空の六等星。二つの空と僕――Cielo, estrellas de sexta magnitud y pastel.

第17章 空の覚悟

第98話 海崎氏登場

　まだくすぶっている火事現場を無言で見つめるムネさんの隣にいた原沢が僕に駆け寄り、怖い目をして無言で空さんとは逆隣について肩を貸す。乾いぬいさんが昨日までとは全く別人の力強い声色で僕に言う。

「簑島みのしまは柔道をやっていたんだな」

「はい、3歳のころから中3まで。その後も大学まで定期的に道場に通っていました」

「いい投げ技だったな。精進しろ」

「身体が作れなかったこともあって遠のいていましたが、これからはもっと練習するようにします」

　守りたい人を守れるように。

「いい心がけだ」

　乾いぬいさんは軽く笑った。意外なことだったが乾いぬいさんが笑ったのを初めて見たような気がする。いや、そんなことはどうでもいい。もっと大事な話がある。

「さっき乾いぬいさんは『何から何まで』知っているとおっしゃいましたね。あれはどういうことですか。そして乾いぬいさんはどうして姿を偽ってここで働いていたんですか」

　乾いぬいさんはムネさんと眼を合わせる。

「最悪の事態は免れたものの、これだけの騒ぎになったんだ。隠し通すわけにもいくまい。証拠も出そろったし問題もなかろう」

「ああ……」

　ムネさんは気が重そうだった。

　それと同時に暗がりから人影が現れる。初めて見る顔だ。渋紙色しぶがみいろの肌に薄い白髪でやに色の目をしたどこか疲れた70がらみの老人だった。深い皺しわはこれまでの苦労の深さを物語っているようだ。

「どうだムネ、うまくいったか…… まあ、小屋は燃えたようだな……」

「海崎さん！」

　びっくり仰天と言った体のムネさん。

「ちょいといろいろあってよ。直接顔を出させてもらった。まあここの飼料が燃えて無くならなくて良かったな」

「ええ、全くです。ありがとうございました」

「なあにいいってことよ。昔色々世話になったしな。これで貸し借りなしだ」

　僕を含め大多数がぽかんとして見つめていると小坂部さんがそっと僕に耳打ちをする。

「海崎さん。大馬主おおうまぬしでシエロの馬主うまぬしでもあるんだ。でも今回のことと海崎さんには何の関係があるんだろうね」

「おいムネ。こいつらに説明しねえといけねえんじゃねえか？ どいつもこいつもハトが豆鉄砲食らった顔で雁首並べてやがる」


【次回】
第99話　真相