「あ、ああ……」

「あたし、センパイが好き」

「なっ!」

 なんで僕はこんな大事な言葉を忘れていたんだろう。僕は我ながらの朴念仁《ぼくねんじん》ぶりに呆れ果てると同時に原沢に申し訳なくて仕方なかった。

「センパイの気持ちが知りたい」

 僕を正面から見据えるその真剣な表情に僕はたじろいだ。

「あたし、ちゃんとセンパイにフラれたいっす」

 今まで僕を兄のように慕ってきた妹のような、ようやっと大人のきざはしについたばかりの女の子。そのあどけない健気さが今にして思えばいじましい。そうだな、彼女のためにも、彼女のこれからのためにも、僕は原沢を盛大にフってやらなくてはならない義務がある。僕は深呼吸をした。

「原沢」

「今日話し合って僕は空さん、いや、高月美幸さんと正式にお付き合いすることになった」

 じっと僕を見つめる原沢。

「僕は空さんを幸せにするつもりだ」

 僕も真剣な眼で原沢を見つめ返した。感謝の意を込めて。

「だからもう僕は原沢と付き合うことはない」

 僕の眼をにらむように見つめる原沢の眼が微かに潤んだような気がした。こんな僕を好きでいてくれた原沢に謝意を述べる。

「今までありがとう。楽しかった」

 その言葉に必死に涙をこらえる原沢。しゃくりあげそうだ。

「ずるいっす…… センパイ今のそれずるいっすよ……」

「これからは普通に先輩後輩の仲になるとは思うが、どうかよろしく頼む」

「は、はいっす……」

 すると、原沢は何かを決意した眼を僕に向け頭を下げた。

「こっ、こちらの方こそありがとうございましたっ! 明日からまたよろしくお願いしますっ!」

 そう言うや否やくるりと踵を返し分館へ向かって全速力で帰って行った。

 自室に帰ってまだ寝ている空さんの隣で横になる。これは自惚うぬぼれかも知れないけれど、今頃あいつは布団を被って号泣しているに違いない。そういう奴なんだあいつは。そして明日にはけろりとして今までほどではないにしろ僕にちょっかいを出してくるに違いない。

 止むを得ないとはいえ、ひとりの女性につらい思いをさせたことに胃が重くなる。胃のゴロゴロが抜けきらないまま僕は夜明けを迎えた。


【次回】
第150話 空、無事出産
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...