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第20章 育む命

第126話 選択

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「今までまったく普通に乗馬してました、って言ったら、先生ってば『奇跡だ』って目を丸くしてた」

 空さんはふっと笑う。だがその笑みもすぐに消える。

「私ね……」

 僕は目を開いて空さんを見る。空さんは布団の下で自分のおなかをさすっていた。それは我が子を慈しむ母の顔だった。

「嬉しかった……」

 布団の下の手でおなかを愛おし気にさすりながらそっと目を閉じる空さん。

「あの人が、あの人の半分がここにいるんだって。そう思ったら私……私……」

 空さんはそっと流れる涙を指で拭う。僕はその空さんをじっと見つめる。その目はきっと力ないものだったろう。僕はやはりフラれたな。そう痛感した。

「良かったですね」

 僕は笑顔でうそをついた。自分の心にふたをした。

「うん、ありがと…… これも全部ひろ君のおかげ」

 どこか謝るかのような表情で目を開き、僕を見つめる空さん。初めて見た頃とはまるで違う表情だった。

「そんなことないです。僕はなんにもしていません」

「ううん、ひろ君がいなかったら私、本当にどうなってたか判らなかった……」

 そうだ、空さんが自殺しなかっただけでもよしとしなくては。姉さんのようにならなかっただけでも本当によかった。

 僕が物思いに耽る間にいつの間にか空さんは静かに寝息を立てていた。僕は空さんに気付かれぬようそっと立ち上がり部屋を出た。

 本館から外に出る。外は日が傾きつつあった。ぼんやりとオレンジがかってきた陽を浴びながら僕は干草を積む作業をした。

 作業をしながら僕は考える。さっき空さんの部屋で思ったように、空さんはもうここにはいられないだろう。

 愛する人の忘れ形見を産み育てるのに、ここでは何もかもが不足している。医療、保育、教育、その他社会資本すべてが。空さんはいっときの感傷よりもっと現実的な選択をするだろう。僕はなんだか情けない気持ちになった。

 僕一人がいくら空さんを引き留めようとしてもそれは僕のわがままにすぎないし、そんなことで空さんがここに残るなんてことはあり得ない。困らせるだけだ。慶さんの遺児を育てるのにはやはり慶さんとの思い出の地、東京が相応ふさわしいだろう。

 だったらせめて僕の気持ちだけでも空さんには判って欲しい。空さんが帰るまでの間に、僕は空さんに想いを伝える。それが僕にできる唯一のことだ。どうせなら盛大にフラれてすっきりしよう。そうすれば僕も楽になる。すっかり傾いた陽に照らされた僕は汗と干草にまみれながらそう決意した。

【次回】
第127話 大城おおきの怒り
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